第五話 雷光、そして覚悟
白い髭を蓄えた老人。黒いローブに、杖の先には古びた宝石。
彼が立っただけで、空気が変わる。
肌にチリつく魔力の圧。ざわめいていたギルドが、ぴたりと静まり返った。
誰も息をするのを忘れたように、視線が一点へと集まった。
俺とランスに向けて、老人が低く響く声を放つ。
「ギルドの皆の者、殿下、君も。全て見ておった。皆もわかっておると思うが、魔術士同士の喧嘩は魔法省のルールで禁止されておる。ギルドからの提案は――模擬戦。ルールに守られた、正式な魔術士同士の決闘じゃ」
「マスターシリウス。私はそれで構いません。ただ、場所の手配などは私の部下共にやらせても?」
「殿下が思うように。ギルドからの望みはただ一つ、公衆の面前で、ルールに則って闘うことじゃ」
「感謝します。……そこのGランク。王国の決闘場、日時は一週間後の正午だ。せいぜい鍛錬に励むんだな」
ランスは笑みを浮かべたまま、踵を返して去っていった。
その背を見送りながら、シリウスが静かに俺へと向き直る。
「ランス殿下はAランク。ギルドに三人しかおらぬ。間違いなく、魔法の高みにおる。Sランクも夢ではない――じゃが、強き者に勝つのもまた、魔法の妙じゃ。シオン、健闘を祈っとる」
「……ありがとうございます」
応援の言葉に礼を述べ、俺はギルドの片隅にいたバルドルの元へ向かった。
「バルドルさん、どうしたら勝てるかな」
「勝てねぇよ」
即答だった。
腕を組んだまま、バルドルは深いため息をついた。
だがその顔は、ただ突き放す冷たさではなかった。
「ランス殿下は雷の天才だ。詠唱の速さ、出力、連撃の正確さ。どれを取っても桁違いだ。下手すりゃ一撃で灰だぞ」
「……やっぱり、無理かな」
「無理だ。だが――やる価値はある」
バルドルは俺の肩を軽く叩く。
その掌には、戦場で生きてきた者の温もりがあった。
「お前の魔法はゴブリンメイジキングを倒すほどだ。もしかしたら……一撃は入るかもしれん。だが相手は王族。油断はするな。命を落としても文句は言えん模擬戦だ」
冗談のような口調だったが、その目は真剣だった。
俺は小さく頷く。
——勝てなくてもいい。
一撃、入れる。その一撃が、俺の存在を証明する。
⸻
一週間後。
王国の決闘場。
石造りの観客席が幾重にも連なる巨大な円形闘技場。
空には王国の旗が揺れ、中央の決闘場には魔法陣が刻まれていた。
ざわめく群衆。
王族の観戦席には、貴族たちの笑い声。
「平民が王子に挑む」――そんな珍事に、人々は興味半分、冷やかし半分の視線を送っていた。
王子派の歓声が響く中、反対側の席では、紅を基調とした一団が静かに座していた。
その最前列、紅髪の少女がひとり、凛とした瞳でこちらを見つめていた。
炎のように揺れるその瞳が、一瞬、俺の心を貫いた。
(……誰だ?)
「すげぇ……こんなところで戦うのか」
観客席の一角から、バルドルが声をかけてくる。
「気負うな。最初の一手で決まると思え。あの王子は“待たない”。」
「……わかった」
俺は深呼吸をひとつした。
体の奥に残る、あの日の熱を思い出す。
ゴブリンメイジキングとの戦いで感じた、あの“魔力の流れ”を――。
「Gランク、シオン。Aランク、ランス殿下。両名、中央へ。」
アナウンスが響き、俺とランスは向かい合う。
ランスは薄く笑った。
「平民がここに立てるだけでも奇跡だな。感謝しろ」
「……勝負はやってみないとわからない」
「面白い。いい目をしてる。せいぜい、後悔しないようにな」
杖を掲げるランスの足元に、青白い雷が走った。
その瞬間、空気が一変する。
肌が焼けるような魔力の圧が、闘技場全体を包み込んだ。
「っ……すげぇ……これが……Aランク……!」
地面の魔法陣が淡く光る。
俺も剣を抜き、構えを取る。
——怖い。
だけど、それ以上にワクワクしている。
マスターの言葉が脳裏をよぎる。
“強き者に勝つのも、魔法でひっくり返せる。”
(あの流れを……掴むんだ)
審判が右手を上げた。
「――模擬戦、開始ッ!!」
次の瞬間、空が裂けた。
雷鳴が轟き、光の矢が俺を貫かんと走る――。




