第1話「盗賊少女」
挿絵が最後にあります。
月明りすら差し込まない森の中を商人が積み荷を乗せた馬車を走らせる。
商人の顔にあるのは焦り、そして恐怖。
こんなはずではなかった。
商人の頭の中には後悔が渦巻いていた。
近道である森道を通らずに素直に遠回りして町に向かえばよかった。
そんな後悔が彼の頭を渦巻いていたのだ。
「そんなに急いでどこいくの、おじさん」
――小さな少女がいた。
闇夜に溶け込みそうなほど真っ黒なコートをまとい、フードを深くかぶった少女。
顔は見えないが、その子供っぽい体躯と声質から少女であることは間違いないだろう。
そんな少女が自分のすぐ横に急に現れた。
全速力で駆けている馬車の上に……だ。
「ひぃいいい!!」
「にひひ、そんなに怖がらなくてもいいじゃん」
おびえる商人に対し、少女はけらけらと笑いかける。
状況を考えれば、ただ少女が横にいるだけだ……その少女が黒塗りのナイフを握っていなければだが。
「お前ら盗賊だろ!! 積み荷は全部やるから見逃してくれ」
商人は命乞いをする。
この国で用心棒もなしに盗賊に襲われることは、すなわち死を意味する。
実はこの商人も用心棒は雇っていたのだ。
雇っていたのだが、十数分前に全員殺されてしまったのだ――目の前の少女に。
「積み荷は欲しいけど……どうせおじさん殺しても手に入るから見逃す意味ないよね」
「ま、まて……」
「うん、待たない」
一瞬だった。
少女がナイフを振るった瞬間、商人の胴体から首が吹き飛んだ。
操者を失った馬車が荒れ始めるが、それも一瞬の間。少女は手綱を握り軽々と馬車を操りゆっくりと停止させた。
「さすがです、お嬢。まさか本当に一人で用心棒付きの商車を落とすなんて」
暗闇から初老の男が出てきた。
少女と同じく真っ黒なローブをまとっている。
「こんなの朝飯前だよ。……いや、今だと宴前かな」
「ふふふっ、お嬢はジョークもお上手で」
「なんとなくバカにしてない?」
「まさかまさか。それよりも早く積み荷を回収して撤収しましょう。夜とはいえ騎士団が来るかもしれません。お前ら、お嬢の手をこれ以上煩わせるな」
初老の男がそういうと同時に、数多くの影が現れた。
老若男女。それこそ少女よりも小さな子から、齢80を超えそうな老人までだ。
共通項はみな真っ黒なローブを身にまとっていること。
そして体のどこかに黒い狼の入れ墨が入っていること。
「積み荷を回収して、死体を隠したら隠れ家に帰還する。リーダーもお待ちだ」
彼らは盗賊団。
その名は「黒狼」。
この国で最も恐れられている五大盗賊団の一つである。
■■■■■■
私はアニラ。
盗賊の子として生まれ盗賊として育てられ盗賊として生きてきました。
そんな私はパパとママがリーダーをしている盗賊団のみんなと、これまで仲良く窃盗や強盗などの犯罪行為に手をつけてきました。
世間では盗賊は悪者です。まぁ、返す言葉もないですね。人の物も命も簡単に奪ってしまう存在ですからね。国からしたら害以外の何物でもないでしょう。
ただ私にはこの生き方しかない。……いや、知らないというのが正しい……か。
私の盗賊団は大きくはないけど、この国でも指折りの有名度を誇る少数精鋭の盗賊団です。その中でも私とママは平民では数少ない『魔力持ち』。貴族ほどすごい魔法は使えないけど、それでも魔法を行使することで盗賊団に多大な貢献をしてきたの。まだ12歳の私でも魔法さえ使えれば立派にみんなの役に立てる、みんなが喜んでくれる。それが私は嬉しかった。
だから私の将来の夢はみんなとずっとこの盗賊団を続けていくこと。
パパやママの後を継いで今よりずっと大きな盗賊団にして見せるんだから。期待しててよね。
「パパ、ただいまー」
隠れ家に帰り着いた私は一目散にパパに抱き着いた。
「お帰りアニラ。今日は大漁だったそうじゃないか」
「しかも私だけで商車を落としたからね。ほめてほめて」
「すごいぞー。流石はママの子だ」
「そこは流石は俺の子じゃないの?」
「いやいや、アニラはママ似。パパは魔力持っていないし」
パパはこの盗賊団のリーダーだ。
魔力こそ持っていないがその実力は誰も疑問にしていない。
うちの盗賊団の最高戦力は魔力持ちであるママなのは間違いないけど、それに魔力を使わずに並び立てるのがパパなのだ。
「よし、今日は宴だ。野郎ども、飯と酒を準備しろぉおお!!」
リーダーであるパパの号令に反応し
うぉおおおおおお、と大きな声が響き渡る。
みんな宴大好きだからね。
十数分と経たないうちに宴が始まった。
この盗賊団は全員でも100人に満たない程度の規模だが、その全員が一堂に会すとそれはそれは賑やかになる。
……訂正、全員ではない。今ここに副リーダーのママはいない。
ちょっと前から用事で王都のほうに出かけているのだ。ママのことだからそのうちふらっと帰ってくるだろうから心配はない。
ちょっち寂しいけどね。
「お嬢も飲みましょう」
「飲みましょー」
お気楽二人組のゴンゾーとドリーが酒がなみなみ入ったコップを持ってきた。
私用の甘い果実酒だ。アルコール度数は低いジュースのようなもので私のお気に入り。
受け取った酒に口をつける。さわやかな香りが口に広がる。
「そういえばお嬢。積み荷の話聞きましたかい?」
「ん、聞いてないよ。回収作業もみんなに任せっきりだったし」
「実はあまり見慣れない古遺物があったらしいんですよ」
「へぇ、いい金になるといいね」
古遺物。
かつて存在したといわれる古代文明が作っていた遺品。
今の技術では作成するどころか、どういう仕組みで動いているのかすらわからない道具だ。
例えば、雷を発生させることのできる剣。
例えば、水を無限に生み出す瓶。
そのすべてが魔力を使用せずに、まるで魔法のような……一部では魔法を超えるような性能を発揮する。
飾りにしかならないような古遺物もあるが、そんなものでもある程度は値段の付く価格で取引されている。
ましてや珍しいものとなればその値段は家一軒どころの騒ぎではない。
「今回はお嬢が全部取ってきた獲物だから、お嬢がその処遇決めていいらしいっすよ。リーダーと幹部がそこで酒飲みながらそう言ってました」
「そういう大事なことはちゃんと話し合って決めてほしいよ……。まったくもうパパはしょうがない」
もし本当に価値が高い古遺物だったらうちの盗賊団の今後を変えてしまうかもしれないのに。
多大な金が手に入ればそれだけ日々の生活の改善や、戦力の増強。
それにもしその古遺物が強力な武器系だった場合、ほかの五大盗賊団や騎士団に対する大きな牽制になる。
どちらにしてもそんな簡単に決めていいものじゃない。
「……宴で適当に私に任せたってことは本当にどうでもいい古遺物なのかもね。珍しいだけで大して価値のない……それこそ『切り裂き魔刃』みたいに」
<お嬢、聞こえてるぜ。俺様の悪口とはお嬢も偉くなったものだな>
私の頭に生意気な声が響く。
声の主は切り裂き魔刃。
私が常に腰に身に着けている黒塗りのナイフの形をした古遺物だ。
世にも珍しい喋るナイフだ。
「だって本当の事じゃん。私以外とは喋れないから誰も信じてくれないし」
<それはお嬢が特別って何回も言ったろ。俺様もまさか俺様と喋れる人間がいるとは思ってもいなかったぜ。まさに驚天動地、人生塞翁が馬ってな>
「さいおうが何だって?」
たまにジャックはよくわからないことをいう。
役に立つ能力があるから仕方がなく使っているけど、喋るだけのうるさいナイフなんて誰が好き好んで使うんだか……。
私がジャックと会話していると、ゴンゾーが。
「お嬢、独り言のところ申し訳ないんすけど……」
「独り言じゃないから! 本当にこのナイフ野郎が喋ってんの」
「知ってます知ってます。たしかお嬢のエア友達のジャックン」
「エア友達じゃないから。あとジャック」
「まぁどうでもいいじゃないっすか。それよりも幹部席から呼ばれてますよ」
「うぅ……どうでもよくないんだけど……」
ゴンゾーと説得を諦めてパパたちのところへ向かう。
ナイフが喋るってそんな信じられないかな……。
幹部席に向かうと、四人の幹部とパパがいた。
「ガハハハッお嬢、お疲れ様です」
一番に私にあいさつをしてきたのは幹部の一人『黒狸』のローガン。
酒豪で今も顔を真っ赤にしながら両手に酒瓶を抱えている。
その横では二人目の幹部の『黒狐』がペコリと頭だけ下げた。
『黒鹿』に関しては、ぐーすかと横になっていた。
このグダグダ感がうちの盗賊団らしい。三バカんぶだ。
幹部最後の一人の『長老』はパパと談笑している。
うちの盗賊団で唯一の良心で、腰まで伸びる白髪をまとめたいつもニコニコしているおじいちゃんだ。
「パパ、古遺物ならパパたちで決めて。私にはまだ荷が重いよ」
「おっ、もう話聞いたのか。まぁ、安心しろ。この古遺物だが……俺たちもさっぱり何の古遺物なのかわからないんだ」
「逆にそんなもの押し付けようとしてたの?」
「アニラにはそのナイフがあるだろう? そいつを使ってこれを『鑑定』して欲しい」
「あぁ、なるほどね」
パパからチェーンの付いたペンダントのようなものを受け取る。
たしかに、刻まれた複雑な刻印やペンダントから漂う気配からして古遺物なのは間違いないだろう。
類似種は思いつくが、同一種の古遺物は見たことがない。
数多くある汎用品ではなく、世界に一つしかない唯一品の可能性が高い。
さてさて、ここで役に立つのがジャックの数少ないスキル。
それがこの鑑定スキル。
古遺物に関してだけ、その名前と性能、あとどのくらいのレア度かってことを調べてくれる。
古遺物じゃなかったら毒草と薬草の違いすら分からないダメナイフだけど。
<お嬢、一応俺様は心も読めるってこと忘れてないよな>
「忘れてないよ、ワザとだからね」
<意外にドS!?>
「影口が嫌いなだけ。それより早く鑑定してよ。それくらいしか役に立たないんだから」
やれやれ、ナイフ使いが荒いご主人だぜとぼやきながらジャックが鑑定を始める。
そしてその鑑定情報がジャックから共感覚として私の視界に映し出される。
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天蓋織りなす時計界
レアリティ:???
能力:■■■■■■■■■■■■■。
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名前しかわからない……。
しかも能力説明欄に関しては、黒く塗りつぶされている。
どういうことジャック。
<わからねぇが、たぶん俺様の鑑定スキルより強い妨害が働いているんじゃねぇかな>
役立たず……。
しかしどうしたものか。
正直に話してもいいけど……。
「うん、これはガラクタだね。ただ珍しい刻印がされているペンダントらしいよ。特別な能力はないみたい」
「そうか。残念だな。じゃあそれアニラにやるよ、パパからのプレゼント」
「ただ荷物になるから在庫処分したいだけだよね」
「はは、バレたか」
「まぁ、もらっておくけどね」
変に騒ぎ立てるよりも、秘密にしておいたほうが騒ぎにならずに済む。
この古遺物に関しては私のほうで正体を探ることにしよう。
時間をかけたらこのポンコツナイフでも鑑定できるかもしれないしね。
「で、パパ。用事はこれだけー?」
「あぁ、宴の続き楽しんでおいで」
パパと別れて、宴の席に戻る。
自分の席の周りには、私からの報告を期待して団員が集まってきた。
その中から代表していつも腹ペコのジンクが話しかけてくる。
「お嬢、どうでした。やっぱりすごい古遺物っすか? おなか一杯ご飯が食べれるっすか?」
「ジークはいつもご飯のことばかりね。私の分のソーセージ食べる?」
「いただくっす」
ジンクに餌付けしながら、先ほどの古遺物をポケットからだして話す。
もちろんガラクタであるとウソをついて。
「もぐもぐ……でもきれいだから高く売れるかもしれないっすね。もぐもぐ……ワイはお肉が食べたいっす」
「今食べてるのもお肉でしょ……」
そんなこんなで宴は夜遅くまで続いた。
みなが酒に酔い、ひとりまたひとりと酔いつぶれ自然とお開きになった。
私はは生まれつき酒に絶対に酔わない体質なので、酔いつぶれた団員に布団を雑にかぶせまわり、自分の部屋のベットで寝ることにした。
これが、団員たちとの最後の思い出になるとも知らずに私は夢の世界へと……。
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名前 :アニラ
歳 :12歳
性別 :女
職業 :盗賊
特技 :暗殺、盗み、初級魔法
見た目:黒髪の短髪。褐色の肌(日焼け)
好物 :果実酒
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