0 そして彼は幼女の手を取る。
幼女に生き、幼女に死ぬ。
そして、幼女として生きる。
幼女を愛する日々だった。僕の生涯の全てだった。
恥の多い人生、だとは全く思わない。
短い人生、だったとは思う。
けれど、僕は、僕の思うがままに幼女を愛したつもりだ。悔いはない。
存在そのものが愛おしかった。手を出したことはない。当然だ。幼女とは、見守られるべき存在であり、愛される存在であり、汚れなき存在でなければならないのだ。
そうだというのに。
『人を、殺してはならない』、人類にとってそれ程の不文律だというのに。
その日、僕は大学の帰り道、とんでもないものを目撃してしまった。
公園のトイレ。ほんの刹那。幼女のくぐもった叫び声。聞き逃すはずはない。愛する幼女の悲痛な叫びだ。どんなにか細くても、聞き逃すはずがないのだ。
僕は走った。一心不乱に走った。
そして、出くわしてしまった。
ホームレス。暴漢に、襲われそうになっている幼女を。
僕は激昂した。
我を忘れ、ホームレスに掴みかかった。
直後、腹部に鋭い痛み。
じわじわと広がる、激痛。
赤い赤い。
真っ赤な、真っ赤。
きらりと光る、ナイフ。
あまりの痛さに、意識が遠のいた。
そして——。
悔いはない——はずだったんだ。
目を開けると、そこは不思議な空間だった。
周りに何もない。真っ白な空間。
けれど——一箇所だけ、それは存在していた。
荘厳な装飾が施された、石の玉座だった。
そして、そこに頬杖をついて鎮座するのは——幼女だった。
「幼女だ‼︎」
僕は、腹の底から叫んだ。心の底から歓喜した。
素晴らしい幼女だった。美しい幼女だったのだ。
まるで羽のように広がる、長い長い黒髪。真っ赤な——僕の血と、同じ、瞳。僕を見る目は冷たく、その幼い顔つきには似つかわしくないどこか達観した表情。
叫ばずには、いられない。歓喜せずには、終われない。
まさか。
まさか、この幼女は。
「開口一番で、ここまで残念な印象を受けた『旅行者』は初めてじゃよ」
のじゃ! ロリ! だった‼︎
そんなまさか! まさか実在するなんて!
こんなことがあっていいのだろうか!
こんな幸福があっていいのだろうか!
僕のテンションは、天井知らずだった。ストップ高どころではない。制限が、ない。セーブが効かない。ブレーキがぶっ壊れてしまった。
のじゃロリだぞ!
夢が、叶ったのだ!
ここでテンションが上がらずに、一体僕はどこでハイになればいいというのだ。
「……なんか、気持ち悪いのう」
幼女が目を細める。幼女が蔑んでいる。
幼女が僕を見ている。
「まあ——よい」
やがて幼女は、軽くため息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。優雅な仕草だった。その一挙一動が、僕の心を打つ。
僕の元へ、幼女が一歩一歩、向かってくる。
心臓が高鳴る。
心音がうるさい。
早鐘のように打っている。
「さて、行こうか。『遺』世界へ」
幼女は、そう言って、僕に手を差し伸べた。
いせかい——異世界?
頭の中に様々な疑問が浮かぶ。
どこへ行くのか。そもそも、ここはどこで、この幼女は誰なのか。そして、僕はどうなってしまったのか。
しかし、そんなことは、どうでもよかった。些末なことだった。
何故なら、今、僕の目の前には幼女の白魚のような小さな手があるのだ。
他に、何が必要だ? いや、何もいらない。
僕は——
幼女の手を、取った。
そして、次に目覚めた時。
僕は、幼女になっていた。