幕間 その2 謎を抱える彼の世話を焼く
場面は二日目朝、気苦労の多い強キャラさんのハウザー視点です。
「おはようございます。昨日引き渡しました鎧賊の、捕縛報酬を代理で受け取りに参りました、ハウザーと申します」
「少々お待ち下さい」
私が今、こうして何事も無く執事として職務を全う出来るのは、全てユージ殿のおかげだ。
その出会いはまさに劇的で、街道を封鎖して待ち伏せていた鎧賊による襲撃の最中、背後から狙われていたイレーヌを颯爽と危機から救い、風魔法で複数の敵をいとも簡単に圧倒し、最後には改造された 紋装殻 を纏う名の通った首領をも、あっさりと一蹴してしまった。
しかし、そんな彼は幾つもの謎を抱えている。
まず最初に、今は完全に隠しているものの、彼の額には人間に存在しない角がある。
私も旦那様に雇われる以前は冒険者として、長年にわたって様々な地域を旅歩いてきたが、これまで訪れたどんな場所でも、角を持って人の姿をした種族に出会った事は一度も無い。
ただし、それだけであれば或いは、ユージ殿と同じく角を隠して姿を偽った種族が居る可能性くらいは、信じていたかもしれない。
だが、次の謎がそれを否定してしまう。
彼が魔法をよく知り、上手く使いこなしているのは明らか、だというのに私やイレーヌがミトリエと同じ紋纏衣を装備している事や、紋装殻と 紋繰騎 にも同じ魔法紋章技術が使われている事を、全く知らなかった。
それどころか、使われている技術は知らずとも公に存在が認知されているはずの紋繰騎そのものさえ、教えるまでは何一つ知らなかったのだ。
これは明らかにおかしい。
何故なら、魔法を自力で精密に扱える者はその修得の過程において、魔法紋章技術の成り立ちと発展を必ず学ぶからだ。
その上更に謎なのが、魔法を扱う力だった。
私はその時側に居なかったので見ていないが、士導院へ派遣していた我が領所属の女性騎装士五人に施されていた、古代の魔導具による隷属と魅了の呪いを見抜き、容易く解呪してしまったそうだ。
はっきり言ってしまえば、異常だ。
それほどの力と精密さで魔法を扱えるのに、魔法紋章技術を知らず、古代魔導文明とその遺産である発掘魔導具の強力な効果をも知らずに、それでいてまるで細糸を引きちぎるが如く軽々と解除するなど、最早人間の成せる技とは思えない。
そして極めつけは、昨日夕刻の決闘騒ぎ。
私の身を案じてか、探しに来られた衛兵殿に連れられて士導院へ行き、とりわけ騒がしい訓練場へと足を向けてみれば、既に全てが終わっていたものの、一部始終を見ていたお嬢様や他の方のお話によれば、我らがここへ赴いた事情の元凶である悪事を働いていた五人の男達、其奴らの操る紋繰騎を一騎残らず全滅させたとのこと。
しかも、ユージ殿は紋装殻とただの鉄の棒だけを装備し、それでもかすり傷一つ負うこと無く相手を一方的に蹂躙し、勝利を収めたらしい。
そこで、どれほど激しい戦闘を繰り広げたのかと検分してみれば、ほぼ全ての騎体が最小限かつ必要十分な破壊に留められ、唯一無傷に見えた一騎に至っては、どのような技法によってかは不明だが、投げ飛ばされて 騎装士 が失神させられていたと聞き、そのあまりの戦闘能力の差を思い知らされただけだった。
ただ、また一つ謎なのが、殺意の無さだ。
鎧賊による襲撃と決闘騒ぎ、この二つをもって明白なのが、これほどの戦闘能力を見せつけながらも、対峙した相手を殺す意志が全く感じられないという点だ。
戦闘技術はせいぜいがケンカ慣れしている程度、それを身体能力の高さと魔法と機転で補っているからこそ、ちぐはぐではありつつも常人とは隔絶した戦闘能力を持つものの、彼は今まで一度たりとも人を殺した経験が無いと断言出来る。
無論、そのような経験を積まずに生きられるのならそれは幸せなのだろうが、危険な古代の魔導具が存在し魔法紋章技術が普及している世の中で、旅をしながらで彼くらいの年齢になるまでそんな人生を過ごせる幸運は、残念ながら数多くは転がっていない。
「お待たせしましたハウザー殿、こちらが鎧賊捕縛の報酬です」
「はい、確かにお預かり致します」
「ところで、彼はどうしたんです?」
「ユージ殿は今、昨日手に入れた紋繰騎を調べておりまして、僭越ながら私が代理として参った次第でございます」
「ははぁ、そうですか。出来るならまた会って話したいと思ってたんですが、忙しいなら仕方ないですね」
「もし時間に余裕がございましたら、士導院の 駐騎棟 へいらして頂ければ、お会いになれるかと。或いは、私達がラクスター領へと帰還する間際には、詰所へ挨拶に伺うやもしれません」
「そうですか、お引き留めしてすみません、彼にもよろしく伝えてください」
「言伝て、確かに承りました。では、私はこれにて失礼致します」
ユージ殿から嬉々として頼まれた報酬の受け取りを済ませ、ずっしりと重い皮袋を携え、これまた彼に託された日用品の買い出しへと赴きつつ、私は再び謎を思い起こす。
昨日夕食時の会話から知れたのが、ユージ殿はどうやら孤児らしいという不明確な事実だ。
しかも、彼の発言から推察するに両親の存在を知らないようなのだが、それにしては不可解な点が多過ぎる。
どこの国や地域でも大差はないが、孤児やその拠り所たる孤児院というのは貧しい生活が付き物なのだが、ユージ殿の振る舞いにはそのような生活で染み付く荒んだ雰囲気が全く無い。
口調は粗野な部分があるものの、話す相手を親しみ敬い、そして驚くべき理性と知性をもって対話を成し、義理や人情に篤く、それでいて腹芸をしてのける計算高さも併せ持っているのだ。
貧しい生活の孤児院出身者が、そのような才を発揮するなど聞いた事が無い。
辛い生き様を糊塗する為に稚拙な悪知恵を覚え、他人を信じず時に欺き騙し、裕福な生活に欲望を滾らせ僅かな収入を握り締めて冒険者を目指し、それでも辛い毎日を生き抜こうと悪事に手を染める場合すらある、それが大半の孤児が辿る道筋なのだから、今まで会った誰も彼もがギラついた目をしていたのに、ユージ殿にはそれも無い。
それどころか今のように、孤児にとっては夢のような額の大金を出会って間もない他人に任せ、更には命懸けの戦いの末に得た五騎もの紋繰騎を、動かせる者がいるならばという軽い動機で対価や見返りを求めず貸し出し、それをなんら気にしないなど、出自を踏まえるとあり得ない話だ。
では、ユージ殿が嘘を吐いているのかと聞かれれば、それは即座に否と答えられる。
彼は悪意をもって嘘を吐く者を嫌い、それが故に昨日は自殺行為としか思えない条件の決闘に挑んだようであり、それより前の襲撃時にも似たような反応を鎧賊の首領相手に見せていた。
そこから判るのは、幾つかの隠し事はあれども彼の性根は善人のそれであり、相手に裏切られない限りは裏切り行為を自ら成す可能性は無いに等しい、ということ。
そして、一度味方として懐に招けば相手を疑わず、裏切られる可能性を考慮していない脇の甘さを見せる、危うい面があるということ。
今回の事件はユージ殿の非凡な才に助けられなければ、お嬢様を含めた我ら全員が敵の手に堕ち全滅していた可能性が非常に高いので、間違っても驕り高ぶるつもりはないが、彼は何やら放ってはおけないような一面を持つので、共に歩む限りは互いに助け合っていくのが最良だと思う。
「さしあたって今成すべきは、ユージ殿に合う替えの衣服や身の回りに必要な物を、手頃な値段で入手して差し上げることですな」




