第4話「絶体絶命」
リソナの屋敷でハムエッグを食べた後、私は城下町の離れにある空き家で夜を過ごしました。
とりあえず私は王都を離れて隣町まで行こうと思います。
王都にいてはいつかきっと騎士団の方に捕まってしまうのは目に見えているので。
……正直王都は離れたくありません。
リソナにご飯をたか……ゲフンゲフン。
ママの情報を1番得られそうなのが王都なので出来れば留まりたかったのですけど。
ひとまずは隣町に身を隠して、いろいろ準備をしよう。
隣町までは馬車で丸1日ほどです。
私が魔力を使って走れば同じくらいで着くことが出来ます。まぁ、疲れるしお腹も空くので少しゆっくり行きましょう。野山なら食べれるきのみなどもあるでしょう。
朝早く起きた私は空き家を出て、整理された国道を走り隣町を目指します。
国道とは街と街を繋ぐ整えられた道のことで、馬車などの通り道です。もちろん徒歩で利用することもできます。
城下町の近辺の国道には騎士団の方が警備をしているので盗賊団は国道では馬車などをあまり襲うことはありません。
私は騎士団の警備の方に姿を見られると、また追いかけられてしまう可能性もあるので注意して進みます。
1時間ほど国道を走り続けたのですけども。
……変ですね。
明らかに騎士団の警備が薄いです。いえ皆無です。
まだそんなに城下町から離れてる訳ではないのですが。
私がそんな疑問を抱いていると、数百メートル先でしょうか。馬車が見えました。
しかもあれは……。
「盗賊団に襲われている?」
見るからに高級そうな馬車が盗賊団に襲われていました。警備が薄い時に盗賊団に襲われるなんて不憫な方々ですね。
盗賊団界隈にはルール……というか暗黙の了解があって、他の盗賊団の横取りや邪魔をしてはいけないのです。
ハイエナはダメ、絶対。
だから私は彼らに関わらないように少し遠回りして行くことにしました。
国道を外れ草が生い茂る草原を私は進みながら盗賊団の様子を眺めます。
「どこの盗賊団だろう。黄色を基調にしてる服装だから『黄烏』かな」
王都の近辺を生業としている盗賊団は騎士団と争うことになるため生半可な戦力では生き残れません。
そのため王都近辺の盗賊達はそのほぼ全てが4つの大盗賊団のどれか、もしくはその派閥に所属しています。
この国最大の盗賊団『赤龍』。大元を辿ると、隣国の旧国軍がこちらに移り住んで勢力を拡大した形です。
2つ目は『海賊王ガイウス』がリーダーをしている『青海』。盗賊団と言うより海賊団であり、主に海の近辺を縄張りとしています。
3つ目は貴族との癒着が噂される『黄烏』。幹部以上の団員が正体不明の謎に包まれた盗賊団です。貴族に関わる事が多い割にお咎めをあまり受けないことから権力が高い貴族をバックに持っているのではないかと噂されています。
4ツ目は『紫桜』。関りがないのであまり詳しくはないけど東方の独特の服装をしているのですぐ関係者が分かります。
そして私たちの『黒狼』。
まぁ、私たちは派閥なんてなかったし、この中では1番規模も小さかったので実質四大盗賊団+1みたいなものだったのですけどね。
基本的に格好を見ればどの盗賊団に所属しているのか分かります。それぞれの団名に冠する色にちなんだ模様が刺繍された服装、もしくは刺青をしています。
今私の目の前で馬車を襲っている彼らは遠目から見る限り黄色を基調とした服装であるから『黄烏』の方でしょうか。この距離だと盗賊団のマークが見えないので、もしかしたら他の小さな盗賊団の可能性もあります。
王都近辺でも大盗賊団に所属してない野良盗賊はいますが、その人たちには貴族の馬車を襲えるほどの能力も勇気もないと思うのですが……。
少し気になった私は近づいて見ることにしました。
こっそりと、バレないように。
盗賊団の方達は馬車を囲んで、馬車を守る近衛兵と戦闘をしています。盗賊団の方にも近衛兵の方にも何人か倒れるほどの怪我をして、ないしは殺されている方がいます。
何人かに『黄烏』の刺青が施されているから、『黄烏』の派閥で確定ですね。
数の利は圧倒的に盗賊団側が有利なのでこれでは貴族側はジリ貧でしょう。
あっ、最後の近衛兵が倒されました。
あとは非戦闘員のメイドだけみたいです。
「ヒャッハハ、あとは女だけだ。さっさと終わらせるぞ」
リーダーっぽい人が悪い笑顔でそう言いました。ゲス顔が似合ってます。
まぁ、気持ちは分かります。私達だって何度も馬車を襲ったことがあるので。
戦闘員を全て倒してしまえば後はただの作業ですからね。
ただこの人たち気づいてないのかもしれませんが多分この馬車は貴族のものですよね。
つまり貴族の『魔力持ち』が乗っている可能性が……。
「……メイ、何事?」
そう考えていると馬車の中から気だるそうな声を出しながら金髪の少女が出てきました。
長い金髪を背中にたれ流し、白を基調とした衣服に身を包む…………ってリソナ!?
なんでリソナがここに!?
なんと馬車から現れたのは昨日私にご馳走してくれたリソナだった。
「ゲヘヘ、これは上玉だ。リーク通りだぜ。よしお前ら、あの嬢ちゃんをぶっ殺せば依頼達成だ。気抜くなよ」
「……リーク? あなた達からは少し聞き出さないといけないみたい」
「グフフ、状況分かってんのか嬢ちゃん。まぁいいや。犯し尽くしてから殺してやるからよぉ! 行けっ、野郎ど――――っ⁉︎」
一瞬でした。
大人の背丈を軽く超えるほど大きな炎弾が盗賊団の下っ端達を直撃して彼らを吹き飛ばしました
「……これ以上狼藉を働くなら容赦はしない」
すごい!
これが貴族の魔法!
私が同じ魔法使ってもマッチの炎くらいしか出せないのに。
あの第二騎士団の団長と同等かそれ以上の魔法センスをリソナから感じます。
こんなの見せられたら彼らも逃げるでしょう。
「グフフ、流石はキュリー公爵家の血を引くだけはあるな」
「わたくしが誰かを知ってて襲ったの?」
「あぁ、よーく知ってるぜ。キュリー家の落ちこぼれ姫ちゃん」
「……ッ!」
リソナは盗賊団のリーダーの言葉に反応して顔を少し歪める。落ちこぼれ姫……う〜ん、聴いたことないや。貴族の動向には関心無かったしなぁ。
「普通の盗賊なら今の『炎弾』でビビって逃げ出すかもしれないが、オレらは嬢ちゃんのことよーく知ってるからな〜。ほら嬢ちゃんもう一発撃ってみなよ……撃てるもんならなぁ」
「……舐め……ないで!」
リソナはもう一度先ほどの炎弾を繰り出す。しかし先ほどの威力はもうなく、拳ほどの大きさの炎弾が放たれました。
盗賊団のリーダーはそれを難なく避けました。
「おっと。ヒッヒヒ、あれ〜嬢ちゃん。胸を抑えてどうしたのかなぁ。もしかしてもうスタミナ切れちゃいまちたか〜」
リソナは胸を抑えて膝をついてます。
息も荒くキツそうです。
普通の貴族は魔力の質も量も高いため、数発魔法を放っただけではこうはなりません。先ほど聞いた落ちこぼれ姫って呼称されるほどリソナは魔法が苦手なのでしょうか。
それにしては先ほどの魔法は見事の一言でしたが……。
しかしこれはリソナがピンチですよ。
このままでは確実に殺されてしまいます。
どうする私。どうするアニラちゃん。
一食一晩の恩義返すべきじゃないですかこれ。
でも私が出たところでこの人数――盗賊団の方は十数名ほどいます――私1人でどうにかなる数じゃない。
しかも相手は貴族の近衛兵を倒すほどの手練れ。
「へへへっ、嬢ちゃん。とりあえず抵抗できないように手足折るか。てめぇらはメイドの相手でもしてな。犯し尽くしてから殺してやれよー」
「うぇええええい!!」
「おうおう、そんなに睨むなよ嬢ちゃん。恨むなら俺に依頼してきたやつを恨むんだな」
もう迷ってる暇はない!
走れっ!
私は足に魔力を込め、一気に駆け走る。
気配を0に、今までの盗賊団生活で培った私の得意技、気配を消して一瞬で対象の背後まで距離を詰める!
ジャック、いくよっ!!
<任せな、お嬢!>
ローブに隠し持ったナイフを引き抜くと、一直線にリーダーらしき男の背中目掛けて突き刺す。
私の魔力をジャックに流し込み、ジャックがその魔力を使って刀身に魔力のコーティングを施す。
私のナイフは盗賊団のリーダーの心臓を背中から貫いた。
「あぁん?」
いやっ、少しズレてる。
これじゃ即死しない!
ナイフを引き抜いて即離脱を……。
「て、てめぇ。クソがぁ‼︎」
盗賊団のリーダーは後ろに振り向きながら持っている剣を私に向けて振り下ろしてきた。
「『武装強化』!」
その剣を私は魔力付与して強化されたナイフで受け止め弾き返す。ジャックが「痛てぇ!」とボヤきますが、無視します。
振り向きながで、不安定な体勢での斬撃を返されたため、盗賊団のリーダーは姿勢を崩しました。
ここです!
私は懐に入り込み。
今度は正面から心臓をナイフで貫きました。
1回目と違い、寸分違わずに心臓を貫いた感触が手を伝わりました。
盗賊団のリーダーは血反吐を吐きながら地面に倒れました。私は確実に命を刈り取るため彼の首の頚動脈を切りました。
よし!
やった。リーダーさえやってしまえば後は烏合の衆になるはず。
「てめぇ、よくもお頭を! 先輩、どうしますか?」
「とりあえず俺が代理で指示を出す。依頼だけでも完遂するぞ。ついでにお頭を殺したその小娘を嬲り殺してやれ!」
やばっ、即リーダーが変わった。
トップがやられたのに臨機応変に動けるなんてどこの騎士団ですか!
とりあえずわたしはリソナの側まで駆け寄ります。
「『疾風魔法』」
リソナが魔法を詠唱した。馬車の周りを風の渦が包む。
盗賊団はその風に阻まれこちら側に侵入できません。逆に私たちも外に出ることができませんが。
「……これで時間が稼げる」
「リソナ! さっきより顔色悪いよ!」
リソナの顔は真っ青でした。
どうやらリソナは魔法を行使すると身体の調子が悪くなるようです。
「……大丈夫。……アニラ助けにきてくれてありがとう」
「一食一晩の恩義だからね! でもこの状況じゃ、結局助けてあげることできなさそうだよ……」
リソナとそのメイドを守りつつ盗賊団十数人を相手にする。
相手側に魔力持ちはいないとは思うが『黄烏』のメンバーなら古遺物の武器くらい所有していてもおかしくない。
私の得意とするのは奇襲による暗殺であり、集団戦は苦手なのだ。
「……手はあるわ」
「ホント! 私は何すればいい」
リソナは右手を差し出してきた。
昨日会った時にはなかった刺青のような紋様が右腕に刻まれていた。それは鼓動するように青白く発光していた。
私はその手を掴む。
「……私の魔力紋を部分的にあなたに移植する」
私の目を見てそう言ったリソナの顔は一生忘れることのないくらい真剣な顔でした。