奇跡
「んー、教えてもらって来てみたはいいけど、こんなにあったら迷っちまうなぁ……」
周りは見渡す限りの屋台列で、売り物のジャンルはちゃんと区別されてるけど、ここまで多いとむしろ選択肢の数が邪魔に思えるな。
後始末の場に揃ってたトリィとロレットさんに、みんなに渡す感謝のプレゼントを買える場所についてこっそり相談したら、教えてもらったのがこの屋台広場だ。
少し金に余裕はあっても無駄遣い出来ないからって条件出したら、店舗構えてる商会より品揃えと値段の幅が手広い屋台広場がいいって聞いた時は、広場での屋台の集まりって言ってもせいぜい、オレが知ってるフリーマーケットくらいの規模だろって考えてたんだけど、来て見たら想像以上にだだっ広くてちょっと困ってるんだよ。
「まぁ、無いよりマシだけど有りすぎで困るなんて、贅沢な悩みか」
こうなったら仕方ねぇ、ざっくりジャンル別でプレゼントに向き不向きを考えてから、ミッションスタートだ。
傷みやすい食い物はダメ、植物とか花は全員の好みを知らないからダメ、服も好みがあるしここには古着しか無いらしいからダメ、実用品の小物は贈る相手次第で選ぶ余地あり、武器とか防具は本人が居なきゃ合わせられないからダメ、と。
「へぇ、 装身具 と酒か……」
そういやみんな、食前酒は軽く口にするくらいで飲んべえレベルっていなかったし、ハウザーさんは仕事の関係で飲まないんだろうけど、職業イメージと真逆で爺さんが一切飲まないのは、思い返せば不思議だな。
でもそれなら、酒も選択肢から外す。
食器もダメ、食材は料理する人がいるか知らないからダメ、魔獣系の素材はオレの知識不足でダメだ。
「今思うとオレってずっと、その場の状況に流されっぱなしで、知識も経験も全然足りてねぇし、何よりみんなの事もろくに知らないんだな」
間違いなく圧倒的にコミュニケーションが不足してるけど、だからって話すのが苦手なわけじゃないんだし、その辺は焦らないでじっくりやろう。
おっ、数は少ないけど遺跡からの発掘品か。
でも、どれも用途不明って書かれてて値段もピンキリ、ただし扱いそのものは売り物だからか悪くないし、使える物だったらルーナは喜ぶな。
(【鑑定】……んー、ほとんどが修理不可能なジャンク……んじゃ、まともそうな二つだけ買うか)
一つは懐中電灯みたいな魔導具、もう一つは壊れてないけどエンペリオンキーって結果が出ただけで用途は不明、どっちも店主さんは扱いが分からないらしくって、格安だから即決で購入した。
もちろんルーナにプレゼントするのは懐中電灯の方、エンペリオンキーは危ないブツ以外で初めて発掘魔導具を見た記念品として、オレが持っとく。
「なんか、こういう買い物って楽しいな」
今まで、必要な物は買う前に決めてて目移りなんてしなかったけど、金を払う目的がただの入手じゃなくて、相手に喜んでもらう為に迷って選ぶってのは、新鮮な感覚だなぁ。
ま、今までよりまずはこれからだ!
それから少しの間、実用小物の一角でうんうん唸った末に、爺さんとハウザーさんの分に加えて、ついでにトリィとロレットさんの分も買った。
「うーん、女の子向けの小物は難しいなぁ」
騎装士 に余計な装備は邪魔だろうし、アリスとフィナは貴族だから安物は逆に失礼かもしれない。
それにイレーヌさんとミトリエは仕事柄、普段の服装に小物を装備するのはダメだろうな。
なら残りは全員女の子だし、装身具で統一しとくか。
「おぉ、こういうのは見覚えあるあるだ」
ズラッと並んだ屋台には、黒い敷き布の上で金とか銀の光り物が勢揃いしてて、中には小さいけど宝石が付いてる物まである。
ここもやっぱ値段はピンキリ、高いと青天井って言えばいいのか、値札に時価って書かれてる妙な物もあるし、けど安いから質が悪いってわけじゃなくて、しっかり作られた見た目のいい物ばっかだ。
新品も中古品も、ピカピカに磨かれてて――
『ねぇ勇司君、貴方は奇跡って信じる?』
――おいおいなんだよ、急に連絡よこしたと思ったら真面目な声で、神様の専売特許自慢か?
『それならまず言っておくけど、私は何もしてないわ』
なんだ、一体何があったんだ?
『貴方から見て右手の中古品屋台、そこに置かれてる青い宝石が付いた揃いのイヤーカフはね、アルゴー君とマーレちゃんの遺品よ』
なんだとっ!?
……アルフェ、それマジな話だよな?
『私はいたって大真面目よ、だからこそ奇跡を信じるかなんて聞いたの』
オレにはどういう事だかさっぱりだけど、奇跡は神様が起こしてるんじゃないのか?
『よく間違われるというか、人間の視点だと同じに見えるけどね、“何らかの事象の起因から過程までに、 神意的 あるいは 人為的 な影響が一切関与しない偶然の結果”こそ、私の言う奇跡なの』
あぁ、だから最初にアルフェは何もしてないって言ったのか。
『そう。ついでに言うとね、奇跡と違って神々が意図的に起こすのは、神の意と書いて 神意的恩恵 って呼ぶの。例えば魔獣という存在は、私が起こす神意的恩恵よ』
魔獣が恩恵ねぇ、そりゃずいぶんと凶暴な恵みだ。
まぁそりゃいいけど、さっき人為的ってのも言ったよな、アルゴーさん達の遺品があるのは、それとも違うのか?
『勇司君がここに来るって知ってる誰かがわざと置いたなら、それは奇跡や人為的恩恵じゃなくて、ただの演出よ。ちなみに人為的恩恵の負の産物が、魔物という存在なの』
あぁそりゃ確かに、シナリオ通りの演出だ。
って、それよりこの遺品の話だ。
アルフェを責める気はないけどさ、アルゴーさん達の物って分かってるなら、なんでここに来た時点で先にある場所を言わなかったんだ?
『あのね、今こうして会話してる間にもこの世界では、たくさんの生と死が起きてるの。その中で半年も前に亡くなってるたった二人の、しかも最初からマークしてない人間の持ち物なんて、私にだって追跡は無理よ』
だから責める気はないって。
嫌な気分にさせたのは悪かったよ。
でもそれじゃあ、どうやって二人の物って判ったんだ?
『そのイヤーカフには今生きている人との、正確にはアリスティアちゃんとの縁が繋がっているから、そこから手繰って見てはっきり判ったの』
……アリスから二人への、プレゼントだったのか。
『買うか買わないか、そして彼女に渡すか渡さないか、それは勇司君に任せるわ』
あいよ、教えてくれてありがとな、アルフェ。
『どういたしまして……じゃあ、またね』
おぅ、またな。
……なんつーか、やりきれねぇ気分だ。
目の前に置かれてるイヤーカフにはきっと、亡くなった二人と生きてるアリス、お互いそれぞれの思い出と縁が詰まってるんだろうな。
こいつを買ったって二人はもう生き返らないし、渡したとしてもアリスは喜ばないかもしれない。
でもよ、酷い目に遭わされて何一つ遺せなかったはずのアルゴーさん達が、ちゃんとこの世に存在してた唯一の証、そんな大切な物だとオレがそう思う。
だったらせめて――
「「これ買います」」
「え?」
「ん?」
――もしかしてこの人も、これ欲しいのか?




