幕間 その1 みんな揃っていただきます
「【鑑定】……よし、どれも大丈夫だ」
目の前に並んでるのは全員分の夕飯と、酒にソフトドリンクに食器類。
んで、準備してくれた迎賓棟付きの使用人さん達が安全宣言を聞いて、明らかにホッとした表情になったのはあえて無視する。
あらかじめ、食事だけじゃなく迎賓棟全体を鑑定と探索の魔法で調べるのは伝えてたし、手段はともかく貴族はそういう探りを入れて当然って返事はもらってたけど、事件直後で 士導院 そのものを信用してないオレ達のピリピリした雰囲気に影響されて、普段は慣れてる扱いでも死ぬほど緊張したんだろうから、仕方ないよな。
そして、普段とは違うらしい事がもう一つ。
いつもなら、コース料理として順番に出てくる皿が今は全部一度に出されてるから、テーブルがかなり手狭になってるんだとさ。
何人も使用人さん達が居るのもそのせいで、皿が空き次第すぐに下げる為に、世話役の人数増やして対応してるそうだ。
オマケに言うと、今日のメニューは肉に野菜に魚の料理と、パンにスープにデザート、料理名は長いしどんな食材なのか教わってないから、味以外覚える気はない。
とはいえ、安全に食べられて美味いなら、好き嫌いなんてないけどさ。
「うぅ……こんな大勢の人達に見られながら食べるなんて、ボクものすごく緊張するよぅ」
美味い料理だけど緊張して味が分からないってのは、他人事だとこんな様子なのかもな。
「ルーナほどじゃねぇけど、オレもちょっと落ち着かないな」
つってもその理由は、まだ効果が持続してる探索魔法の範囲内に、警戒対象の意味を持つ黄色の反応が大量に有るからなんだけど、だからって気を抜いて魔法を解除するわけにゃいかないのが、護衛役の面倒なとこだ。
「人目なんぞ気にするだけ無駄だぞ。むしろワシは、こんな少ない量で晩飯だと言われた方が、よっぽど気になるわい。貴族ってのは、これでちゃんと力出るんか?」
おっと、庶民派でずっと大衆料理に慣れ親しんできたらしい爺さんが、ここで切り込んだぞ。
つっても確かコース料理って、この量が時間かけてゆっくり出るから意外と満足感あるらしいし、栄養バランスだってある程度は考えられてるみたいだから、問題なさそうだけどなぁ。
「この量はコース料理にしては少なめですよ。今居るのは迎賓棟、外からのお客様をお迎えしてもてなす場ですから、食事の間に会話を楽しんだり非公式な会談を行えるように、調整されているんです」
へぇ、派遣されて半年近いエルフィナ隊長の、華麗なインターセプトが決まったか。
オレもそれは知らなかったなぁ。
「ずっとお話していたらお料理が冷めちゃいますから、そろそろ食べましょう」
「そうだな。んじゃ、いただきます」
さてさて、そうは言っても何から食うか、って――
「みんなこっち見て、どうしたんだよ?」
「ユージさん、今のはなんの儀式ですか?」
――あ、ついホームでやってた癖が出ちまった。
けど、物心ついてから今日この世界に来るまでずっと、きちんとした飯時にゃ特に欠かさずやってたし、今さら周りの目は気にしなくていいや。
「今のは儀式じゃなくて、使われた食材とか料理してくれた人達への感謝を込めた、食べる前の挨拶だよ」
「ほぉ! 素材と作った者への感謝か、気に入った! ワシはもう食い始めとるが、やっても構わんか?」
「今初めて知ったんだし、遅れたのは気にしなくていいさ。こうやって両手を合わせてから言うんだ、簡単だろ」
「どれ……いただきます!」
《《いただきます!》》
おぉ、みんなちょっとズレてたけど一斉に言ってくれるのは、少し感動するなぁ。
「それと、飯の後には同じように両手を合わせて “ごちそうさま” って言うんだ、気が向いたらやっても構わねぇよ」
「それもやはり、食事と料理人への感謝を込めているのですね?」
「そう。ちゃんと生きてきちんと飯が食えるのって、ホントありがたい事だからさ」
「それはご両親からの教えなんでしょうか?」
「いや、オレには両親なんて居ないぞ」
うん、遺伝子提供者なら存在するけど、家族じゃないし教えも受けてない、むしろ一度も会ったことねぇから、親って感覚すらない。
「「「「「「えっ!?」」」」」」
ん? そんな手が止まるくらい驚く話か?
でも受け止め方は人それぞれだし、そういう反応するのもありか。
「代わりにって言ったらなんだけど、兄弟姉妹なら山ほど居たし、まぁ気にしなくていいぜ」
「あの、ユージ様! 申し訳ござ……」
「ちょい待った、エルフィナさん。さっきも言っただろ、オレは様付けで呼ばれる身分じゃないからそれはやめてくれ、ってさぁ」
「いえ! 命と貞操を救われたのですから、そうお呼びして当然です! むしろ私の事をフィナと、愛称でお呼び捨てくださいませ!」
「だが断る」
「なっ、何故ですっ!?」
そりゃここで甘い顔したら、いつまでも様付け呼びが治らねぇからだよ。
「オレをそう呼ぶ限り、その要望は聞いてやらねぇ。そして、このまま変わらないんだったら……」
「か、変わらなければ?」
「今後はずっと、 “隊長殿” としか呼ばねぇ」
「名前どころか家名まで拒絶ですかっ!?」
「そうだ。さぁどうするよ、隊長殿?」
ククク、名前も家名もガン無視で、ひたすら役職名だけで呼ばれるなんざ、耐えられねぇだろ?
「うわぁ、ユージがすっごい悪い顔してるわ」
「でもフィナ隊長って貴族だし、あれは流石に抵抗あるんじゃない?」
「ふーん、フィナさんて貴族なんだね、ボク知らなかった……あ、なんかもう泣きそうだよ」
ふふん、悪い顔してようが相手が貴族だろうがどうでもいいね。
泣こうが喚こうが、オレは一切譲らねぇよ。
「う、うぅ~……分かりました、参りましたから、もう許してください……ユージ、さん」
「そうそう、素直にそう呼んでくれよ。それと、両親が居ないなんてオレは全然気にしてないし、謝らなくてもいいぜ、フィナ」
「はぅっ! ……は、はいぃ」
あれ、ギリギリ泣き出しカウントダウン状態だったのに、一瞬でゆる笑顔になっちまったな。
そんなに愛称で呼び捨てされたかったのか?
「ねぇねぇミトリエちゃん、ユージさんのあれってわざとかな?」
「あの顔、分かってやってるように見える?」
いいや、こうすればフィナは折れるしかないってのは、ちゃんと分かってわざとやってたぞ。
「んむ、ごちそうさま! 美味くてもやはり量が足らんし、早いとこ自由に出歩けるようにならんもんか」
大食いな上に早食いなのかよ、爺さん!
って、気が付きゃ他にも何人か、もう食い終わりそうだし、こりゃお喋りが過ぎた。
味付けは上品な感じだけどオレ的にも量は少ないし、時間に余裕が出来たら爺さんと一緒に大衆食堂で外食、なんてのもいいかもしれないな。
はい、というわけで半ば敵地のような士導院でどのように過ごしているのかを、あっさり風味でお送りしました。
勇司君が鑑定や探索などの魔法を使えるのでそこまで神経質にはなりませんけど、これが魔法抜きだと手間や費用や人員などの様々な面で苦労するのは、当然ですね。
そして僅かですけど、勇司君の本当の意味での身の上話もチラリと出ましたが、物語の流れ的にこれ以上触れるかどうか、予定は未定です。




