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モブだと願って生きてきたのに、うっかり馬車で轢いてしまいました。

掲載日:2025/01/29

ある日、異世界転生に気付いた伯爵令嬢リリアナ。モブであることを願いつつ、ある日出会ってしまったのは…?

よくあるエピソードです。

深く考えず、サラッと読んで頂ければ嬉しいです。

「はぁ〜。温泉にゆっくり入りたいなぁ」


それは、心の奥底から湧き出た、全く無意識の言葉だった。


あれ?

私今、「おんせん」って言った?

「おんせん」って何だったっけ……


自分の口から出た単語の意味が全く分からず、困惑しながらも記憶を探っていく。

すると突如、全く違う世界の情報が次々と浮かんできた。


私リリアナ・グレイは、とある王国の伯爵家で生まれ育ち、物心ついて以降の記憶もしっかりとある。


これは所謂、前世で流行っていた異世界転生っていうやつなのでは!?

と、唐突に理解した。


貴重な水をかなり控えめに使っての湯浴みを手伝ってくれている侍女にふと目をやった。


柔らかなブロンドヘアに、宝石のような美しいピンクの瞳。

控えめに言っても、凄く可愛い。

前世の記憶と比べると、その顔立ちやスタイルは異常なまでに整っていた。


見慣れた自分の体に視線を落とす。

いや、もうこれは理想を詰め込みすぎでしょ!!

と突っ込みたくなるほどの抜群のプロポーションだ。


これは……アレですね。

転生先が小説とかゲームの世界ってやつ。


鏡に写った顔は、輝く銀髪にアイスブルーの瞳。

美しき氷の女王という形容詞がどハマりする容姿は、残念ながらゆるふわ愛されヒロインではないことだけは確かだ。


悪役令嬢キャラで断罪とかされる運命だったらどうしよう…。

モブであることを願いつつ、「人に優しく誠実に!」をモットーに生きることを固く誓ったのであった。


◇   ◇   ◇   


この地域はかつて豊かな森が広がっていたが、原因不明で草木が立ち枯れ砂漠が浸食し、人々の生活を脅かしている。

私は少しでも砂漠化を抑えるため、僅かに使える治癒魔法で弱った木々を癒やして回ることを日課としていた。


この日も日課を終え、馬車に乗り込んで帰路についた時だった。


ドンッ!

何かにぶつかった衝撃の後、馬車が急停車した。


「何事なの?」

「それが……突如、こどもが馬車の前に現れまして」

「なんてこと!怪我の状態はどうなの!?すぐに治癒をかけなくては」

「いや、それがですね……確かにぶつかって倒れ込んだのですが、起き上がってみたら傷一見当たらないのです」

「おまけに、どう見ても貧しい孤児のような身なりなのですが…」


従者に止められつつも馬車から降りると、不機嫌そうな少年の声が聞こえてきた。


「ふざけんなよ。こんな人間のなりにしやがって。クソッ」


うっ………

これは……


イベント発生ですねー。


どうしよう。轢いちゃった。

だって、絶対一時的に人間にされちゃった神様とかの定番のセリフだよね。

万事休す。


フリーズした私の耳に、ぐぅ~と大きなお腹の音が聞こえた。


「チッ。何だこれ。なんか力が全然出ねーし、ふらつくな……」


と言いながら、ふらっと倒れた少年を慌てて抱き留め、結局丁重に屋敷へと連れ帰った。


来客用の部屋に用意した食事を運ばせると、少年がパチっと目を覚ました。


「なんかスゲーいい匂いするな」


と言った途端、またぐぅ~と重低音が響いた。


「これが腹が減るってことか。なんとも耐え難いもんだな」


「先ほどは、大変失礼いたしました。グレイ伯爵家の長女リリアナと申します。見たところ大きなお怪我はないようですが、お体の状態はいかがでしょうか」


「あぁ。ここの領主の娘か」

「怪我は治癒したから問題ない。それよりも、その料理は食べていいのか?」


「勿論です。人間は長時間食事を取らないと倒れ、やがて死に至りますのでしっかりと召し上がって下さい」

「へぇ?」


意味ありげな視線を寄越したが、何も言わずガツガツと料理を食べ始め、あっという間に完食した。


「人間の食べ物はどれもこれも美味いな!」


その少年は料理に大いに満足したようで、ほっと胸を撫で下ろした。


「オレの名前はグルートだ」

「ところでお前……何故オレが人間じゃないと分かった?」


これは正直に答えるべきだろう。

予想通り神様であったとして、変に誤魔化すほうが不味い。


「実は……」

と、自身の前世や異世界転生について一通り話した。


「は……?」

「何なのお前。異世界転生なんて聞いたこともねーな」

「オレのこともすんなり受け入れてるし……」

「因みにオレは……グッ」


言いかけたところで、突如顔が歪んで真っ青になり頭を抱えた。

もはや疑う余地のないほどのテンプレだ。

自分の正体に関する内容を話そうとすると、酷い痛みとかに襲われるんだよね。

大丈夫。

無理に話さなくても分かってますから!


「グルート様。制約があり、ご自身の正体に関する内容は話せないということですね?」

「神様でしょうか?人間よりも遥かに高貴な存在でいらっしゃることは存じ上げております」

「何かしらの理由で孤児のような姿で人間界にいらっしゃったとお察ししますが、滞在先が決まっていないのであれば暫く我が家に居ていただく形でいかがでしょうか?」


私の話を聞き終わる頃には、痛みが引いたらしいグルート様だったが、代わりにお化けでも見るような表情でこちらを凝視していた。


「……は?」

「ほんとに何なの。こわっ。オレは神じゃないけど……まさかお前、アイツの手先!?」


「アイツと呼んでらっしゃる方ことは存じ上げません。私は何処にでもいる一介の人間です」


全く納得してないながらも、他に行く先もないそうで我が家への滞在が決まった。

因みに両親は事故で既に他界しており、兄が領主なのだが何か感じるものがあったのか、グルートの滞在を快く許可してくれた。


翌日、特にする事もないというため、私の日課にグルートもついてくることになった。

馬車で1時間ほど進むと、立ち枯れた草木が目につくようになる。

領内でも特に酷い地域で、周辺の住民は田畑や家畜を維持できなくなり、僅かな荷を持って散り散りに引っ越していった。


私はまだ完全に枯れていない木を選んで手を添え、治癒魔法をかける。

数日置きに治癒をかけても青々とした葉が茂ることはなく現状維持がやっとなのだが、それでも止める訳にはいかなかった。


到着してから一言も発しないグルートの様子を伺うと、悲痛な表情で唇を噛み締めていた。


声を掛けるのを躊躇っていると、やがて1本の木を慈しむように両手を添え「ごめんな」と呟いた。


すると、淡い光が木を包み込み、乾燥していた木の肌が瑞々しさを取り戻していた。


1本、また1本と慈愛の温かさを感じる光で木を包み込みこんでいく。


神様ではないということは、精霊などの類だろうか。

グルートの様子から、この異常な砂漠化は彼に関係しているよう思われた。


グルートは話せないだろうし、人間が首を突っ込む話でもないだろうと判断し、何も聞かずに黙々と治癒をかけ続けた。


辺り一帯が終わった頃、グルートが真剣な面持ちで声をかけてきた。


「その……お前がずっと木々を見守ってくれていたんだな」

「オレが言えたことではないのは重々承知だが、治癒をかけ続けてくれたことに感謝する」

「今オレにはこれ位しか出来ることがないが、どうか明日からも同行させて欲しい…頼む」


正直に言うと、治癒を毎日かけ続けるのは結構大変だし心が折れそうになる日もあった。

でもグルートの言葉で私の行動が決して無駄ではなかったことが分かり、じんわりと心が温かくなった。


グルートの力は制限されているらしく、一度に回復出来る範囲はそう広くない。


私とグルートは、毎日共に馬車で領内を回り、いつの間にか一緒に過ごすのが当たり前となっていた。


◇   ◇   ◇

「報告いたします!またベルメディアが戦を仕掛けてきました!!」


伝令の兵が駆け込んできた。

我が領地は隣国と接しているが、かつては友好国として国境を隔てて仲良く付き合っていた。

しかし砂漠化が進んでいることで、ここ最近は小競り合いが多発していた。

わが領の緑地を奪おうとしているのだ。


大規模な戦になりそうだと判断し、兄は兵を引き連れ出立していった。

領主邸で待機し領民を守るのが私の仕事だ。

唯一の家族である兄も失う怖さを隠しながら、怯える領民に対して気丈に振る舞い続ける。


グルートは見掛けは少年であるため、領主邸に一緒に残っている。

暗く沈む様子が気になりながらも、私は自分の責務を果たし続けた。


そうして数日後…

領主として常に気高くあった兄が、戻ってきた。

剣が得意だった兄の右腕は無くなっていた。

腹部には幾重にも包帯が巻かれた状態で。


傷口から感染症を起こしたのか、触れると酷く熱く意識も朦朧としているようだ。


「あ…あぁ…お兄様!!」


私は反射的に兄の手を握り、治癒をかけ始めた。

目の前の光景へのショックや兄を失う恐怖から、身体が震え、息が上手く吸えない。


本当は分かっていた。

私の力では、兄を回復させることなんて出来ないことを。

私が力を使うことで、逆に兄の苦痛を長引かせてしまうことを。


でも。

それでも、止めることなんて出来なかった。

心の中で兄に必死に謝りながら、力を使い続け…限界が近づいていた。


「退けろ」


気がつくとグルートが側に来ていた。


「大丈夫だから。お前の大切な家族は俺が必ず助けてやる」


グルートが兄に手をかざすと、目も開けられないほどの光に包まれ…

次の瞬間には、無傷の兄が目の前に横たわっていた。


「お兄様…本当に…?」

「お兄様!私の声が聞こえますか!?」


兄は、ゆっくりと目を開き

「あぁ。もう死ぬのかと思っていたが、一体全体何が起きたんだ…?」

と掠れた声で呟いた。


「グルートが奇跡を起こしてくれたのです!」


その時私は…ようやく隣にいた筈のグルートの気配が全く感じられないことに気付いた。


「え…?」

「グルート!?グルート!!」


一緒に過ごした時間の中で、私は何となくだかグルートの発する気配を察知出来るようになっていた。


心許せる人の気配を常に感じられることが、知らずに私を支え続けてくれていた。


そのグルートが、消えた。


「大丈夫だから。お前の家族は俺が必ず助けてやる」


最後に聞いたグルートの言葉。

きっと…グルート自身の全てを捧げて兄を助けてくれたのだ。


感謝なのか、悲しみなのか、恐怖なのか。

自分の世界にグルートが存在しなくなったことが、受け入れられず私は泣き崩れた。


次の瞬間。


「グルートめ。また勝手なことをしおって。」


中性的な顔立ちをした、明らかに人外である何かが目の前に現れた。


「リリアナよ。そなたは随分と魂と肉体の運命が乖離しておるようだな。」

「兄を失ったそなたが、その力を闇に変え人類を滅亡へと導いていく運命だった筈だかどうした事か。」

「おまけにグルートまで手懐けているとは、実に興味深い。」


「まぁ良い。砂漠化は人間の自らの欲望の結果だが、実際に苦しんでいるのは自然の者共だ。それらを助ける為に尽力していたこと、礼を言う。」


「問題はグルートだな。」

「木を傷つけ続ける人間に腹を立て、木を守護する役目を怠った罰として人間界に追い出したのだが…勝手に力を使い切り消滅するとは、何ということか。」


はぁ。

と、深いため息をつくと跡形もなく消え、同時に先ほどの何倍もの強烈な光が覆った。


「おわっ!」


突如、聞き慣れたグルートの声よりも幾分か低い声がした。


光が収まると、そこにはグルートの面影を残しつつ、私よりも頭一つ分背の高い男性が。


「グルート。そなたには罰として、引き続き追放を命じる。」

「精霊としての力は僅かに与えてやるが、人間と同じように年をとり、努力をして生きてみるが良い。」

「我が力であと100年程は問題ないだろうが、決して木々の守護を怠るでないぞ。人の生が終わったならば再度精霊に戻るチャンスをやろう。」


何処からか声が聞こえて来たと思ったら、こう言い残して消え去ったようだった。


「え…と。」

「グルート…なの?」


「そのようだな。」


そう言って、驚いたような、困惑したような顔をこちらに向けた。

姿が変わっても、その瞳も気配も間違いなく私の知っているグルートで。


「グルート…!」


私は人目を憚らずグルートに思いっきり抱き着き、そんな私をグルートが優しく包みこんでくれた。


何が起こっているのか呆気に取られていた兄達だったが「全ては神と精霊が起こした奇跡」ということで丸く納めたようだ。


見渡す限りの砂漠だった土地は、あの日、一面の緑に変わった。


まだ幼木も多いが、私とグルートは変わらず毎日領内の木々を巡り声をかけ成長を見守っている。


同じく砂漠化に苦しんでいた隣国も、人々が田畑を耕し緑を慈しんで暮らせるようになった。


「そうだわ!」

「森の中に温泉を作りましょう。」

「自然を感じながら、温泉に入るなんて最高じゃない!動物達もきっと気に入るわ!」


グルートと、彼の瞳を受け継いだ愛息子の小さな手を握りながら、私は自分が描く未来に向けて歩き続けるのだ。

誤字脱字のご報告ありがとうございました!


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