よあそび
ある夜の怪談
トントントントン……
包丁で野菜を切る音が部屋に響く
真一はリビングのフローリングに座りスマホをいじっている。
後ろからは恋人の初香が料理をしている音が聞こえる。
小さいころにピアノを習っていたという初香は包丁の音もリズミカルだ。
絶対音感。初香はそれを持っている。そして耳もかなりいい。
交際は今月で丁度2年になる。一緒に住み始めたのは1年前。真一はそろそろ結婚したいと思っていた。
初香が異常に耳がいいと気づいたのは、一緒に住み始めてからだった。もともとあまり外に出歩きたがらないと思っていたが、一緒に住み始めてその理由が明らかになった。
耳が良すぎるというのは、外に出るだけでも聞こえる音が全然通常の人とは違うらしい。
ただ出かけただけでも、その音の種類、ボリュームはストレスだという。
一緒に寝るときも必ず耳栓をする。
「どうして吸血鬼は歯で血を吸うんだろう?」
真一は料理をしている初香に問いかけた。
「いきなり何?」
手を止めずに初香が答える。
「いやちょっと気になって」
真一は最近吸血鬼ものの映画にハマっていて気になってしまってつい質問してしまった。
「う~んでも確かに八重歯を首にあてて吸うイメージあるかな」
包丁の音がフライパンで炒め物をする音に変わる。
「だって八重歯に穴が空いてたら吸いやすいけどなんか血、吸いずらそうじゃない?」
「吸血鬼は空いてるかもしれないじゃない」
「あくまでも人間のイメージってとこなのかな?」
「そうじゃない」
くだらない会話をしながらニンニクを炒めたいい匂いが漂ってくる。
「銀の十字架や、ニンニクも同じなのかな。勝手に人間が作ったイメージというか」
「その可能性はると思う」
初香は料理の手を止めずに答える。
真一はスマホで「吸血鬼 ニンニク 十字架 由来」と検索をかける。
理由は魔除け、においが強いからなどの理由があるらしい。
後ろでは炒め物の音が鳴り続けている。
その瞬間
ザクッ 真一の首に衝撃が走る。
左側に包丁が刺さっている。
鮮血が噴き出し、フローリングの床はあっという間に血だらけになった。
「なっ・・・・」
真一がもうろうとする意識の中、目線を上に移動すると初香の顔があった。
「八重歯で吸うなんてただの人間が作ったイメージ、ニンニクも十字架も同じよ」
そう言った初香の顔は恍惚としている。
「血はいっぱい出た方がいっぱい吸えるし、私はこっちのほうが好き」
そういうと初香は真一の包丁の刺さった左首に顔を埋めた。
「何故・・」
「血っていうのはね、相手が好きになってくれれば好きになってくれただけ美味しくなるの」
真一は朦朧とする意識の中初香の声に耳を傾けた。
「だから今まで待った。それだけのことよ」
遠のく意識の中、視界に映る初香の表情は言葉とは裏腹に悲哀に満ちていた。