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「幼女転生」  作者: 囲味屋かこみ
第一章 『遺』世界へ。
2/5

1 そして彼は幼女となる。

——————



 目覚めると、そこは森の中だった。


 夢だったのか。そう思った。


 何故ならそこは公園にある林の中であり、照りつける太陽が、時刻が昼であることを告げていたからだ。


 寝ていた、そう思うのが自然である。


 僕は体を起こす。地面に直接横になっていたので、体中が痛かった。


「あれ?」


 ——と、僕はそこで、違和感を覚える。


 その違和感に首を傾げながら、立ち上がり、そして——なんだか、視線が低いと思った。


 身長が伸びなくなったのは、高校二年生の夏。そこから視点の高さというのは、数年間変わっていない。なのに、今は妙に見える景色が低いのだ。少なくとも、そんな違和感を感じる程には、低い。


 僕は腕を組んだ。


 考える。


 はて。


「…………」


 まあ……いっか。


 細かい事は気にしないでおこう。僕は物事をなあなあにしておくことに関しては、一流だ。世の中、生きているだけで違和感のようなものなのだ。些細な違いは、よしとしよう。


 そう無理矢理納得して、家に帰ろうと、一歩を踏み出した。


「えっ——」


 その一歩は、僕の一歩では無かった。


 視界の端に映る、僕の足。


 それは、知らない足だった。


 とても、小さい。明らかに、幼い。


 これは——まさか。


 僕は、慌てて自分の体中をこれでもかと観察していった。しかし、そうするまでもなく確信していた。いや、自分の身に起きている事態を飲み込めたわけではないけれども——見間違えるはずが、ない。


 長い長い黒髪。大人とは比べるのもおこがましいくらい、柔らかいほっぺ。浮き出た鎖骨とあばら。男の子と変わらない薄い胸。くびれかけの腰。肉付きの少ないふとさもも。折れそうな程細い足首。人形のような足。色白く美しい、肢体。


 幼女だ——僕は、幼女になっていた。


 鏡なんていらない。何故か。


 幼女だからだ——もとい、先程、嫌と言うほど見本を目に焼き付けていたからだ。


 そう、僕はあの美しい幼女の姿になっているようだった。 


 しかも、真っ裸で。


 全裸で!


 っ——⁉︎


 幼女の! 裸……!


 混乱する。意味が分からない。何故僕が幼女になっている? 幼女の裸がここにある?  

 触る? いや駄目だ落ち着け。幼女の裸に興奮するなんて、幼女好き失格だ。それではただのロリコンではないか。


 僕は、ロリコンではない。


 幼女好きなのだ。


 気を紛らわせ。気を散らせ。気を落ち着けろ。


 冷静になるんだ。


 僕は幼女好きだ。僕はロリコンではない。


 よし。


 オーケー。


 ……でもさ。でもだよ?


 明らかに異常が起きている自分の体を、触れて確かめてみるのは、当たり前の事ではないだろうか?


 だって自分の体だよ?


 触診とは言わないけど。医療行為とはいかずともさ。


 生物として、本能的な行動ではなかろうか?


 別に、怪しい行為じゃない。


 自分の体だよ。異常なんだよ。


 触っても、いいんじゃない?


 おかしくは、ないんじゃない?


 いかがわしくなんて——ないはずだ。


 僕は、


 唾を飲んだ。


 さて。


 それでは——


『何をしておる……気色悪い』


 と、その時、僕の頭の中に幼い声が響いた。驚く。後ろめたい事はないのに、思わず両手をホールドアップして意味もなく辺りを見回してしまう。


『くっくっくっ、ここじゃよ、ここ。うぬ様の頭の中じゃ』


 聞き間違うはずが、ない。あの時の幼女の声だった。違うのはそれが聴覚情報ではなく、頭の中に直接伝わってくる事だけだ。


「えっと……何これ?」


 いや、そもそもどういうことかと言われれば、今のこの僕の現状からして、驚天動地の出来事なのだが。あまりに疑問点がありすぎて、頭が、目の前の設問にしか追いつかない。


『混乱しておるのう。驚愕しておるのう。無理もなかろうて。説明して欲しいか? ん? ん?』


 この幼女、かなり鬱陶しい性格をしているようだった。しかし、彼女が幼女である以上、それは一つの個性として好意的に受け止めなければならない。それは、男として産まれた事に対する債務のようなものであり、僕の義務だった。


「お——教えて、欲しいな」


 幼女相手に会話(?)したことが無い僕は、少し詰まりながらも、なるべく緊張を表に出さないように言った。


「ここはどこで、一体全体何よりも僕の身体はどうなっているのか」


『なんじゃ、存外冷静じゃの。もっと取り乱すかと思ったのじゃが、つまらん』


「いや——そうでもないよ。十分取り乱してる。感情が、表に出にくい人間なんだよ、僕は」


 嘘である。


 実はもう、あまりの出来事過ぎて、頭が正常に働いていないだけである。相手が幼女でなかったら、みっともなくわめきちらしていただろう。幼女相手に格好付けたいというプライドが、僕に冷静さをよそわせていた。


『ははん、なるほどのう。——よかろう! うぬに免じて答えよう。簡潔にな。あらすじを読むかの如く端的に、まとめよう』


 僕は固唾かたずを呑む。きっと壮大で荘厳たる真実が明らかになるのだ。居住まいを正さずにはいられない。


 そして、のじゃ幼女は神妙な声音で、言った(?)。


『うぬは死んで、この『遺』世界に、儂と共に新しい肉体で転生しましたとさ。おしまい』


「いや、まとめ過ぎー!」


 絵本かよ。びっくりした。


 思わず下手くそな突っ込みをしてしまった。僕に突っ込みとしての才能はないのだ。あまり無茶はさせないで欲しい。


「えっえっ、何? 僕は何から触れていかなければならないんだ? 今の短い発言の中に、胡散臭い単語がいっぱいあったんだけど」


 うろんでいかがわしくて胡散臭い言葉のオンパレードだったよ?


 イセカイ?


 異世界って、何? 


 そういえば、公園の森だと思っていた周囲の木々は、いつの間にか全然違う針葉樹だし、あちこちに遺跡のような瓦礫が垣間見えるけれども。


『なんじゃなんじゃ、取り乱すでない。みっともない。先程うぬの事を、存外冷静じゃの、などと大物っぽく褒めた儂の立場がないじゃろうが』


 どうやらこののじゃロリ、自分本位な性格をしているようだった。


 可愛いので許そう。


「異世界ってことは、ここは僕がいた公園では……?」


『ない。というか、世界が違う』


「僕が死んだ……?」


『死んだよ? 暴漢にナイフで刺されてあっさりと』


「新しい肉体で転生って……?」


『この世界にうぬがいた世界の物質は持ち込めんから、儂の肉体を元に、うぬの肉体を再構築して蘇らせた』


 頭痛がしてきた……。


 これ以上追求すると、僕のキャパシティか持たない。もう無理だ。いっぱいいっぱいだ。情報がコップのふちでぷるぷるしている。


 因みに、福井弁で言えば、つるつるいっぱい。


「…………ふー」


 よし、一旦そのまま全てを受け入れてみよう。分からない事を、分からぬままに。知らない単語を、ただの記号として。未知の学問に取り組む際には、重要な姿勢だ。


 幸い相手は幼女である。


 僕にとっては、それが全てだ。


 彼女の手を取った時、そう決意したではないか。


 為せば成る、為さねば成らぬ、何事も。


 努力をしよう。さあ、人事を尽くそう。


 そんな事よりも、さしあたっての問題は。


「こんな森の中で、こんな幼女ぼくが、こんな姿(全裸)で立ち往生しているこの状況は、とてもまずいと思うのだけど」


 それとも、この異世界とやらでは幼女が全裸なのが常識なのだろうか。だとしたら何て素晴らしい世界だ。


 いや——違う。


 間違っているぞ、僕。


 裸は、着衣があってこそだろう。


『うむ、そうじゃのう。うぬのような危険な人間に見つかれば、たちまちあれやこれやじゃ』


 なんかちょくちょく心を読まれてる節があるんだよなあ……。もしかして、声に出して話さなくても、向こうには伝わるのかもしれない。なんせ、幼女の声は頭の中で聞こえるのだし。


 試してみよう。


 あなたの名前は、何ですか。


『グランギニョルじゃ。良い名じゃろう』


 変わった名前だなあ……。


 血生臭い人形劇みたいな名前だ。


 そして、やはり頭の中で思い描くだけで、向こうにこちらの意思は伝わるみたいだ。


 ……まいったなあ。


 うっかり破廉恥な事が考えられないぞ。


 今一番欲しいものは姿見すがたみだとか、迂闊に思えない。18禁扱いされかねない。


『思っとる思っとる』


 頭の中で幼女が、嘆息したのが雰囲気で伝わってきた。


 可愛いなあ。


 しかしまあ、いくら思考しただけで伝わるとは言っても、やはり言葉には出そうと、出した方がいいのだろうと、僕はそう思った。


 それは幼女の為ではない。


 僕自身の為にだ。


 しっかり、考えを、言葉に出す。


 それは、自分の中で自らの意志を明確にするのに大切な行為であるし、ひいては自身の存在を明朗にする為に必要な儀式なのだ。


 じゃないと、僕は、己がこの世界に存在している事を忘れてしまいそうになる。


 というわけで。


 僕は、頭の中の愛しい幼女に向かって、喋り掛けた。


 今は一人ではないのだ。相談出来る相手がいる。素晴らしい事じゃないか。

 

「それじゃあ——グランギニョル。とりあえず、色々聞きたいこと……聞かなければならないことは多々あるけれど、それはまず身の安全を確保してからにしよう。それで、これからどうしたらいい? もちろん、知ってるんだろ? 馬鹿な僕に教えて欲しいな」


 だって、僕が今ここでこうしているのは、彼女のおかげっぽいもん。


 恩人であり、原因であり、元凶っぽいもん。


 知っているはずだもん。


 さあ、ご教示下さい。


 愚かなわたくしめに道を示していただけないでしょうか。


 今なら、宗教にハマる人間の気持ちが理解が出来るとさえ言える。


 はたして。


 はたしてグランギニョルは、しばしの沈黙の後、重々しく、そして神々しく口を開いたのだった。


『えっ? 知らんよ? とりあえず人里でも目指せばよいんじゃね?』


 ……僕の好きな、のじゃロリの『じゃ』を、そういう使い方して欲しくないなあ。


 じゃねって。


 じゃねーよ。


 このままだと、僕のグランギニョルさんに対する好感度が上がりっぱなしになりそうなので、とりあえず行動する事にした。


 彼女の言っている事は、あながち間違いではないのだ。


 このままここで立ち往生していても、何も進むまい。


 とにかく、森らしきこの場所から抜けなければどうにもならないだろう。


 植物とは話せなくても、人間ならば意思疎通が可能なのだ。助けてくれるかもしれない。異世界とやらで、言葉が通じるとは思えないけど、僕だって困っている外国人がいたら助けようとするだろう。大事なのは心だ。


「よし」

  

 行こうか。


 そう、一歩を踏み出したその時だった。


 幼い少女の叫び声がこだましたのは。


 僕は、考えるまでもなく、遮二無二しゃにむに走り出した。

 

 


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