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父の手記

作者: 理財 学


「人々の笑顔を守るため、粉骨砕身努力する。」







これは俺の親父の手記に書かれた言葉だ。


親父はK県警の警察官で、優秀な刑事だった。正義感が強く、学ぶことに熱心で、だれからも尊敬される男だった。


そして、俺もまた親父を尊敬していた。時に厳しく、時に優しく、俺を育ててくれた。


たまに親父は「人々の笑顔」を守った話を聞かせてくれた。親父の警察官としての仕事の話だ。

新任で配属された交番で不良を更生させた話・・・刑事課で犯人と格闘した話・・・

どの話も俺にはヒーローの武勇伝のように聞こえたものだった。


しかし、親父は50歳になる年に殉職した。ある事件の犯人を確保する際に、刃物で反撃を受けて、そのまま亡くなった。

当時俺は15歳だった。ヒーローを失った俺は、情けないことだが、毎日毎日泣き続けていた。


親父が死んで一週間後、親父の部下だった人が持ってきてくれたのが、親父が日々警察官としての心得や、刑事としての仕事のコツを記録していたという親父の手記だった。

手記はA4の茶色いルーズリーフのノートで、タイトルも書いていない。外装はひどくボロボロで、ガムテープで補強されていた。ページは何度も継ぎ足されているようで、机の上に置くと、勝手に開いてしまうほどの分厚さだった。

この手記には、親父の警察官としての人生が詰まっていた。






「警察官の任務は、正義を執行し、安全な社会の実現に貢献すること。」






これは、親父の手記の1ページ目に書いてある言葉だ。俺がこの手記を受け取って初めて読んだ言葉でもある。

鉛筆書きのようだが、かすれて薄くなっている。きっと親父がまだ新人の頃に、三十年以上前に、書き記した言葉なのだろう。

俺は親父が警察人生の中で信念としてきたこの言葉を見て、将来警察官になることを決めたんだ。







親父が死んでから30年。俺はいま45だ。

俺も刑事課の捜査官として、親父が愛したK県を守るために働いている。


俺は、特に事件を起こす人間を見極める能力に長けていた。凶相と、いうんだろうか。人の顔を見ると、犯罪に手を染めそうな者とそうでない者、犯罪に手を染めそうな者はどんな罪を犯すのかがわかるようになっていた。

自分でも、なぜそんなことができるのかはわからないが、多数の犯罪の未然防止の実績から、刑事課でもかなり頼りにされる能力となっている。刑事のカン、というやつなのかもしれない。






「どんな人間にも更生の可能性はある。」






これも親父の手記にある言葉だ。

どんな人間でも、しっかりと説得してやればわかってくれるものだ。どんなに悪辣な人間であっても、話を聞いてやり、正義を説いてやれば更生できる。

更生した後の元犯罪者たちの顔には、もう凶相は見えない。そうなればもはや、罪に手を染める心配はないのだ。


俺はそうやって、一人一人、人を救っていくことこそが、社会の安全につながると思っている。







しかし、ある日のことだ。

俺はこれ以上ない、最悪の凶相を見た。

まだ5歳の子供だったが・・・将来恐ろしい罪に手を染める、それが確信できた。


俺はこの子供の、未来を変えてやらなきゃならない、と思った。

だから、何年もかけて、その子供に倫理道徳を伝えてきた。

正義とは何か。犯罪がどれほど人を苦しめるのか。慈しむ心とは何か。

俺が知りうることを何もかも、教えた。俺の親父の手記を見せたこともある。子供の未来を変えて、犯罪者になる運命から救ってやるためには、どんなことでもやった。




しかし、その子供に凶相が見えてから、10年経った。子供から凶相は消えることはなかった。それどころか、将来の大犯罪者の片鱗を見せ始めているかもしれない。

頭は良いが。人の心が理解できていないのだ。人を慈しむ、ということをしたことがない。

例えば、同級生に大ケガを負わせた時も、俺と、相手の子には形の上では謝っていた。しかし、少しも反省していないどころか、何が悪いのかわからないような様子だった。人の痛みや苦しみに、共感することができないのかもしれない。





だからこれは、最後の手段だ。

どうか、死にゆく俺の姿を見て、改心してほしい。


父親の死を見て、人間らしい、悲しむ心を目覚めさせてほしい。

お前に明るく幸せな未来が訪れることを、俺は心の底から祈っている。


愛している。俺の息子よ。


































これは、自殺した父の遺品の中に入っていた、父の手記だ。

処分品の中に紛れ込んでいたこの手記を最初見つけたとき、無骨な文章と、見た目からは想像もつかない几帳面な字を見て、父が記したものだとすぐに気がついた。


遺書を残さずに自殺した父の死の理由は、誰にもわからなかった。父の同僚にも、もちろん私にもだ。

この手記には、父の死の理由が明確に記されていた。


すべては、私の未来のためだったのだ。

人の心がわからない私に、父は命がけで心を、教えようとしてくれていたんだ。


父は偉大だと言える。子の未来のため、全力を尽くしたのだ。

しかし、私は天国にいる父に、告げなければならない。






あなたは、私の未来を変えることはできなかった。

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