序章
夜の外気は澄んでいた。
冷たい空気によって余計なものが地面に沈殿されているイメージ。
その余計なものが邪念だと言うのなら、きっとそうだろう。
ここは落ち着いた気分になる。
身体だけでなく、心まで。
世界がどれだけ変動しようと、変わらない。
周期を回り、夜が来る。
昼の騒がしさを忍ばせて静けさを保つ。
世界が停滞する。
そんな錯覚に襲われる。
ボクはそれを待ち望んだように外へ出るのだ。
いつもの習慣。
今日は気持ちが良いほど晴れ渡った夜空で、少し空気が汚れているこの地域でさえちらほらと星が見える。
それが衛星だとしても、美しく煌めく事に変わりはないのだ。
ボクは赴くままに角を曲がる。
先には真っ直ぐと四車線に連なる大きな道路が続いていた。
ゆったりした歩調でぼんやりと通り過ぎる車のライトを見ながら、ボクはつい先日までの出来事を回想した。
都心で現れた殺人鬼。
公園で首を断ち切られた彼女。
屋上で首を断ち切られた彼。
自宅で首を断ち切られた彼女。
闇夜に轟くエンジン音。
嘆きの慟哭。
果たしてその声は届いたのか、あるいは届かなかったのか。
それはボクには知りようもないし、また詮索する気もない。
これはもう過去に終わった喜劇なのだから。
自分の髪に触れる。
肩の下は、無い。
歩き始めて十分といった所か、とある自動販売機の前に着いた。
周りに障害物になるような物はなく、広めに幅を取られた歩道だ。
監視カメラの類はなく、電灯は明滅している。
この灯りの下で、ボクは彼女と出会った。
この喜劇のヒロイン。
狂わされた、狂っている、狂った、
彼女。
堕落ではなく墜落。
悔恨ではなく懺悔。
始まりは虚構。
殺人の連鎖。
裏切りの連鎖。
綻びの見えた鎖はじわじわと錆びていき、希望の光はゆらゆらと消えうせる。
巡り行く連鎖の終焉は、彼女自身。
そこでふと、空を見上げた。
そこには目映い満月が鮮やかに映っている。
それは私たちを照らす為なのか。
それとも翳らす為なのか。
きっとどちらでもあり、どちらでもない。
そんな事を、考えていた。