結局私もあなたも節穴
「っは―――――――…」
天蓋付きのベッドに倒れ込んで深々と息を吐く。
寮の自分の部屋に帰ってきた。
王族向けの貴賓室というやつで離宮並みの豪華特別仕様コテージだ。
ちなみに私がアリア嬢を突き落としたとかいう特別棟はまた別で、校舎脇に鎮座した生徒会室&生徒会専用サロン室を指す。
まあ当然アリア嬢が立ち入るべき場所じゃないけど今さらだ。
「心中お察しいたします、姫様」
侍女のサラが髪をほどきながら労ってくれる。
あー…ドレス脱がなきゃー…。
よっこいせ。
「帰国の支度は万事整いました。
荷物は全て積み終わり、市中に散っていた者達も集結済み。
待避ルートの連絡員からは異常なしとの報告が揃っております。
今夜中にでも出発可能ですがいかがなされますか?」
「んー…、まあ明朝で良いでしょう。
そこまでの危険は無いわ」
いつ破棄されても不思議ではなかった婚約だ、逃走計画ぐらいは練っていた。
帝国に居るリリー姫と人質交換になるとは思うが念のためだ。
まあもっとも、想定してたのは貴族の暴走的な事態であって今夜の色ボケ事件を予想できてた訳じゃない。
いやできないでしょ…。
そりゃシャルルがアリア嬢にコロッといったのは見てりゃわかるけどね、普通側妃にすると思うやん?
テンプレ乙女ゲーなら婚約破棄もむしろ当然かもしれないが、この国の恋愛・結婚観からすれば私が正妃で愛しのアリア嬢が側妃。
それで何の問題もないはずだった。
シャルルが何やら拗らせてなければね!
「しかし王太子殿下が斯様に浅慮とは…にわかに信じ難いことです」
「そうね。
堅実で優秀、篤実で常識的というのがシャルル殿下のこれまでの評価だった。
女性関係に潔癖すぎるのは帝国と私に配慮しての事かと思ってたんだけどね…」
シャルルは婚約が決まってから今まで、側妃は要らない、君を一生大切にすると言い続けてきた。
実際学園でも浮いた噂ひとつ無く、側妃希望者達を冷たくすげなく切り捨てていた。
三年次になる頃にはかなり根性のある子でもとっくに諦めていて、それでシャルルの回りにアリア嬢以外の令嬢がいなかったのだ。
なお私に粉をかけてくる愛人希望者もそれなりにいたが、「子供を生んだ後でご縁があったら是非よろしくね!」位の気長なお誘いだった。ゆるい。
さておきシャルルは十分に優秀で常識的だ。
つまり、私に冤罪を着せてオリヴェル殿下に婚約を切り替えよう、なんて計画とも呼べない杜撰な計画が上手く行くなんて本気で考えていたはずがない。
ほぼ間違いなく破綻するとわかっていて、その結果高確率で戦争が再開すると容易に判断できて。
それでも押しきらずにはいられないほど、アリア嬢の事が好きだったのかな。
側妃ってものが、嫌だったのかな。
あの場では否定したけれど、王妃様は実際側妃の事を憎んでいるのかもしれない。
あるいは側室制度そのものを。
王妃様は嫁ぐまでも嫁いでからも苦労を重ねてきた人で、実家の跡取り問題で散々辛い思いをして、結婚後もほとんどその焼き直しみたいな目に遭わされた。
他国の皇女に面と向かってそんな話をする人は居なかったし、王妃様も十代の息子の嫁に弱味をさらして慰めを期待するようなタイプじゃない。
進んで情報収集していなければ、たぶん私は王妃様の事情を知らなかっただろう。
シャルルは知ってたんだろうか。
全部知ってて、それで側妃の事を憎んで。
その結果側妃の息子を王妃様の養子にして、自分は跡取りやめますなんて言ったんだとしたら、それはそれで座りの悪い話だな…。
まあそんな未来は来ないけどな!
オリヴェル殿下は女好きだけどボケてはない、仕事のできる外交官だし!
マルグリット妃の実家のサヴォア家が殿下の後見で、夫婦仲も(ビジネスパートナー的な意味で)良好だし。
格下げだの婚約組み換えだのしようと思ったら最低でもサヴォア家と帝国に謝罪と多額の賠償が必要で、それでもなお王家への心証はダダ下がりだ。
そして王妃様もぶちギレ。
そもそも妃の降格人事なんて規定も前例もないから法改定から始めなきゃいけない。
そんなデメリットだらけの真似をして、メリットはシャルルが一人喜ぶだけ。
あの感じだと多分アリア嬢も全然喜ばないっていうね。
寝巻きに着替えて化粧も落として、サラにお休みを言ってまた少し一人で考える。
アリア嬢本人はわかりやすい。
平民育ちのせいか転生者なのか、色々と勘違いは多いけどどうみても地位目当てだ。
オリヴェル殿下にも気がある素振りだったから、王太子の正妃になって将来的に愛人に、とでも狙ってるんだろう。
さっぱりわからないのはシャルルの方だ。
あんなに見えっ見えの媚にコロッと引っ掛かるくらいなら初年度に側室内定者が山と出ていたのでは?
何だっけか、かわいくて素直で、頑張り屋で芯が強いだっけ?
何だその誰にでも使えそうな誉め言葉!
私だって美少女で頑張っててメンタル強いぞ!
どうせ惚れるなら私に惚れろよ!
…そりゃ、素直ではないかもしれないけど。
そのうち素直になる気はあったもん。
初対面のシャルルは十二才のお人形みたいな美少年で、精神年齢二十歳の私の恋愛対象にはならなかった。
それから三年間文通する内に、年の割りに堅っ苦しくて、ルフラン人の癖にくそ真面目で、オルトナッハの風習にあわせてくれるくらい律儀なことはわかった。
ルフランで再会した時にはまだ年相応に華奢でちょっと頼りなくて、でも随分背が伸びて声はかすれてた。
顔を合わせて話すシャルルはやっぱりくそ真面目で、文面より少しだけ人当たりが良くて、その分だけ少し他人行儀な気がした。
それから一年、二年と一緒にいて、くそ真面目で今一他人行儀なのは変わらなかったけど、律儀な口癖も変わらなかったから。
政略でも、配慮でも、忖度でも良いかなって。
いつかこの人に、恋をしても、
「良いんじゃないかって、思ったんだけどなあ…」