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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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エピローグ

桜の花が散るようになって春の木漏れ日が暖かさを運んでくるようになっていた。

庭でのんびりと野点というのも悪くない。


講義でなければ!?


花とか、茶など、自分が楽しめればいいのだ。

場の空気を潰さない最低の礼儀は必要だが、しきたりを拘り過ぎると楽しめなくなる。

古い物を否定する気はないが、楽しめなければ本末転倒だ。


惟助(ただすけ)はどう思う?」

「某はその方面に疎いので聞かれても困ります」

「そうか!」


御用米の騒動も落ち着いてきたのか、政所から回ってくる書類も減ってきた。

最終的に200万石の米が東国から西国に移ることになる。

末端価格は相場の4倍まで上がっているそうだが、堺衆や小浜衆が卸した最終価格は平均すると相場の2倍らしい。


あまりあくどい事をするなと言ったのを守ったのか?


ざっと400万貫文の銭が動いたことになる。


仕入値が倍額で買っても相場の半額だったらしく、100万貫文を支払っている。


全部を銭と言う訳に行かないので物品などの支払いに使われるのも多い。


しかし、東国の相場が畿内と違い過ぎる。


どうやら東国では一文の価値が四倍近く跳ね上がっているようだ。


銭の流通量が少ない為かもしれない。


御用米として航路に安全が確保できれば、東国の米を畿内に持ってくるだけでも儲けが出そうだ。


商人らが今年も御用船を出して欲しいと願ってくる訳だ。


これはおいしい。


今回、幕府の取り分は約30万貫文で、俺は3万貫文も手に入る。


東国が不作でなければ、今年もやってみたい。


 ◇◇◇


朽木の藤四郎から手紙が届き、稲の芽が出たらしく、来月(5月7日)くらいには田植えができそうだと言ってきた。


戦国時代の種まきは満月の5日前頃が最適とされているらしく、暦でみれば(旧暦)4月10日 (5月16日)になる。


その時期に田植えができれば、1ヶ月近いアドバンテージを得ることになる。


ただ、薪が大量に必要なので高島・若狭全域に広めるかは考えものだ。


朽木全域と高島は天井川(安曇川)の流域、若狭の北川流域は野分(台風)が怖いので採用することにする。


今年の配布できる範囲を参考に来年の発芽小屋を検討しよう。


田植えの見学ツアーには(蒲生)定秀(さだひで)をお誘いしよう。


秘密にすると、いらない疑惑を持たれかねないからな!


技術は無料で提供する。


やりたければ、自分の所でやればいい。


薪代が凄いことになるぞ!


朽木は自分で取ってくるから何とかなるのだ。


朽木は開拓すると大量の木材が確保でき、その木材で薪が無尽蔵に作られる。


しばらくは問題ない。


 ◇◇◇


三郎(朽木の3男、成綱(しげつな))の手紙で第2塩田の造営が始まったと知らせてきた。


茂介と捨が戻ったからね!


テスト運用も上々だったそうだ。


この時期では所定のかん水を作るのに10日以上掛かったが、薪の使用量から換算して、完成した塩の量を考えると満足できるらしい。


手間も藻塩に比べると比較できないほど楽だったらしく、商人らも大満足だったようだ。


乾燥させる時間を考えると稼働はやはり夏場だ。


途中で雨が降ると台無しになる。


短時間で乾燥する夏を中心に稼働させるのが一番だ。


第2塩田は夏に間に合えばいいと書いて送り返した。


塩田建設には街道の整備が欠かせないので、小浜商人らに手紙で説明しておこう。


三郎の手紙には朝倉の動きも書かれてあった。


やはり動くつもりだったようで兵を集めていたが、波多野軍が引き返したので諦めたみたいだ。


朝倉は若狭より加賀を今の内に何とかした方がいいと思うのだが、当主の朝倉 孝景(あさくら たかかげ)は加賀に集中できないみたいだ。


それに宗滴(そうてき)は位置的に若狭を狙いたがる!


しかし、朽木が六角の傘下に入り、若狭武田と六角の距離が近くなった。


実質の同盟関係と言っても良い。


抑止力となって諦めてくれることを祈ろう。


 ◇◇◇


「菊童丸様、今の御心境を歌にするとどんな感じでございますか?」

「そうだな!」


『この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫にも鳥にも 我れはなりなむ』

(この世で楽しくいられるなら、来世では虫にでも鳥にでもなりましょう)


「ほぉ、若は茶でなく、酒を出せと思っておりましたか!」

「そういう意味ではないぞ」


確かに大伴旅人は酒呑みであり、酒壺になれるなら虫けらに生まれ代わってもいいという読みもあるが、素直にこの世を楽しく生きたいと思っているだけだ。


その為には、三好に殺される運命を回避しなければならない。


もう後戻りができないほど歴史の改変は進んでいる。


でも、歴史のターニングポイントを変えるほどの事に至っていない。


信長が本能寺で生き残ったほどの変革は起こしていない。


俺の死はまだ歴史の必然として残っている。


俺が死ねば、武田の争いはただの親子の争乱と残されるだろう。


高島の3万も幕府の誇張であり、実際は3万もいなかったと伝わるだろう。


波多野との争いも小競り合いで終わる。


まだ、本格的な変革には至っていない。


ならば、波多野を倒し、その勢いで管領と三好長慶も倒せばいいと思うかもしれない。


無理だ。


三好長慶や朝倉宗滴は俺より強いと思う。


もしかすると俺の思い込みであり、三好長慶や朝倉宗滴に勝てるかもしれない。


あるいは負けるかもしれない。


俺には勝ち残るビジョンが見えなかった。


勝ってはいけない場所に勝って、底なし沼に落ちる未来しか見えなかった。


だから、引き分けを認めた。


彼らを恐れて笑われるより、侮って討ち取られる愚を犯したくない。


勝つ為の時間が欲しかった。


 ◇◇◇


六角に降り、六角を味方にした。


管領は六角との対決を避けている。


無風とはいかないだろうが、露骨な行動は避けると思われる。


六角に甘い汁をくれてやるのは勿体ないが経費と思えば割り切れる。


これで最初の予定に戻った。


管領らの争いには関与せず、俺が将軍になるまで朽木を富まして兵力を蓄える時間が貰える。


同時に必要な人材を揃え、徴兵制で国民軍へシフトする。


さらに鉄砲と大砲を揃えておく。


俺が将軍になるまで大人しくしておき、将軍に就任した後に従わないなら管領であろうと圧倒的な戦力差で蹂躙する。


そうだ!


三好 長慶(みよし ながよし)は管領の細川晴元と好きに争ってくれればいい。


どうせやるなら戦いは一度でいい。


近代兵器の鉄砲で圧倒したい!


互角戦力で知勇を競って戦うなど絶対にやりたくない。


 ◇◇◇


下らないことを考えると気分が沈み、体沈みで寝転がってしまった。


あぁ、空が高い。


「菊童丸様、お行儀が悪いですぞ」

「よい」

「いや、そういうものでは…………」

「茶は美味く飲めばよい。姿勢も向きも関係ない。ごろ寝で呑むのもよいぞ。美しい景色を眺め、まったりと呑む。それが風流というものだ」

「ですから、今は風流を身に付けて頂く為に」

「感じたままでよいではないか!」


寝転がって大空を眺めながら呑む茶席などあるか?


講師たちが首を横に振って困っている。


こういうのんびりするのはいつ以来か?


のんびりするから遠い未来の事を悩んでいた。


俺は馬鹿だった。


気を抜くとどうも平和ボケした感性が湧いてくるらしい。


この塀の向こうでは、疫病に悩む民が大勢現れていることを知らなかった。


考えれば当たり前である。


西国に米を送ってと言っても最悪を防いだのみであって、民が餓死するのをすべて防いだ訳ではない。


死者を多く出した西国では疫病が蔓延し、その疫病が畿内に入って来ていた。


京も桂川などが氾濫し、至る所に死体が放置されている状態であって、疫病が入ってくれば、流行する下地もできていた。


水際対策を怠り、衛生の改善することを忘れたツケが溜まっていった。


京を騒がす大惨事になる事を誰も気づいていない。


知っていれば動いていたのに!


否、疫病のことをしれば、俺が飛び出してゆくと思ったのだろう。


飛び出した俺が疫病に掛かって最悪の事態を気遣ってくれたのだ。


しかし、その心使いが裏目に出る。


気が抜けると阿呆になるらしい。


俺はのんびりとお茶を呑んで楽しんでいたのだ。


春の日差しが暖かかった。


                 第一章『俺は生まれながらにして将軍である』(終)


やっと第一章が終わりました。

意外と長く掛かりました。

ここから天文9年に起こった疫病事件、伊勢貞孝を失脚させようとする事件が起こり、第二章がはじまります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 剣豪将軍の続きをお待ちしております。
[一言] 続きを是非とも。
[一言] >あそこまで平気に嘘はつけません。 まあ、歴史は複数の事実を裏付ける資料のうちの権力者に認められて残された公式見解を積み重ねたものですからねぇ。  物語の脚色も「逆行転生という基本物理法…
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