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幼少期の思い出

―――あいびき。

合い挽き。

ハンバーグ、デミグラス、キノコおろし…。

現実逃避はやめよう。

逢い引き、つまりデートだ。

隣の義兄…じゃなくて、ジークハルトと。

…で、デートって何するんだっけ…!?

いや、私も前世学生の頃に何度かあったイベントのよーな気はするんだけど、ちょっと久し振りって言うかあらたまって行くとなると何して良いのかよくわからないと言うか。

この世界映画もカラオケもゲーセンもプリクラもクレープもイオンすらも無いし!

えっえっ何すればいいのこわい。


「ローゼ?」

「っはい!

何かしら義兄様!?」


うわあ声が裏返った。

しかしこの男顔に負けず劣らず声が良い。

十八とは思えない…。


「もう義兄様ではないな。

まだ慣れないか?」

「あっ、ごめんなさい…ジーク、ハルト」


苦笑した顔もやはり良い。

ついでに体格も品も良い。

何だこれ、こんな十八才が居てたまるか!

十八って大学一年でしょ!?

新入生…って、あれ、私二十歳ではない…なぜか今まで二十歳のような気がしていたけど、えっちょっと待て。

二十歳から、六年経って、にじゅうろくさい……。

―――とても冷静になった。

流石に十八才とデートしてあわあわ言ってる二十六才はうわキツと言わざるを得ない。

うわあ。


「それにしても伯母様ったら、いきなり逢い引きに行けだなんて。

ジークハルトも忙しかったでしょう?」

「殺人的に忙しかった。

だから息抜きにちょうど良いさ」


ぐっ…鎮まりたまえー!

ちょっといたずらっぽく笑った顔が少年の日を思い出させて私の中の少女が荒ぶっておる。

わ、私は正太郎にコンプレックスはない…!

あー、あー、だから嫌だったんだこの人に会うのは…。

問答無用でお腹の底から込み上げてきて、胸にグサグサ突き刺さるこの感覚。

三年ぶりだわー。


「今日はどこに行くの?

お弁当が用意してあるみたいけど」

「ああ、久しぶりに湖に行こうと思って。

今ならまだ紫陽花が見頃だ」

「紫陽花…確か東の国から持ち帰られた花だったかしら?」

「あの辺りの土が合うらしくてね。

紫の毬のような、きれいな花だよ」


宮城の裏手は明るい森が広がっていて、子供の頃はよく従兄弟達と湖畔で走り回った。

その時は馬車だったけれど、横乗りの馬でもすぐ行ける距離だ。

…ちょっと待って。

何で馬が一頭しか引かれてこないのかな?

そして二人乗りの鞍ってどういう嫌がらせかな?


「お手をどうぞ、お姫様」


お姫様、じゃねええええ!

……お姫様だったわ!


「私もたまには自分で馬を走らせたいわ。

すっかりそのつもりになってたのに」

「そう?

でももう用意させてしまったから、次の楽しみにしよう」


ひぇっ…譲らないぞこいつ。

にこやかに差し出した手を引く気が一切感じられない。


「そ、そうね…そうしましょうか…」


諦めて手を借り前に乗る。

後にジークハルトも乗り込むと近い近い近いぎゃああああ。

私がこんな責め苦を負うような何をしたって言うんだ!

本当に、真面目な話、これは完全に精神攻撃だ。

自分の意思とは全くこれっぽっちも関係のないところで、熱い熱い恋心が沸き上がってくるなんてのは―――。



ジークハルトは私の初恋の相手だ。

ただし以前の私、前世の記憶を取り戻す前の、十二才までのローゼリアの初恋の話。

私達は同い年の従兄妹で、幼馴染で、ほとんど婚約者だった。

正式な婚約はまだだったけれど、貴族同士のパワーバランスの問題で皇太子妃を皇族から出す方が望ましかったのだ。

母は私が五才の時に病気で亡くなって、政略として以上に母を大事にしていた父は、端的に言うと仕事に逃避した。

大公宮は皇帝一家の暮らす本宮とは少しだけ離れていたけれど、日中の私はずっとジークハルトにべったりだった。

礼儀正しい使用人達は家族でも友人でもなかったし、伯母様の膝は小さな弟妹で埋まっていたから。

婚約の内定した子供たちがどんなにくっついていても誰も咎めなかったし、十才を過ぎたらそのまま並んで勉強をした。

ジークハルトは乗馬と歴史が好きで、私はダンスが一番好きだった。

ジークハルトの手をとって向かい合っていられたから。

昔の私がクソ重ヤンデレストーカーロリだったとか言う話ではない。

単に自分の一番身近に居る、自分を一番に優先してくれる男の子のことが一番好き、という至って普通の微笑ましい恋愛感情だ。

大人になったらジークの隣できらきらのドレスを着て、国中に祝福された世界一きれいなお嫁さんになるんだと、何の疑いもなく信じていた。


私は子供にしてはかなり勉強熱心で、紛争の経緯やルフランの文化制度についてもちゃんと知識があったけれど、知識があることとちゃんと理解すること、心情的に受け入れられることはそれぞれ違う。

城生まれ城育ちの大公姫の世界は狭く、自分と父と伯父一家、何人かの顔見知りのご令嬢、身分と教養ある使用人、それぐらいのものだ。

文化の多様性を尊重しましょう、なんて教師の言葉に実感の抱きようがない。

当時の私は帝国人らしい貞淑さと少女らしい潔癖さでこう思っていた。


ルフラン人ってなんて不潔で気持ちが悪いんでしょう!

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