まほらばバディの過去を知る
作中、売春の経緯を説明するシーンがあります。
苦手な方はご自衛をお願いいたします。
「まほ!」
昨夜起こった殺人現場のショックが大きくてあまり眠れなかったまほら。
鈍い足取りで魔法省へ続く通りを歩いていると後ろからブレイズに声を掛けられた。
「ブレイズ、おはよう」
まほらが振り返って挨拶をすると、ブレイズは嬉しそうに歩みを早めてまほらの側へと来た。
「おはよう。卵焼きのレシピ、ありがとうな」
どうやら先日ブレイズの母に渡した卵焼きのレシピの礼が言いたかったようだ。
「どういたしまして。上手く焼けた?」
「まだ焦げるな……最初の方が焦げるってどうしてだ?」
「フライパンを熱しすぎなのよ。だんだん卵液で冷めるから焦げにくくなるけど、最初の温度が高すぎるとどうしても焦げちゃうわよ?」
「あーなるほど。味も今ひとつまほのようにはいかないんだよ」
「レシピ通りに作ってるなら、あとは微妙なさじ加減?まぁこれは経験をつまないと」
「なるほど。見てろよ?まほより上手く作れるようになってビックリさせてやるからな?」
「偉そうに100万年早いわよ」
「なんだとぅ?」
良かった。
以前のように軽口を言い合えてる。
距離を置いて関係性は変わったとしても、こうして昔と変わらずたわいも無い会話が出来るのが嬉しい。
まほらは自然に微笑んでブレイズに言った。
「ふふ、じゃあ上手く焼けたら食べさせてね」
まほらのその笑みを、ブレイズは眩しそうに見つめた。
「……あぁ。もちろん」
「美味しく焼けてもわざと認めてやらないけどね」
「なんだとぅ?」
まほらは重かった足取りがなぜか軽くなったように感じた。
◇◇◇
「おはようまほらさん。昨夜はすまなかったね」
捜査四課の部屋に入ると、すでに登省していたハウンドがまほらに声をかけてきた。
ハウンドの顔を見た途端に昨夜の惨状がアリアリと思い出され、まほらはまた苦い気持ちになる。
が、魔法省の職員たるものこんな脆弱な精神ではならぬと自分を鼓舞して笑顔で挨拶を返した。
「おはようございますハウンドさん」
「昨夜はごめんね。大丈夫?よく眠れた?」
大丈夫じゃないです、あまり眠れませんでした。とはおくびにも出さず、まほらは返事をした。
「ぐっすり……とはいきませんがまぁそこそこには」
「良かった。昨夜の事件、あれからすぐに一課が入って捜査が始まったよ。朝から違法薬物担当の四課の職員も招集がかかってる。科捜課も今は大忙しだろうね」
「そうですか……三年前の事件も、その後に起きた同一犯と見られる事件も、まだ犯人逮捕に至っていないんですよね……」
「その事について、昨日言ったように色々と説明をするよ。今日の午前中、書類仕事をしながらでもいい?」
「はい、もちろんです」
まほらは若干緊張した面持ちになりつつも静かに頷いた。
そしてその後、四課のミーティングルームでハウンドから彼を取り巻く一連の事情の説明を受ける。
「過去の自分の……かなり情けない話になるんだけど、聞いてくれるかな?」
という、バディになって日が浅い自分が聞いてもいいのかと躊躇ってしまう前フリを言い置いて、ハウンドは話し始めた。
「まほらさんには個人的に捜査協力を願うかもしれないし、バディである限り否応なしに巻き込んでしまうかもしれないから、包み隠さず話すよ」
「は、はい……」
「……三年前、違法魔法催淫剤の最初の被害者は僕の恋人だったんだ」
「えっ……」
三年前の最初の事件といえばまほらが入省して初めて関わった大きな事件の被害者だ。
ハウンドのかつての恋人が、昨夜の被害者のような状態になったというのか……。
「被害者の女性は当時二十歳でしたよね……彼女の遺体が見つかったのは確か、昨夜のような逢い引き宿だったと記憶していますが……えっと、どうして……」
とても言い辛く、そして聞き難い事だがまずはその疑問が頭を過ぎった。
ハウンドの恋人となれば普通の女性なはずである。
それなのになぜ……。
「……彼女は、ミリサは、過失により負ってしまった借金返済のために、売春をしていたんだ……」
「……え……」
あの亡くなった被害者が……?
ハウンドの元恋人が……?
確かに当時の検死の結果には性行為中の死亡と記入されていたが……。
「過失により負った借金とは……?」
「当時、ミリサが勤めていた商会の、大きな取引きが彼女のミスが原因で流れてしまった。その時生じた損害を背負わされたんだよ」
「そんなっ……そんな事って、それって違法行為に当たる可能性も……」
「そう。少しでも法律の勉強をした者にとってはすぐに気付ける不当さだよね。でもミリサはそれを知らずに一人で問題を解決しようとして、結果売春により金を返済していく道を選んだんだ」
「なぜですか?……ハウンドさんが恋人だったなら……一緒に他の方法を考えたでしょう?」
「そう。僕に相談してくれていれば……だけと、彼女にそうさせなかった理由があるんだ……」
「理由?」
ハウンドと恋人だったミリサには五歳年上のラリサという姉がいたそうだ。
ミリサとラリサの姉妹はハウンドとは幼馴染で、三人はとても仲が良かったらしい。
「ラリサは僕の初恋の人でね、でも想いを伝える前に年上だった彼女は親が決めた相手と結婚してしまった。僕はまだ学生だったし、どうしようもなくて……そんな僕を支えてくれたのがミリサだったんだ」
二人はいつしか幼馴染から恋人へと関係性を変えていたという。
「でも、ある時、ラリサが結婚相手の暴力に耐えられず実家に逃げ帰った。当然ラリサは離婚を望んだが、結婚相手もその婚家も頑なにそれを認めようとはしない。僕もラリサのために彼女の父親と協力して方々動いている時に、ミリサの件が起こったんだ」
「それで……お姉さんのために奔走している父親やハウンドさんには打ち明けられずに、被害者のミリサさんは一人で何とかしようと……」
「……僕が悪かったんだ」
「え?」
「僕の心に、まだラリサがいるとミリサに思わせてしまった。だから彼女は僕には何も言えなかったんだ……」
「そ、そんなっ……」
でも、まほらにはその気持ちがわかるような気がした。
自分の好きな相手が誰か違う人を心に住まわせている。
そんな相手に縋る事など出来ようか。
「本来頼りにするべき父親も恋人も大切な姉のために動いている、そんな時に自分の事でまで負担は掛けたくない……そう考える人だったんだ、ミリサは」
「それで……彼女もコールガールに……?」
「商会の会長がコールガールや娼館の元締めと懇意だったらしい。それでその元締めのシマで身を売る仕事を……」
ハウンドは苦しそうにここまで告げて、そのまま黙り込んだ。
「酷い……ミリサさんが勤めていた商会の名を窺っても……?」
「……ヴィーラント商会だよ」
「ヴィーラント……大きな商会じゃないですか。え、でも確かヴィーラント商会って二年前に倒産したんじゃ……確か数々の不正取り引きや違憲行為が見つかって……」
まほらがそう言うと、ハウンドは一瞬ほの昏い表情を浮かべ、肩を竦めた。
「そういう商会はつつけばいくらでも埃が立って勝手に自滅するものさ」
要するにつついたんですね、とは言わないでおいた。
「まぁ既に跡形もない商会の事はもういいよ。問題はミリサが殺された事だ」
「そうですよね……」
「ミリサの仲間だったコールガールの話では……昨日宿にいた数名のコールガールが居ただろう?彼女たちの当時の供述によればミリサはその日、わりと身なりの良い中肉中背の客がついて、彼と宿に入って行ったそうだ。それがミリサの最後の目撃情報だ」
「その中肉中背の男の顔を見た者は……」
「帽子を目深に被り、サングラスをかけていたそうだ。変装したり顔を隠して女を買いに来る男は多いので、誰も不審に思わなかったそうだよ」
「でも、恐らくはその男がミリサさんを……」
「ミリサが客と宿に入って遺体が発見された時間から鑑みて、他の客は取っていなかったはずだ……だから間違いないと僕も当時の捜査関係者も考えている」
「犯行動機は何でしょう?ミリサさんの後にもこの三年ほどで他に三人の娼婦やコールガールが犠牲になっていますよね?」
「その犯行動機が全く解らないんだ。多分常人では理解出来ない動機だろう」
「愉快犯……猟奇殺人……しかも、玄人の女性ばかりを狙った……あっ!」
顎に指をあて考えに耽っていたまほらだが、ある事に気づいてつい大きな声を上げてしまった。
「な、なに?」
びっくりしてまほらを見るハウンドに向き直って告げる。
「もしかして、ハウンドさんが玄人女性ばかり相手にしてるのって……」
「ああ、あの噂の真相か。そうだよ。被害者が娼婦やコールガールといった玄人女性ばかりだからね、足繁く彼女たちの職場に行って、犯人に繋がる何かを探し続けているんだ。何か起こってもすぐに駆けつけられるように、ね」
「そうだったんですね……」
ハウンドは省内で噂されるようなヤリ…ゲフンではなかったのだ。
ではなぜその噂を否定しようとしないのかとまほらが訊ねると、
ハウンドは「その方が夜の街に足を運ぶ正当な理由となって、怪しまれにくいだろ?」と薄く微笑んでそう言った。
────────────────────────
週末用に読み切りを書いてました。
ましゅろうの癖でもあるシークレットベビーもの……。
だけど、これ、絶対に15000文字以上はいくんじゃない?
と、思い読み切りではなく超短編に切り替えました。
タイトルは
『あなたと別れて、この子を生みました』
投稿は土曜日の朝です。
よろしくお願いします!