第3話「不思議なお嬢様」
騎士団襲撃から一週間が経過した。
私は王都の城下町に潜伏している。
情報を集めているうちにわかったことだが、私たちの盗賊団『黒狼』は私とママを除いて壊滅したらしい。
多くの団員が捕縛され監獄に入れられていて、その中にパパや『長老』を含む4幹部の名前もあった。
私とママは賞金首として大々的に捜索がされている。
元々ある程度高かった私の賞金額が2倍以上になっていることから、騎士団はこの機会に本気でうちの盗賊団をつぶそうとしていることがうかがえる。
私は顔が割れていないのでこうして城下町を歩けるが、ママはそんなことはできない。
私は最後の望みであるママを探して城下町を放浪していたのだが、情報は全く集まらずに無駄に時間ばかりが過ぎていった。
「おなかすいた」
くぅーとおなかが鳴る。
私はもう三日は何も口にしていなかったのです。
『長老』からもらったお小遣いはすでに底をついていた。
また普段よりも騎士団の見回りが多くなっており、私一人では財布一つスルことですらリスクをともなってしまいます。
仲間がいれば連携して楽に盗みができるのに。
一人では私は無力でした。
<お嬢は1人じゃ無い。俺が付いてるぜ>
「ご飯食べたいよ、ジャック」
<それはジャックえもんの管轄外だ>
役に立ちそうに無い無能ナイフ。
しかしどうしよう。冒険者登録して遺跡攻略でもして古遺物で一攫千金を狙う?
『魔力持ち』だから冒険者のパーティとしては優遇されるだろうし、パーティ加入に困ることはないだろうけど。
ただ騎士団が私を捕まえるために『魔力持ち』の少女の捜索令を出しているから『魔力持ち』だとばれると騎士団に通報される可能性が高いかぁ。
やっぱり女を売るしかないのかなぁ。
でも低身長でおっぱいも無い幼女体型な私でしょ……需要なんて無いでしょ。
長老は小さいのも需要はある……って豪語してたけど流石に……ね。
自分の胸に手を当ててもそこにあるのは平らな壁だった。
身体を売るのはもう少し育ってからにしようそうしよう……なんか泣けてきた。
とりあえず『アニラちゃん育成計画』のためにも何か食べないと……。
…………。
<なんか不穏な事考えてないか?>
「ジャックって高く売れるかな。喋れる古遺物って珍しいよね」
<ちょいちょいお嬢!? 本気で言ってないよな?>
「…………もちろん、ジョーダンだよ」
(間があった! 俺様は古遺物の探知にも使えるし、鑑定にも使える便利な古遺物だぜ。まさか手放さないよな。……な? というかお嬢以外が俺様を使っても喋れないから、ただのナイフだぜ。絶対売っても二束三文だって)
「……ふふふっ、ジャック必死すぎ」
<お、お嬢、からかわないでくれよ>
ジャックとそんな会話をしながらご飯を探してぶらぶらしていると、美味しそうな良いにおいがしたのでそちらに向かうことにしました。
おいしいにおいの発生源はなんと露天でした。お肉を焼いています。たぶん鶏肉です
においをかいでいるとよだれが止まりません。
露天はお客さんが並んでいてとても混雑しているのでスキだらけです。これなら私一人でも盗めそうです。
魔法『気配遮断』をかけて人陰に隠れるように近づき……タイミングを見計らって手を伸ばしました。
自分でも完璧と思える手際でした。
パシッ
しかし捕まれたのは私の腕のほうでした。
私の腕を掴んだのは騎士団の方。これまずいのでは。
「お譲ちゃんちょっといいかな。今キミは魔法を使って盗みを働こうとしたよね?」
この人、私が盗賊団の例の少女だと確信してますよこれ。
まさか魔法で存在を認知されなくしていたのに、それを見破られて逆に魔法を使っていたことで正体がばれるなんて。
気配遮断は私より魔力量が多い人間には効果が薄い。
この騎士は私よりもずっと魔力量が多いのでしょう。
いや、まだだ。まだ不可知の黒衣のおかげで顔は見られてない。
私は掴まれている手とは逆の手で隠し持っていたジャックを握り……
彼の腕を切りつけました。
魔力を付与して切ったのに傷はかなり浅かった。
貴族出身の騎士……それも高位な家柄。きっと魔力の層でナイフを防いだのです。
しかしそれでも痛みから握力が緩んだスキに私は手を振りほどくと全速力でその場から逃走しました。
私は最近まで逃げ足には自身があったのです。
『雷醒』には負けましたが、そこらのモブに負けるほど遅いわけない。たぶん。
騎士団から長い時間逃げ隠れする。
日が沈み、あたりに夜の帳が落ちる。
しつこく何度も騎士団の方に追い掛け回されてます。
あの騎士さんが報告したのか多くの騎士団の方が私を捜索していて表通りをまともに歩けません。
黒いローブを着た少女なんてあまりいない。
私の場合顔バレはしていないのだから、騎士団はこのローブを目印に探しているのかもしれない。
もうローブは脱ぎ捨てるべきなのでしょうか。
んー、でもパパから貰ったものだから手放したくないなぁ。
あぁ〜パパ。生きてるかなぁ。生きてて欲しいな。
監獄ってどこなんだろう。そこらの監獄に五大盗賊団の団長を置いていくわけないから三大監獄のどこかでしょうか。
海も砂漠も迷宮もどこも嫌だなぁ。
私は裏路地を通り抜け城下町の郊外を目指す。
これ以上城下町に居続けるといつかは捕まってしまう。
そうなる前にひとまず近くの小さな町のほうに逃げよう。
あぁ、結局何も食べれていないからフラフラしてきたよ……。
「居たぞ!」
また見つかってしまいました。
とりあえず全力で走り距離を離します。
裏路地を抜けると大きなお屋敷が目に入りました。
周りの建物よりもずっと大きいその家は大層有名な貴族様の家なのでしょう。
ひとまずこのお屋敷の庭に身を潜めましょう。いい感じの木もありますし。
とりあえずローブに関してはジャックに収納してもらった。
あまりレアリティの高いローブではないけど古遺物であることが役に立った。
このポンコツナイフは古遺物しか収納できないからね。
……少し休憩しようかな。
ちょっと疲れたよ。
■■■■■■
失敗した。
いつの間にか眠ってしまっていて、気づいたときにはあたりが真っ暗になっていた。
ジャックも起こしてくれればいいのに。
<気持ちよさそうに寝ているから、起こすのも忍びないなって思ってな>
そろそろここから離れても大丈夫そう……かな。
意を決した私は身を隠していた木から飛び降りました。
「…………何を、しているの?」
なんということでしょう。
金髪のお嬢様に見つかってしまいました。
目がばっちりあっちゃってます。
彼女も急に現れた私に驚いたのか眼をまん丸にしている。
複雑な意匠をしている衣服がとても高級そうな感じなのでこのお屋敷の貴族様でしょうか。
金糸のような細くてキラキラした髪を腰まで伸ばし、上下を真っ白な衣服で身を包んでとても気品を感じます。
あとおっぱいが地味に大きいです。
背は私よりちょびっと大きいだけなのに。なにこの格差社会。貧富の差ですか! ご飯の差ですか!
さて、落ち着こう。
まず今の私の恰好は、少し汚れた薄着。
黒のローブを脱いでおいで良かった。あれを着たままだと不審者だ。
この格好ならただのスラムに住んでる少女だ。
<目の前のお嬢様からしたらどっちにしても不審者だと思うぞ>
ポンコツナイフの戯言は無視する。目の前のお嬢様をだます。
今の私はスラム出身の迷い子だ。
「あぁ~、ごめんなさい。迷子になっちゃって。すぐどこか行き……」
ぐぅ……
空気を読まない私のお腹が空腹を訴えました。
恥ずかしい。……いや、結果オーライとしておこう。
これならどう見てもおなかをすかせた少女にしか見えないはずだ。
「……お腹、すいてるの? 何か食べる?」
「えっ……本気? 頭おかしいの?」
しまった。つい本音が漏れでた
というか何この人。自分で言うのもなんだけど今の私は明らかに不審者ですよ。こんな小汚い私にごちそうしてくれるなんて神ですか。天使ですか。
金髪のお嬢様から後光がさしてます。
「……いらないの?」
「いただきます」
「……いいよ、ついてきて」
私はお嬢様に手を引かれてお屋敷へ向かった。
お嬢様の手細い! すべすべ! 真っ白!
私の日焼けした褐色の肌と並べるとその白さが際立ちます。
お屋敷の食堂に案内された私に用意された料理はハムエッグでした。
お肉! 卵!
タンパク質最高!!
かき込むように完食した私に「……おかわりいる?」とお嬢様が聞いてきたので「はい!」と答えたら……
「あの~、お嬢様? さっきの50倍くらい量があるのですが」
「……食べて?」
「一人じゃ無理っ!!」
「……大丈夫、毒は入ってない」
「うんうん大丈夫。……って、そうじゃなくて、量! あきらかに多い!」
「……わがまま。食べなさい」
「えぇ~~」
私の目の前には机を埋め尽くすほどのハムエッグがあります。
およそ50人前でしょうか。到底食べきれる量ではありません。
「……成長期、いっぱい食べないと育たない、いろいろと」
「あっ、今私の胸見ていいませんでしたか!?」
「……気のせい」
確かに『アニラちゃん育成計画』のためにもいっぱい食べるべきでしょう。
でもこれは多すぎです。
「……しょうがない、わたしも一緒に食べる」
「二人でも無理じゃないですかこれ」
50人前ですよ。一人当たり25人前。
使用人の方にも手伝っていただいたほうが……
完食しました。
このお嬢様一人で45人前くらい食べましたよ。
この身体のどこにそんなに入るのですか!
「……少食?」
「あなたが大食いなだけでしょ!」
「……このくらいおやつ」
この量をおやつと言ってしまうお嬢様はいつも何を食べているのでしょうか。
そして食べたものは一体どこへ消えたのでしょうか。やっぱり胸⁉️
「……名前聞いてなかった。……教えて」
「あっ、えぇと、アニラ……です」
「……そう」
それだけ言うとお嬢様は食後のコーヒーを堪能しました。
えっ、自己紹介するの私だけ?
「あの、お嬢様も名前教えてくれませんか?」
「……なんだと思う?」
「えっ、いやわかるわけない」
「……リソナ」
「へー、リソナ様ですか」
リソナ……とても珍しく耳に残りやすい名前ですね。貴族様らしい高貴な感じがします。
……それだけじゃなくどこか懐かしさを覚える。
何か思い出せそうで思い出せない。うーん、まあいいか。
「……敬称はいらない。親しい人はリソナって呼ぶ。わたしもアニラって呼ぶから」
「そんな、恐れ多いですよリソナ様」
「……リソナ」
「…………」
「……リソナ」
「わかりました、リソナ」
お嬢様はかなり頑固みたいです。
うぅ、このコーヒー苦い。
食後に少しお嬢様と世間話をしていたら、メイドの方がやってきました。
どうやら明日お嬢様は朝早く出かける用事があるようで今日は早く床につかなくてはいけないらしいのです。
と言うことでお邪魔虫な私はお嬢様にお礼を言ってお屋敷から立ち去ることにしました。
「リソナ、ごちそうさまでした」
「……またいつでもきていい。……お腹いっぱい食べさせてあげる」
「ホントですか!? ……いえ遠慮しておきます。リソナに迷惑はかけれませんから」
「……別に迷惑じゃない。もしお返しがしたいなら……そうね、わたしの趣味に、付き合ってくれると嬉しいかも」
うぅ、このお嬢様ホント優しいのです。聖人女神でしょうか。もしくは暴食神でしょうか。7つの大罪ですね。たぶん趣味も食べる事ですよきっと。
「リソナ、今日はありがとうございました。またいつか」
そう言って私は屋敷の庭から塀を飛び越えて闇夜に紛れました。
流石に正門から出る勇気は無かったです。
■■■■■■
「お嬢様、先ほどの少女は……」
「……たぶん例の盗賊団の子」
「やはりそうでしたか。騎士団の方に連絡した方がよろしいですか?」
「……いや、いい」
リソナは闇夜に浮かぶ月を見上げる。
右手に残るアニラの手の感触。
それを確かめるかのように何度も手のひらを開いたり閉じたりする。
「……また来てくれないかな――今度は遊んであげるのに」
その言葉は後ろに侍るメイドにも聞こえないほどの小さな声だった。