騎装士の過去と現在と未来
「にしても、なんで適合は変化しないなんて思われてたんだろ。 士導院 だって鑑定は最初の検査一回だけだし、もっと頻繁に調べりゃいいのにさ」
「そりゃ昔の名残だろうな、 騎装士 の嬢ちゃん達はここで教わったんじゃないか?」
「はい、 紋繰騎 と騎装士の歴史は一通り習ってますよ」
「あー、もしかして騎装士に受け継がれる歴史的伝統、みたいなもんか?」
だとしたら、ちょっと言い過ぎたかな。
「うふふ、言い過ぎたかもなんて気にしないでください、そんな立派な話じゃないんですよ」
そう切り出したフィナが語ったのは、紋繰騎が登場して間もない時代の話だった。
今までより強くて大きい魔獣と戦って勝てる実力を証明した紋繰騎は、金食い虫で欠点が多いって面に目をつぶった世界各国のお偉いさん達に歓迎されて、どんどん造られていった。
けど、まだ導入されたてで扱いが曖昧だったせいで、騎装士に求められたのは適合だけ、極端な話だと過去の経歴や性格に思考なんて、一切不問にされた例もあったそうだ。
それでも最初は、各国に一騎とか多くても五騎以内だったから、戦力として使えるならってことで、多少の問題は大目に見てたらしい。
ところがそれが二桁くらいまで騎体が揃って、その上更に沢山の騎装士が集められるようになると、適合だけ見てその他全部を軽く考えてたツケが、一気に炎上した。
今まで特別扱いだったのに騎装士が増えて、日頃の行いが悪いせいで冷遇され始めた連中が、“数多くいる騎装士の中でも、自分こそが最も優れている”とか喚いて、山ほど問題を起こしたんだ。
それで困ったお偉いさん達は、後手に回りながらも色んな対策を打ったけど、なかなか減らないバカな奴らが自分の優秀さを示す為にって、目を付けたのが実力と適合の二つ。
まぁ流石に、実力争いはすぐ禁止された。
その時には既に、各国の国家戦力主軸になってた紋繰騎は昔も今も相変わらず高価だから、決闘とか戦果を焦ったなんて理由で、簡単に壊されるわけにはいかなかったからだ。
そうなると残った争いの舞台は適合なんだけど、騎装士はどんどこ増えてくのに鑑定魔法の使い手は少ないまんまだから、何度も調べるなんて面倒事に付き合ってる暇すらなかったそうだ。
んでそうこうしてる内にようやく、より優秀でまともな騎装士の養成と教育を目的とした専門機関、士導院が設立されて世界各地に増え、適合検査を皮切りに色んな課程や体制に制度なんかが、各国共通の内容として整えられたんだとさ。
「なるほどなぁ、だからたった一度しか鑑定されない適合の高い低いが優秀さの全てを決める、みたいな価値観があるのか。でもよ、士導院ってよくそんな過去の恥を教えてるな、こういうのって普通は隠すもんだろ」
「当時の問題は詳しく知りませんけど、そうする必要があったんでしょうね。だからこそ私達騎装士は、実際にあった悪い歴史を教訓として学ぶ事で、与えられた地位に相応しい教養や振る舞いを身に付けるよう、求められるんです」
「与えられた地位? 騎装士ってのは、ただの役職じゃないのか?」
ひょっとしてあれか、元の世界での歴史上にあった騎士とか武士みたいな、役割に沿った社会的立場でもあるのか?
「えぇ、私達騎装士は世界各国統一の爵位、“ 士爵 ”という立場にあります。これは男爵より上、子爵より下という地位で、その授爵条件は騎装士として認められて活動している期間のみ、その代わりにどこの国でも貴族としてそれなりの待遇を受けられ、緊急時には男爵以下の戦力に限定されますけど、優先命令権を有します」
思ってたより立場がしっかりしてるし、権限も結構強いみたいだけど、爵位っつーより軍人の階級に近いな。
こっちの世界だと多分、国の軍事組織は軍隊じゃなくて騎士団とかだろうけど、紋繰騎と騎装士は貴重だから元からある組織と扱いを分けて、新しく作った貴族の枠に押し込めた、って感じか。
でも待てよ、地位が貰える条件と待遇は軍人に近くても、身分は貴族なんだし――
「あのさ、もし騎装士がデカい手柄を立てたとしたら、爵位って上がるのか?」
「はい、条件はありますけど仰る通りです。私の家も、祖父が騎装士として活躍した功績を認められて、男爵の地位を賜りました」
――あぁそうか、ここに来た時に衛兵さんが男なら一度は憧れるって言ってたのは、こういう旨味もあるからか。
適合検査をパスして騎装士になれたら、平民だろうと貴族として扱われるし、同じ貴族でも家とか爵位を継げない人達は手柄を立てて成り上がれる、またとないチャンスだ。
過去にも居たはずだし、今も出世したくて頑張ってる人達は、この世界に一杯居るんだろうな。
なのにもし、適合が要らなくなったとしたら、そんな紋繰騎がたくさん出回って、騎装士が貴重な存在じゃなくなったとしたら……。
「ユージさん? どうかしましたか?」
「……騎装士の話を聞いて、言いたい事がある」
騎装士に憧れる大勢の人達が持つ夢とか希望を、オレがそう望んでこの手で砕いちまうんだ。
でもな……それでもよ。
「オレは適合を、紋繰騎が抱えてる致命的な欠点、害悪だと思ってるんだ」
「それは……」
「だから、勉強して訓練すれば適合無しで誰でも同じように扱える、そんな紋繰騎を造りたいし、完成したら自分で思う存分動かしてみたい、オレは今そう考えてる」
「……!」
そりゃ心底ビックリするよな、今までそんな物どこにも無かったのに、会ってまだ一日すら経たない正体不明な奴が、夢物語を語ってるんだ。
「今まで必死で戦ってきた騎装士の、みんなの努力を否定してるようなもんだけど、こればっかりは譲らねぇ、オレの目標だ」
「ユージさんの目標……」
「あぁ、そうだ。けど、そんなの付き合う気にならないって思うなら、専属騎装士を辞めても文句は言わねぇ、よく考えて自由に選んでくれ」
昼飯後の食休みで食堂に居るみんなが静まりかえってるけど、これは必ず伝えとかないとダメだし、話した後でケンカ売られたり愛想尽かされても、オレは自分の考えを曲げたくない。
「ぶわっはっはっは! ルーナと同じ想いを騎装士相手に、ここまではっきり宣言するとはな! ますます気に入ったぞ、ユージ!」
「ありがとよ、爺さん」
「なぁに、これほど紋繰騎を愛する奴が二人もいるんだ、長年 造師 やってきた甲斐があったわい! 魔導具造っててここにゃ居ないから、後でルーナにもちゃんと言ってやってくれぃ! あの子はきっと、お前さんに生涯寄り添ってくれるぞ!」
一生ってのはちょっと大げさだし、女の子の人生を無駄にさせる気はねぇけど、それでもそう言ってくれるのはありがたいし、同じ考え持ってる相手がいるってのは嬉しいな。
さてと、言いたい事は伝えたし食休みも終わりにして、修理の続きとそのついでに騎体のお勉強を始めるとするか。
「魔導具造りの進み具合も知りたいし、後で顔出したらついでに話しとくよ。それより爺さん、紋繰騎の……」
「待ってくださいっ!」
ん、必ず何か言ってくるって身構えてたけど、やっぱここでフィナが……いや、エルフィナ・クノックスが隊長として立ち上がる、か。
この後返ってくるのは罵倒か、嘲笑か、それとも怒りに任せた決闘の申し込みか。
どれがきても、しっかり受け止めないとな。




