公人ならお仕事優先してくださいよ
「昨年まで平民だったアリア嬢には馴染みのないことかもしれませんが、王族や高位貴族は一夫多妻が一般的です。
正室は同格の高位貴族から、側室は数段爵位の落ちる下級貴族から一、二名選ばれる方が殆どですが、稀にびっくりするほど大勢奥方をお持ちの方もいらっしゃいますわね。」
ルフラン王国の王侯貴族はといった方が正確かな。
この世界の人々はおおむねギリシャ神話的な多神教の信者だけれど、どの神様を主に信仰しているかは国により異なる。
この国の、特に貴族の推しは愛と豊穣の神だ。
愛と豊穣の神は人間とも神々とも浮き名を流しまくり、男になったり女になったりする節操のない神様である。
美少年を誘惑したり人妻を誘拐したり、魔女に夜這いをかけて呪われたりとアレなエピソードに事欠かない。
こんな信仰からこういう制度になったのか、そういう国民性だからそんな神様が持て囃されたのかは知らん。
地球でも結婚制度や相続制度は宗教や文化により様々で、別に一夫多妻が良いとか悪いとか論ずる気はないが、恋愛観の方には何だかなー、と私は思ってる。
「そして正室との結婚、子作りはあくまで義務であり、恋愛はその後に側室とするものですわ。
ですから側妃候補である男爵令嬢の貴女を、殿下の正妃となる私が排除する意味はありませんのよ。
立場が違うのですから」
ちなみに正室は跡継ぎを生んだ後で愛人作ってよろしくやるらしい。
それは特に浮気扱いにはならず、既婚女性の嗜みなんだってさ。
何だかなー。
「アリアを側妃にするなんて、そんな不誠実な真似はしない!
僕が愛するのも妻とするのも彼女だけだ。
アリアを正妃とし、側妃なんて汚らわしいものは一切設けないつもりだ」
「シャルル…!
嬉しい…!」
「アリア…!
僕のただ一人の妃に、なってくれるかい?」
「シャルル…!
なる、なるわ!
私、ずっと貴方の隣にいるわ…!」
ひしっと抱き合うおつむの幸せな恋人同士。
二人の世界からちょっと現実に戻ってきて欲しい。
「シャルル殿下、側妃や側室は国法に認められた正式な伴侶です。
この学園の生徒も多くはお母様が側室であったり、今後側室として嫁いだりするのですよ。
それを不誠実だの汚らわしいだのと…王太子の口にするべきこととは思えません」
「だが正妃である母上はあの側妃を忌み嫌っておられるだろう!
それに愛人の一人もお持ちではない!
君だって…!
一夫一妻のオルトナッハから来たのだ、側室など忌ま忌ましいと思っているのだろう!?」
そう、私の母国オルトナッハ帝国は厳格な一夫一妻制だ。
男女を問わず浮気は滅茶苦茶後ろ指差されるし、離婚も再婚も不可。
妻に子供ができなかったときの家督継承等もきっちり明文法で定まっている。
ちなみに推しは秩序と契約の神。
「この婚約が整って何年たったと思っているのですか。
そも王族は他国の王家に嫁ぐもの。
嫁した先の制度に馴染めぬような育ち方はしておりません。
それに誤解があるようですが―――」
「嘘!
嘘よ!
だってローゼリアさまは、シャルルのことが好きだから無理やり婚約者になったんでしょう!?
本当は公爵令嬢なのに偽物の王女になって!
だから嫉妬してるんです!
シャルルに愛されてる私に!」
どこ情報よ。
「―――、色々と誤解があるようですので順に訂正させていただきましょう。
まず王妃様はエメリア妃の振る舞いに苦言を呈されているのであって、側妃と言う存在を嫌っておられるわけではありません。
愛人を持たれないのも公務でお忙しいのと、お体が弱くていらっしゃるからですわ。」
体調の良い時に仕事を片付けて子供との時間をとったら恋愛している暇など残らない、と以前話していた。
あと社交嫌い。
あとほんとエメリア妃はヤバイから…。
「そして私は公爵令嬢ではありません。
公爵は臣下の最高位ですが、私の父は大公。
オルトナッハでは亡くなった女帝の夫君か、継承権を持ったままの皇弟に与えられる称号です。
私の生来の身分は大公姫、れっきとした皇族ですわ。」
まあ他国の、それも平民育ちの男爵令嬢なので誤解しててもさほどおかしくはない。
しかし偽物の王女って酷い表現だな。
「そしてこの婚約は両国の和平の証として整えられたもの。
八十年の長きにわたり断続的に続いた紛争を不可逆的に終わらせるため、王家・皇家の姫が互いの世継ぎの妃となるのです。
我がオルトナッハからは私が、ルフランからは殿下の異母妹リリー殿下が。
私は伯父である皇帝陛下の養女、リリー殿下は王妃様の養女となり、正式な皇女、王女として嫁ぐ。
そこに私の愛や恋や、まして有りもしない嫉妬などが挟まる余地はございませんの」
そう、これは純然たる政略結婚だ。
きっちりかっちり契約締結済みの、社運ならぬ国運をかけた一大プロジェクトなのだ。
「殿下はその私にあらぬ罪を着せ、婚約を破棄してそこの男爵令嬢と結婚しようとおっしゃる。
両国の平和と繁栄よりもご自身の真実の愛とやらを優先させるおつもりですの?」