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「幼女転生」  作者: 囲味屋かこみ
第一章 『遺』世界へ。
3/5

2 そして彼は小さな足で走る。




 疾走開始二歩で、転んだ。


 一歩目で足がもつれ、二歩めで体が浮き、そのまま地面にヘッドスライディングしてしまった。


 真っ裸で、だ。


 幼女の柔肌が、大根おろしのようにおろされ、擦過傷さっかしょうが痛々しく刻まれる。


 痛い。血が出た。


 血は、赤色だった。


 その事実に、僕は少しだけ胸を撫で下ろす。


 そして、すぐに立ち上がり転んだ原因を探った。今すぐにでも走り出したいのだが、それでは先程の二の舞だ。


 試しに一歩、普通に歩いてみる。


 すぐに分かった。体が、うまく動かないのだ。足がうまく回らない。


 当たり前だった。


 僕は、今10歳くらいの幼女なのだ。


 体のサイズが全然違う。手足が短いし、筋肉や骨や神経も、別の生物と言って過言ではないくらいには、異なる。


 大人の、ましてや男なんかとは存在としての次元が違うのだ。


 実際に、こうして幼女になってみてより強くそう感じる。


 頭の中で無意識に思い描く体を動かすイメージと、実際の駆動に齟齬そごが生じてしまっていた。


 ……なんだ、そんな事か。


 原因が分かってしまえば、至極簡単な事だった。


 僕が、今までの人生、何をして過ごしてきたと思っているのか。一体、何人の幼女を観察してきたとでも?


 イメージにずれがあるなら、軌道を修正してやればいい。    

 

 難しい事なんか一つも無い。単純明快だ。


 見本はいくらでも頭の中にある。僕が今まで培ってきた全てが、ようじょの体を動かす。


 僕は、再び走り出した。


 それは、スムーズな疾走だった。歩幅が圧倒的に小さいはずなのに、まるで魔法のように速く体が進む。 


 声の聞こえた方角は分かる。幸運な事に、道の先だ。森を突っ切らなくて済む。急がなければ。


『よいのか?』


 頭の中で、グランギニョルが言った。


「何が?」


『うぬがどうして死んだのか、忘れたわけではあるまい』


 もちろん、忘れるはずがない。


 あの夜、僕は見知らぬ幼女を助けようとして、暴漢にナイフで刺された。


 あの感覚——肉体が、ゆるやかに死に向かっていくあのおぞましい感覚、思い返せば恐怖に体が震える。


『同じ過ちを繰り返すかもしれんとは、考えんのか? 確かに、幼い女子おなごの悲鳴じゃったが、だからと言って助けに行く義理はないじゃろう。道理ではあっても、無理があるとは思わんか?』


 グランギニョルが言いたい事は、分かっていた。言い分も十分理解できる。


 けれど。


「その問いに対する答えは、産まれた時から決まってるよ、グランギニョル。もちろん、助けに行く。意義とか意味とか、そんな物はなんの障害にはならない。何故なら、相手が幼女だからだ。それ以外に、理由なんていらない」


 僕は、強い意志を持って、そう言った。


 それが全てだ。僕という人間の。


『そうか——』


 必死だったのだ。今この瞬間にも、幼女が危険な目に遭っているかもしれないと思うと、あまり余裕が無いのも事実。他の事を気にかける容量が不足している。


 だから——


 相変わらずじゃのう、とグランギニョルが笑った気がしたのは、やっぱり気のせいなのだろう。

 

 やがて。


 常識外の速さで走って僕は、当初予想していたよりも早く、悲鳴の発信源へと辿り着く。


 それは驚愕の光景だった。


 目を恐怖に見開き、道端に尻餅をつく幼女——今の僕よりも幾分か幼く見える幼女。


 そして——そんな彼女を襲うようにして立ちはだかる『ソレ』の姿を僕は目撃する。


 視力も、元の体よりも良くなっているのか、まだ少し距離があるにも関わらず、はっきりと視認できた。


 巨大な、鉄の塊だった。


 人の形をしている。


 陽の光を受けて、鈍く光る金属質の胴体。関節が歯車で構成される長い手足。ヘルメットのような形状をしている頭部。周りの木と同じくらい大きい。


 まるでロボットのような、無機質な巨人——それが、今にも幼女を、襲おうとしているように見えた。


 僕は、全力で疾走する。


 足に力を込め、歯を食い縛り、地面を蹴る。そうすると、驚くようなスピードが出た。幼女の体なのに、人の体で出せるとは思えない規格外の速度である。


 しかし、今はそんな事気にはしていられない。


 鉄の巨人が、重々しい音を立てながら、腕を振り上げ始めたのだ。


 飛び道具も何も無い僕は、ただ走るしかない。間に合うかどうかは微妙だった。そして、間に合ったところで選択肢が限られている。


 鉄の巨人に攻撃したとしても、びくともしないだろう。庇ったとしても、幼女と一緒にぺちゃんこにされるのがオチだ。よって、選択肢は二つ。突き飛ばすか、抱えて避けるか。


 どちらが幼女が助かる可能性が高いだろうか。


 考えている暇は無かった。迷っている時間が無い。


 幼女との距離が目と鼻の先まで縮まる。


 巨人の腕が振り下ろされ——僕は、何も考えずただただ全力で、幼女へ向かって飛びつき、そして突き飛ばした。


「あぁぁあああ!」


「きゃああああ!」


 彼女の小さな体が、びっくりするくらい勢いよく飛んでいく。そのまま僕の体もスピードを落とすことなく、振り下ろされた巨人の腕を足裏に掠めるようにして、地面に倒れ込んだ。


 口の中に砂が舞い散る。体が火傷したように熱かった。先程転んだ際の傷口が更に広がり、頭の芯に響くような痛みが全身を駆け巡る。しかし寝ている場合ではない。ありったけの気力を引き絞り、僕は跳ねるように体を起こし、幼女の元へと走った。


 幼女と巨人の間に入るように立ち塞がり、息を整えながら、彼女の様子を見る。


「大丈夫か? 早く逃げ——」


 るんだ。そう言おうとして、僕は眉間にしわを寄せた。


 言葉が通じるかどうか分からなかったから、ではない。幼女が、足を怪我していたからだ。ふくらはぎから、血がどくどくと流れている。足首が、紫色色に変色していて——これでは走ることは愚か、歩くことさえ困難であろう。


 ど、どうすれば——。


 抱えて逃げる? 人一人を? そんな事、できるのか? 

 

 焦燥が、足元から這い寄る。心臓が底冷えしてきた。思考が空回りする。頭が働かない。どうすればいい。考えろ。脳味噌を使え。どうすれば幼女を助けられる。

 

「あ……あぁ……」


 と。幼女の栗色の瞳が、恐怖に潤んだ目が、この世の終わりを目撃したかのように見開かれた。空気を求めるように口を開くが、言葉は続かない。


 反射的に視線を前に戻すと、鉄の巨人が再び腕を振り上げていたのだ。


「え——」


 気付いた時にはもう遅い。歯車が絡まる駆動音。蒸気が吹き出されるような音が聞こえたかと思うと、巨大な鉄の塊が容赦なく振り下ろされた。 


「ちょ——」


 そして、視界が暗転した。



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