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山と少年、そして大きな穴

作者: hisasi

 人間は遊ぶ事が楽しいのであってそれは、子供心です。

 それをもし合理的に、大人の価値観で考えたなら、途端につまらなくなりますね。

 そんな気持ちを書いてみました。

そこは平らな砂地が広がっていた。

その砂地で一人の少年が砂地の少し湿った砂を手で集め、小さな山を作っていた。彼は少しずつ山を高くしては、満足そうに山を見つめて大きく頷くと、また砂を集めて山を高くする。楽しそうにそれを繰り返していた。

 すると、一人の少女がやってきた。

「何やってるの?楽しそうね!」

 少年は笑顔で砂を山の上に運び、高くなった山肌を叩いた。すると、小女は「私もやるわ」と言って、同じように山に砂を盛った。二人共楽しいのか笑顔で、山を高くしようと砂を盛った。すると、一人の若者が通りかかった。

「お前ら楽しそうだな!俺も混ぜろよ!」

 その若者はそう言うなり、少年が笑顔を返す前に山に砂を盛り始めた。手が大きいので砂がどんどん高く盛られる。三人は汗をかきながら砂を集め始めた。しばらくしないうちに、男性と女性が通りかかった。

「私らも混ぜてくれ!」

 二人はそう言って、少年が振り返らないうちに、腕をまくって嬉しそうに砂を集めた。女性は家からバケツを持って、ついでに友達を五人呼んだ。人数が多くなると、山のすそ野は広がり高さもどんどん高くなっていった。

「いいぞ!どんどん高くなれ!あぁ楽しい!」

 若者はそう言うと、少年に水を取りに行かせた。皆の喉を潤す為だからと、口を尖らせている少年に命令した。少年はそれに従った。

そうして、少年が桶いっぱいに水を汲んで戻ってくると、砂を盛る人数はさらに多くなっており、いつの間にかあの若者が皆に指示をしていた。少年が水を持っていくと若者はお礼も言わずにそれを飲み、砂盛り作業に戻ろうとする少年を捕まえた。

「お前は砂運びをするんだ!」

 そう言って、赤いバケツを渡した。少年は彼を見上げたが、無言で砂を集めに行った。

 帰ってくると、山は少年の背よりもずっと高くなっていた。そして、作業している人数も、老若男女様々になっていた。皆楽しそうだった。子供達が砂を運びに行かされ、得意顔でリーダー気取りの若者の指揮で、大人の男女が山を盛っていった。少年は高くなっていく山を横目で見ながら、砂を求めて歩き出した。砂でいっぱいになったバケツは重い。山と遠くの砂地との往復は疲れるだけで、まったく面白くなかった。

 やがて、砂の山は二階建ての家ほどになっていた。いつの間にか若者から髭を生やした立派な身なりの男性にリーダーが代わっていた。あの若者は大人達と一緒に汗だくになって山の表面を固めていた。

一方、髭の男性は汗一つかかないで、ただ周りにいる屈強な男達に図面を見ながら指示していた。すると、何台もの大きなブルドーザーやショベルカーがやってきて、ますます山は高くなった。手作業で砂を運んでいた子供達の仕事はなくなり、代わりに働く人の世話をする事に決められた。少年も髭の男性にムチで脅かされながら、働く人達にご飯を運んだ。もう、何日も同じ事を繰り返しているのだ。やがて、山を固めるのにも機械が入り、老人や女の仕事が減った。なので、女達は髭の男性の周りに集まってペチャクチャと喋り、老人を店先に立たせて物を売らせた。

 砂の山はすっかりお城ほどの大きさになっていた。頂上は雲にも届きそうな高さだ。山の周りに人々が集まり、店が連なってバザールのようだし、どこからかサーカスの一団も来てお祭の様な騒ぎになった。そんな中、少年はムチで脅され、怯えた表情になっており、笑顔は完全に失われていたのだった。

 そんな時、事件が起こった。

あの若者が頂上の上に乗り、この山は自分の物だ!と大声を上げたのだ。これには髭の男性が激怒し、屈強な男達を使って若者を引き攣り下ろした。周りにいた人々は労働者から観衆に早代わりして、次々と若者に汚い言葉を吐いた。中には多くの人が山は自分の物だと言い張っていたが、髭の男性がピストルで若者を撃って殺すと、観衆はまたすぐに労働者に早代わりして作業に戻った。

そして、髭の男性が言った。

「この山は私のものだ。私が最初に見つけた」

 そう言って、山をさらに高くしようとした。

 少年は髭の男性を見上げながら大きく溜息をついて、山を転がってきて山裾に横たわっている若者の死体に眼を背けた。

そして、山から歩いて離れて行った。


少年は砂が取られた地面を、誰も使わなくなったスコップで穴を掘り出した。なんだか楽しそうで、口元が嬉しそうだ。口笛まで吹いている。すると、少女が近くに来た。

「何やってるの?楽しそうね!」

少年は彼女を笑顔で見返すと、白い歯をこぼした。いかにも楽しそうだ。少女はすぐにスコップを持ってきて土を掘った。

そうして二人が穴を掘っていると、二人を見ていた子供達が周りを取り囲んだ。

「俺らも混ぜてくれよ!」

 少年が笑顔を返す前に、彼らは辺りかまわず穴を掘った。土だからか穴はよくは彫れないが、それでも子供達は地面に穴を掘った。すると、それを見ていた労働者の大人達が近くに来て穴を堀ろうとして来た。皆がスコップを持っている。

「もう山はあきた。それに・・・」

 そういうなり、大人達は一人、また一人とわれ先に思い思いの穴を掘った。協力するそぶりも見れず、大人達は自分だけの穴を掘っているようだ。なぜなら、山はあの髭の男性の物になったけど、穴くらいは自分の物が欲しかったからだ。大人達は子供達のスコップを奪い、土を運ぶのを手伝わせた。

すると、山の上から下を見ていた髭の男性が山から離れていく人を見て激怒し、すごい勢いで駆け下りてきた。人々は穴掘りで彼に気がつかない。もう山には興味がないのだ。

彼は周りにいた屈強な男達に命令し、山盛りの為の機械を、穴掘りに使い出し、大きな穴を掘り出した。しかし、今度は彼に協力する人間はいなかった。誰もが自分の穴を欲しかったし、協力している暇がなかったからだ。屈強な男達はそれしかやる事がなかったし、髭の男から多くのお金を貰っていたので彼に従った。それに、やってみると穴掘りは山盛りよりも数倍楽しかったのだ。

だから、人々の穴はどんどん深くなっていった。今では、女達も老人だって穴掘りに勤しんでいた。穴を深く掘れる若者の所に娘達は進んで手伝いにきたし、髭の男性も機械に物を言わせて大きく、深い穴をひたすらに掘った。どの人も皆死に物狂いで、何かに取り付かれたように掘っていた。

もう、百メートルは達しているだろうか?

誰も彼もが穴掘りが楽しくて、楽しくて、「俺が一番深く掘った!」「いえ、私の方が断然深いわ!」「何を言う、わしの方が深く掘れてるわい!」と、まるで誰かに急かされるようにスピードを競って掘り続けているのだ。

そんな中、少年はとっくにスコップを投げ出し掘るのをやめ、砂の山の中腹で腰かけていた。そして、皆が掘った穴が一つにつながるのを見届けると、転がっていた若者の死体を穴の中に投げ入れた。

「何だ?何か降ってきた!」

 人々は一斉に掘るのをやめ、遥か上空にある空と砂の間にいる少年を見上げた。少年は自分を見上げている人々を見下ろすと、さも楽しそうに笑った。そして、自分の顔に指をさして、皆に指を掲げた。

 するとどうだろう、掘っていた土が崩れ、砂山も音をたてて崩れだした。土や砂のなだれは人々の掘った穴の中に飛び込んでいき、やがて人々が穴から出るよりも早く、土と砂は大きな穴を塞いでしまった。

 そこにあるのは砂ばかりの世界。

そして、一人の少年。

少年は汗を拭うとまた手で砂を集めだした。楽しそうに笑み浮かべながら。


              おしまい


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