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秘めた願い

「穂月、起きろ。もう日も高い」

その声に目を開けると、顔のすぐそばにハヤテの顔があって思わず飛び起きた。


「うわっ!?」

「む。せっかく起こしてやったのに、失礼なやつだ」

「ごめん、ごめん。だって急に目の前にいたから、びっくりしたんだもん」


ぷりぷり怒るハヤテはそっぽを向いてしまったが、その仕草が可愛くて緩みそうな表情をぐっと堪える。そこから目を逸らすようにふと時計を見れば、既に10時を回っているではないか。


「嘘!? もうこんな時間…」

昨夜眠りについたのが23時過ぎ。ドライブで疲れていたのかもしれないが、さすがに寝過ぎだ。そう気づいた途端、急にお腹が空いてきた。


「あ、そっか。ハヤテ、ごめんね。すぐご飯準備するから」

朝食が終わる頃にはハヤテの機嫌はすっかり直っていた。穂月の態度だけでなく、空腹も原因だったようだ。果物をたくさん載せたグラノーラに瞳を輝かせて頬張っていたから、そちらも上機嫌な理由の一つかもしれない。


「まあ初めてのお務めで疲れていたのだろう。夢の中とはいえ、意識がはっきりとしているから頭を休ませる必要があるからな」

ただ眠っていただけではなく、仕事をしていたのだと言われると少し居心地が悪い。ほとんど話が出来ず、しかもあまり良いスタートではなかったのだ。


「願いが漠然としていたが、心に秘めていた願望を口にさせることができたのは良かったぞ。それが叶うかどうかは本人の努力次第だが」

「うーん。でも野田さんの本当の願望は違う気がするの…」

穂月の言葉にハヤテが首、というより全身を傾げた。


「あやつの願いは結婚することで、その条件に合う女性を告げていたではないか」

「確かにそうなんだけど……」

理想を口にしながらも不本意そうな表情から、あれは他人のために用意された言葉であって決して本心とは思えない。


(特定の誰かを想っているわけではないと言っていたけれど、それも本当かどうかは分からないな)

警戒心が強い人物なのだと思う。だがそれは初対面にもかかわらずいきなり内面に踏み込もうとした穂月にも非がある。なので申し訳ない気持ちはあるものの、野田に対して嫌な気持ちを抱くことはなかった。


自分の考えを伝えると、ハヤテは感心したように声を漏らした。

「正直まだ若いからと思っていたが、穂月は意外とよく見ているのだな。そのような人の心の動きは神々たちには理解しにくいものなのだ」


寿命がなく永い時間を生きる神々は、人とは比べ物にならないほど遥かに高い能力や知性は有している。だがその反面、限りある生を生きる人の心に寄り添うことは難しい。大人が幼児の想いを全て掬い取ることができないように、神々にも人の想いや言動を正しく理解することができない。


「だからこそ、姫神様や皇后様がいくら手助けしようともなかなか実を結ばなかったのだ」


ましてや縁結びなど元々彼らの領域外の願いである。

最初は興味深く思っていたお務めだが、人間の願望を叶えようと語り掛けても話が通じないことが多かったのだと言う。


神頼みをするほど望んでいても、具体的に条件を挙げることが出来る人は少ない。現状を変えたいのに、当人たちがどうしたいのか分からないことは割とよくある話だ。願望だと思っていたことでも、本当に望んでいることがまったく別物であることも―。


「心から願っていることがあるのは確かなのだ。真摯な祈りゆえに神は願いを聞き届けようとしてくださるのだからな。だが人の心はどんどん複雑になっていく。叶えたい願いを秘めようとするあまりに、その願いを当人すら分からぬようになっていくのだ」

折角願いを聞き届けようとしていが神々が、その役目を放棄しようとするのも無理がないのかもしれない。


穂月はハヤテの話を聞いてイソップ童話に出てくる酸っぱい葡萄の物語を思い出した。

食べられない葡萄に狐はどうせ酸っぱくて食べられないと言って、手に入らないことを正当化するのだ。

自分が傷つかないように、欲しかったものを遠ざけて諦める。それは叶わない願いを持ち続けるよりも苦しみが少ないのかもしれない


(野田さんの願いを叶えるためには、何が必要なのだろう)


少し冷めた紅茶のカップを手に、穂月は夢を振り返りながら考え始めた。


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