74.もうゆっくりさせてくれ!
越水城の一室に入り、ゆっくりと松永 久秀が座った。
「朽木は波多野を下しました」
「ほぉ、それは凄いな」
一度や二度の偶然はあっても三度続くと疑う余地もない。
「今日で武田の陣を覗いた限りで、兵の数より練度に重きを置いておりました。武田がそうであるなら、朽木も同じかと」
「谷間なら少数の兵であっても練度が違えば、数は関係ないということか」
「伊賀者の話によれば、より狭い谷間に引き込んで包囲して波多野を追い詰めたようです」
「そこまで徹底するとなると、朽木にはほとんど被害がなかったのであろう」
「お察しの通りでございます」
「味方に引き入れられるか?」
「此度、六角の陣営に組みしましたので難しいかと」
「まぁ、よい。管領の傘下に入ったのでなければ、潰す必要もあるまい」
「今まで以上に監視を厳しくしておきます」
孫次郎(長慶)が頷き、(松永)久秀は部屋を後にした。
管領と六角が手を結び朽木を潰しに来たとき、朽木がどう動くのかに興味があった。
それとなく知らせてみたが、六角を取り込むことで危機を回避した。
中々に強かであると思った。
六角と矛を交えた後に和議という選択もあったであろう。
そうなれば、朽木と武田を味方に引き入れる策も取れた。あるいは、管領と朽木を正面からぶつけて漁夫の利を得る策もあった。
いずれにしろ、朽木を中心に畿内が大きく動くと読んでいた。
朽木はそこまで見越して六角に降ったのだろうか?
「ふふふ、興味深いな!」
(松永)久秀はまるでライバルの登場を喜ぶような笑みを浮かべながら自室に戻っていった。
◇◇◇
「菊童丸が京に戻ってきたのは本当か!」
「物見の知らせでは、(六角)定頼に連れられて戻ってきたようです」
「(六角)定頼め! よくも恥を掻かせてくれた」
東丹波では管領に下る意志のない城主3名が世木城の湯浅 宗貞を盟主にした連合軍によって落とされた。内藤が管領(六角)に降るのに参集しなかった三城主は管領と波多野に寝返っていた者であり、東丹波での手駒を失ったことになる。しかし、湯浅 宗貞らは管領(六角)の命で討った訳であり、罰することもできない。
「で、菊童丸の様子がどうであったか?」
「奇妙な牛車から出てきた菊童丸様は血の気を失った姿で運ばれたそうです」
「無理を押して、戦を止めに行ったのは誠であったか!」
「そのようでございます」
「少々、扱い辛い小僧かもしれん」
「真面目で責任感と正義感が強いのかもしれません」
「堅物ということか!」
「今の公方様よりは扱い易いかと!」
将軍足利義晴は将軍家の復興を願っており、管領(晴元)の弱体を望んでおり、そして、それを隠そうとしない。
幕府は管領と六角に掛かる薄い板の上に存在しているというのに、片方の土台を壊してどうなるのかと考えないのか?
そう考えれば、管領を幕府の支柱と敬意を払う将軍家の嫡男(菊童丸)の態度は心地良いものであった。
そう考えれば、もう一方の支柱である六角と朽木が争うことを防ぎたいと思うのも必定であった。
「(六角)定頼は菊童丸を取り込む気か?」
「おそらく、そうだと思われます」
「それはならんぞ!」
「今はご自重下さい」
管領(晴元)は不満そうに神五郎を睨んだ。
神五郎は頭を下げるのみであった。
「相判った。然れど、(六角)定頼の顔を見に参る」
「畏まりました。直ちにお見舞いの先触れを出させましょう」
神五郎はすでに先触れを出し、準備を整えていたのである。
一度、部屋を出ると、先触れが帰って来る頃を見計らってもう一度、管領(晴元)の部屋に入った。
◇◇◇
俺は床を引かれて布団に寝かされた。
気分の悪いのは変わらないが、白湯などを呑んで落ち着いてきた。
皆が乗り物酔いの俺をからかった。
それは終わると昨日の続きだ。
(六角)定頼は商人をどう騙したのかをしつこく聞いてきた。
騙すなど人聞きが悪い。
利益をぶら下げて唆すと言い換えて貰う。
商人は欲深いので欲に釣られて乗ってくるのだ。
「おっしゃることは判るが難しい」
「六角様の近江の国は東西の交易の要所です。日を決めて『楽市』でも開かれてはどうですか?」
「商人が逆に怒るのではないか?」
「座を廃する訳ではありません。月に一度、3日ほどだけ市を開く。古今東西の品が集まって、民が潤うことになりましょう」
「ほぉ、それは面白そうだ」
「問題はその先です。売れる商材を持つ商人を御用商人として召し抱えます。御用商人は市の日に関係なく、領内のすべて税を免除します」
「それでは損ではないか?」
「いいえ、その代わりに売れた商人の代金に対して税を掛けるのです」
「どう違うのか判らんぞ!」
「売れない物でも税を取られるとなると、商品を持ってくる物がいなくなります。そして、税が高ければ、売れても儲かりません。売れた物に対して税を掛けるのならば、商人はかならず利益があります。その利益の一部を(六角)定頼様に納めるのです。商人にとって旨みがあるのです」
「なるほど、闇雲に税を取るのを止めて、商人が儲かる所から税を取るということだな!」
「その通りです」
「うむ、やってみよう」
朽木でやらないのは消費する人口が足りないからだ。
代わりに運搬で儲けさせて貰っている。
朽木で運輸を頼むと周辺の領主を撒き込んで格安の税込みの運搬費を請求される。
その他の者には関所で税を頂いている。
どちらが得かは明らかだ。
関所抜けをする馬鹿も多いが、それは忍者の訓練に使われる。
雇用・税収・訓練の一石三鳥だ。
質問が絶えない。
進藤 貞治は朽木の訓練にご注進だ。
確かに朽木の強さは訓練の練度にある。
どれだけ短い時間に内容の濃い訓練をするかだ。
「見たままでございます。特に隠しておりませんので、朽木に足を運び、日々の訓練をご覧になればよろしいと思います。口で言ってもご理解できないと思います」
(嘘です。面倒臭いだけです)
「ご家臣を何人か、朽木に寄越して体験させれば、よろしいと思います」
「(朽木)稙綱殿、よろしいですか?」
「突然でなければ、いつでもどうぞ!」
蒲生 定秀は朽木の武器や防具に拘っていた。
青竜刀とか聞かないでくれ!
俺は関係ないです。
(武田)信豊に感化された武田家臣が職人に勝手に、蛇矛とか注文しているみたいだけど、俺はノータッチだ。
長槍は俺の指示だが見た通りだ。
訓練しないと使えないが使えるようになると、敵より有利に戦うことができる。
それ以上に説明することもない。
三雲 定持は村雲党の連中を手持ちにしようとしている。
「朽木に貸しておりますが、あれは俺の家臣です。六角に貸し出すつもりありません」
「菊童丸様だけでは荷が重いのではございませんか?」
「はっきり言って足りません! どうでしょうか! 三雲様の甲賀衆と情報を共有致しませんか?」
「我が傘下ではなく、対等ということですか?」
「対等ではなりません。甲賀衆の方が質も数も圧倒的に上であります。しかし、村雲党にも村雲党の矜持があり、下に就かせる訳に参りません。ですから、情報のみ共有と事にしては如何でしょうか?」
「では、互いに人を出し合うということにしますか!」
「そうですな!」
六角のみなさんは朽木を裸にすることに躍起になっている。
敵でないことにほっとする一方で、脅威にも感じていると捉えておこう。
質問責めで疲れてきた。
すると、(伊勢)貞孝のおっさんが廊下に現れて頭を下げた。
「菊童丸様、管領様がお見舞いに来ると先触れが来ました」
おい、まだ続くのか!
みんな引き上げて、俺をゆっくりさせてくれ!