悩み事と食い違い(問題(?)編)
「さて、孫を救ってくれた恩人に対して、実に嫌で悪い知らせなんだがな、お前さんが操れる騎体は無い」
「はぁっ!?」
え、ちょ……なんでっ!?
まだ短い付き合いだけど、爺さんの性格からしてここで断るなんて、欠片も思ってなかったぞ!
「まぁ落ち着いて話を聞け。最初の問題は、 紋繰騎 を操るのに必須の装備、 紋纏衣 が無いということだ」
「 騎装士 の装備……もしかしてそれって、クソ野郎とかミトリエが着てた、あの服か?」
チラッと思い出すのは、何かを接続する為の金具とか、身体を固定する為のハーネスとか、そういうアレコレが付いたラバースーツみたいな印象のボディラインが出やすい服で、どっちも着てたし単に騎装士の制服、パイロットスーツみたいなもんだと思ってた。
まぁ、激しい動きはパワードスーツとかロボットにゃ付き物だし、それだけでも内部で身を守る為の必須装備なんだろうけど、“操るのに必須”って言葉が気になる。
「そうだ。あれは一日や二日で出来る物ではないから、これからすぐラクスター領に行くのであれば、インガルで造るよりもあっちで腰を据えてからの方がいい、そういう話だな」
「うーん、そうすると五騎をそのまま使わずに置いとくのはもったいないし、売るなんてもってのほかだし……なぁ爺さん、全騎をあの女の子達が使えるようにするのって……」
「すぐに済むぞ、なんなら修理の間に調整させとくか?」
「うん、準備しといてくれ。オレはこれから話をつけに行くよ」
まぁ紋繰騎はもう手に入ったんだし、今さら焦ってもどうにもならねぇんだから、どうせならオレ専用騎とかを造ってもらう為の、データとノウハウを積むとするか。
「よし分かった。おーい、ルーナ!」
「はーいっ!」
孫を呼ぶ爺さんに元気よく応えてる女の子、レウルーナの声を背にオレは駐騎棟を出て、迎賓棟に向かう。
ホントは、あんな事件があった 士導院 にゃ長居したくなかったんだけど、青い顔色で平謝りする院長さんの申し出と、士導院全体の捜査と聞き取り調査をしてる衛兵隊の隊長さんからの勧めで、被害者であるラクスター侯爵令嬢とその関係者一同の守護って建前で、無期限の足止めを食らってるのが、今オレ達が置かれた状況だからだ。
でも、士導院の外にも敵が居た場合、衛兵さん達が集中してるここから出たら、どこでどう報復を受けるか分からなくて危険だ、ってのが隊長さんの言い分だったけど、この足止めにゃオレも深く関わってるよな。
なにせ、“お嬢様を護衛する冒険者”って立場のオレが、自分じゃ一歩も動かせねぇ紋繰騎を合計五騎も手に入れちまったんだ。
それさえなきゃ 騎装士 五人娘はともかく、お嬢様ご一行は貴族の強権振りかざしてでも、明日の朝一番にはラクスター領に向けて出発したかったはず、だと思う。
「お嬢様達がどう考えてるか分からねぇけど、こっちが迷惑かけてるのは事実だし、せめて謝って紋繰騎を貸し出すくらいはしないとなぁ」
それで許してくれればいいけど、迷惑料として全騎没収されたら……そん時ゃ盛大に凹もう。
そしてラクスター領どころかこの国、クーブリック王国からも出て、どこか遠くに行こう。
そしたらそこでオレ、のんびりスロー 紋繰騎 ライフするんだ……。
「あら、ユージさん。なんだか元気ありませんけど、お疲れですか?」
「や、イレーヌさん。疲れてるわけじゃないよ、考え事してたんだ。お嬢様、いるかな?」
ダラダラ悩んだり考えたりしてる内に、気が付きゃいつの間にかこの広い迎賓棟の、お嬢様達が泊まる辺りまで来てたんだな。
ここにはお嬢様ご一行だけじゃなく、騎装士五人娘も身の安全の為に女性寮から移動してるし、オレもおこぼれで一部屋借りてる。
「えぇ、お嬢様達は応接室でお話し合いを始めまして、私はお茶の用意です」
うーわー、お嬢様に加えて五人娘も一緒かよ、都合いいのか悪いのか……数の暴力で一方的に押し切られて、即没収とかされないといいなぁ。
「うーん、こりゃ出直すべきか、それともまとめて話をつけ……って、イレーヌさん!?」
「……して皆さん揃って、ユージさんともお話したいと仰っています。さぁ、参りましょう」
え、ちょっと待って、話の前半聞いてなかったんだ、問答無用でグイグイ押さないでっ!
心の準備する時間くらい欲しいのにって、意外と力強いなこの人!
あっ、そういや今オレ整備の為に 紋装殻 脱いでるし、イレーヌさんは普段からパワーアシスト装備使ってるんだった!
「お嬢様、ユージさんをお連れしました」
くっ、だったら強化魔法で無理矢理――
「「「「「お待ちしてました!!」」」」」
「うぉっ!?」
――目の前のドアが勢いよく観音開きになったと思ったら、騎装士五人娘に囲まれて取り押さえられちまった!?
つか五人のこの目にその笑顔、どう見ても獲物を捕らえた猛獣そのものじゃねーか!
女の子がそんな顔すんなっ!!
くっそ、こんなに密着されたら強化魔法は危ねぇし、もうこうなったら神体能力フルパワーで上手いこと脱出するしか――
「すぐにお茶をお持ちしますので、皆さんどうぞごゆっくりお話ください」
「ちょっ! イレーヌさん! たす……」
――うぉぉいっ!
すっげぇいい笑顔でサクッとドア閉められたぁ!!
ど、どうするオレ、どうされるんだよオレ!?
よ、よーし……とりあえずここは、せめてお嬢様のご機嫌損ねないように、明るく笑顔で挨拶だ!
「よ、よぅ! お嬢様……」
「若い子達に囲まれて嬉しそうですね、ユージさん」
ひぇっ!
笑顔だけど目が全く笑ってねぇっ!!
愛想笑いすら許しませんってことか!?
もう既に心底怒ってますってことだよな!
あ、そうかこの状況って、こうして可愛い女の子とかで油断させた後に奥から恐い奴が出てくる、ヤの付く連中の手口と同じだっ!!
だとしたら当然、この後にくる言葉は――
「いつこちらに来るかと、待っていたんですよ」
――ですよねぇぇぇぇぇっ!
自分から動いたら相手に舐められるし、そうなったらプライド商売上がったりだもんねっ!
事を荒立てないようにこっちは大人しく待ってたのに、いつまで経っても来ないならもう何言っても許さねぇ、って意思表示ですねっ!!
「でも、ユージさんも忙しかったでしょうし、すぐ来られなくても仕方ありませんよね」
やべぇ、スタイルいいし可愛い顔してても相手はやっぱ貴族、迷惑かけた上にここまで待たせたんだからどうなるか分かってるよな、って遠回しに伝えてきてるよ……。
「それでもようやく、落ち着いてお話できます。……さぁどうぞ、席に着いてください」
これは罠だ……座ったら最後、回りを囲まれて立ち上がれないからすぐ逃げるなんて不可能、そのまま言い訳一つも聞かないで、オレから何もかも奪うつもりなんだ。
ここはもう応接室じゃない、処刑場だ。
上品に手の平で指された席は、フカフカのソファなんかじゃない、血塗られた断頭台だ。
よし決めた、今すぐここから逃げ出そう。
そしたら後はタイミングだけど――
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「はい、どうぞ入ってください」
――いよっしゃあっ!
さっすが侍女長のイレーヌさん、お茶用意するスピードは異常に速いけど、これ以上ないくらいのグッドタイミングだぜぇっ!!
「悪いけど五人とも、お嬢様に伝える事があるから、一度離れてくれないか」
「えっ、私にですか?」
「あぁそうだ、大事な話だよ」
よしよしいい子達だ、真剣そうな顔でお願いしたら、すぐ離れてくれたっ!
そして……今だっ!!
「失礼しま……」
「すんっませんでしたぁっ!!」
「「「「「「えぇっ!?」」」」」」
ナイスだっ! バッチリだっ! 最高だよオレっ!!
さぁて、みんなビックリしてる隙にとっとと逃げ――
「お嬢様、ユージさんに謝罪と感謝を伝えて、私達の事情を話すのではなかったのですか?」
――え、なにそれどういうこと?
猛獣の巣穴に引きずり込まれた当初、勇司君は結構テンパってる状態だったので、詐欺と恐喝の手口を混同してたりしますw




