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まほらとバディの幼馴染

大きな蕪……






「狭い所ですがどうぞ」


「お邪魔します……」



なんとも不思議な状況になった。

まほらはそう思いながら古いアパートの一室に入った。


市場の八百屋で偶然にも同じカブを手に取ろうとして再会したハウンドの幼馴染であるラリサ。


ラリサには他に

“ハウンドの殺された恋人の姉”や“ハウンドの初恋の人”という肩書きがつくのだが、幼馴染と表現するのが一番当たり障りないだろうとまほらは考える。



そのラリサと同時に手に取ったカブは大ぶりだが実は柔らかく瑞々しいと、八百屋のおじさんのイチオシだった。


───蕪……食べたい。浅漬けに味噌汁に鶏のひき肉と炊いてトロミ仕立てにしてもいい。

でも大きい……一人暮らしでは食べきれない……。


カブを使ったメニューは違えどラリサも考えた事は同じだったらしく、それならシェアしましょうという事になった。

そして市場にほど近いラリサのアパートに寄ってカブを半分に切ってもらう事になったのである。


「ラリサさん……おひとり暮らしなんですね。あ、どうぞお構いなく」


お茶の用意を始めたラリサにまほらがそう言うと、ラリサは手を動かしながら答えた。


「そうなんです……妹が亡くなってから離婚が成立したんですが、実家に帰る気にもなれず一人で……。いえいえ、お茶くらい召し上がって帰ってください。カブも直ぐに切り分けますね」


「なるほど……あ、ありがとうございます」


ラリサはささっと手際よくまほらにお茶を出し、カブを半分に切り分け、持ち帰りしやすいように食品用の袋に入れてくれた。

そして自身もテーブルの椅子にまほらと向かい合う形で座った。


ラリサの煎れたお茶は香りよく、気持ちを柔らかく解してくれた。


だからだろうか、まほらは少々踏み込んだ事をラリサに訊ねた。


「あの……ハウンドさんとはあまりお会いになっていないんですか?先日のお二人の様子でなんとなくそう思いまして……」


「……そうなんです。妹の事件以来……あの、ハウンド()は今でも事件を追っているのでしょうか?」


ラリサはまほらの質問に答え、それと同時にまほらにも質問してきた。


「はい。夜の色町に何度も足を運んで、情報収集や変わった動きがないかを見張っているようです」


そのおかげで魔法省では玄人専門のヤリ…ゲフンと呼ばれている事は伏せておく。



「そうですか……今も……」


ラリサは力なくそう答え、何を見るともない様子でテーブル横の窓から外へ視線を移した。

その姿を見ながらまほらは遠慮がちにラリサに告げる。


「じつは、先日新たな被害者が出まして……」


「えっ……!」


「妹さんと全く同じ手口の犯行です」


「そうですか……」


表情を陰らせるラリサにまほらは言う。


「もうこれ以上犠牲者を出さないために、一課が懸命に捜査しています。ハウンドさんも担当ではなくとも独自に犯人を追っていますし私も協力は惜しみません、必ず、必ず犯人を逮捕します」


「まほらさん……ありがとうございます。私は……自分が情けないです……」


「なぜ……?」


「妹を死に追いやったのは私のせいです。離婚問題でみんなが私に掛かりっきりになってしまい、ミリサは本来なら一番に相談するべきハウンドにも頼る事も出来ずに……全ては私が悪いのです。それなのに私は妹のために何もしてやれないっ……」


そう言ってさめざめと涙を流すラリサを見て、まほらはやはりかと思った。


妹を死に追いやったのは自分だと、彼女は今も自分を責め続けているのだ。


まほらはラリサの部屋をぐるりと見回す。


女性の部屋でありながらなんの飾りもない部屋。

シンプルなものを好む女性は確かにいるが、ラリサの場合はそうではないと何となくわかる。

必要最低限の物しかない、寂しい空間。

ただ寝起きして食事をするためだけの、そんな寂しい部屋だ。


彼女は自分の人生を捨てている……という言い方は大袈裟かもしれないが、ラリサは生きている自分に楽しむ事、幸せになる事を禁じている……それが何となくわかった。



───ハウンドさんは、彼女のこの状況を知っているのかしら……。



まほらはそれが気にかかった。

かつて離婚するラリサのために奔走するほど仲の良い幼馴染であったなら、こうやって物寂しい暮らしをしている彼女を放っておくはずがないと思うのだが。


そんな事が気になりながらも、カブを切り分てお茶をご馳走になった礼を告げて、ラリサのアパートを後にした。





まほらは次の日、さっそくハウンドにその事を話してみた。


お節介とは思うがどうしても見て見ぬふりはできなかったのだ。


ハウンドは成り行きとはいえまほらがラリサの部屋に行った事を目を丸くして驚いていた。


そしてまほらは自分が感じた事を直接的に彼に伝える。


まほらの話を聞き、ハウンドは押し黙る。

彼にしてみれば珍しい。

何かを言い淀むような、何かを躊躇うような。


だが直接ラリサの暮らしを目の当たりにしたまほらの言葉をハウンドは真剣に耳を傾け、そしてやがて告げた。



「……ラリサがミリサを死に追いやったと思うなら、それは当然僕も同じだ……僕だって、幸せになる資格がない人間なんだ」


「え?それは、どういう……」


「ミリサは僕のために別れようとしていたんだ。離婚したラリサと、僕がやり直せるように」


「………え?」


事件の絡みでラリサが思い詰めていると思っていたまほらだが、

これはどうやら恋情の絡みらしいとその時ようやく思い至ったのであった。




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