Story05 正夢 : もう一人の僕は何故こんなに近くて遠い
しくしく、シクシク
誰かが涙する音が聞こえます。
ドンドン、どんどん
誰かが壁を叩く音が聞こえます。
白く聳え立つ壁に一人の子供が壁を叩きながら手を赤に染める
どうしてだろう、酷く既視感を感じる。
あの子は初めて見る子なのにどうしてなんだろう・・・
「どうして、そんなになるまで壁を叩くんだい?」
―― その子の声はいつだって僕に届くことはないけれど、その子がそこに居る。 ――
―― 僕の声はいつだってあの子に届くことはないけれど、あの子がそこに居る。 ――
大粒の透明な涙を流しながらあの子は答えます。
「この壁の向こうに誰かが居るのかい?」
何処までも続いていそうに聳える壁が拒むように立ちはだかって邪魔をしていました。
―― もう一人の〝僕〟が居るんだよ。 ――
―― もう一人の〝僕〟が居るんだよ。 ――
重なる重なる。頭が痛い。
旅人はあの子の言う事が半分も理解出来ませんでした。
分かったことは壁の向こうにその子が居るということ。
ならば、
「ならば、壁を壊すのを・・・」
出てきた言葉は無意識で、壁は壊れると思いました。
だけれど、どれだけ壁を叩いても聳え立つ壁はびくともしませんでした。
叩いても叩いても手に残るのは痛みだけで壁に傷一つ付ける事が出来ません。
―― どうして、どうして、あっちの壁を壊したの・・・! ――
―― どうして、どうして、どうして!! ――
悲痛な叫びが旅人を責めました。
訳が分からない。
あぁ、頭が痛い。
耐えられず、視界が暗転して倒れるのがスローモーションのように感じました。
薄れる意識の中、赤と涙でぐちゃぐちゃになった見たことのない〝その子〟が泣いたのが見えた気がした。
もう一人の僕は何故こんなに近くて遠い
手のひらから零れ落ちた僕の想いはカタチを変えてしまったんだよ。
僕は君にどうしても届くことが出来ないんだ。
05正夢
―― あいたい。あいたい。近くて遠い、同じで違うもう一人の〝僕〟ただ、会いたい ――
届くことの無い言葉は無機質な壁にぶつかって壊れた。