Story04 逆夢 : 逆さま、届かなかった僕の声
しくしく、シクシク
誰かが涙する音が聞こえます。
ドンドン、どんどん
誰かが壁を叩く音が聞こえます。
一人の子供が手を赤に染めながら必死に壁を叩いています。
白い壁がどんどん赤に染まっていきます。
痛さなど忘れたかのように真剣な表情で何かを叫び続けています。
旅人は言います。
「どうして、そんなになるまで壁を叩くんだい?」
―― 僕の声はいつだってあの子に届くことはないけれど、あの子がそこに居る。 ――
大粒の透明な涙を流しながらその子は答えます。
「この壁の向こうに誰か居るのかい?」
何処までも続いていそうに聳える壁が拒むように立ちはだかって邪魔をしていました。
―― もう一人の〝僕〟が居るんだよ。 ――
旅人はその子の言う事が半分も理解できませんでした。
分かったことは壁の向こうにあの子が居るということ。
ならば、
「ならば、壁を壊すのを手伝おう。」
壁を壊してしまえと、どうしてそんな事を思ったのか旅人には分かりません。
どう見ても壊れそうも無い壁なのにどうしてそんな事を言ったのか旅人には分かりません。
痛々しいその子を見ていられなかったのかもしれません。
その子に何かを重ねていたのかもしれません。
だけれど、どうしても壁を壊さないといけないような気がしたのです。
―― 本当に?嬉しい。 ――
目を真っ赤にしながらその子は笑いました。
旅人は、とりあえず壁を叩いてみる事にしました。
すると、そこまで力を入れたわけでもないのに、その子がどんなに叩いても壊れなかった壁が呆気なく崩れ落ちていきました。
「どうし・・・て?」
思わぬ出来事に旅人は目を擦ってしまいました。
しかし、変わらずそこには崩れ落ちた壁がありました。
瓦礫の向こうにその子と似たようなあの子が居ます。
嬉しそうに二人して駆け合い抱きしめ合う瞬間がまるでスローモーションの様に流れ、旅人の目に焼き付いて離れなかった。
その子があの子の名前を呼んだ。
―― ――
逆さま、届かなかった僕の声
その声はノイズがかかった様に聞き取る事が出来なかった
赤と涙でぐちゃぐちゃになった〝あの子〟がどこか悲しそうに笑った。
04逆夢
―― ありがとう。ありがとう。壁を壊してくれて、ありがとう。 ――
ふわりとその子の大きな黒いリボンが揺れた。