裏話.進藤貞治と後藤賢豊は驚いた。
菊童丸の館に到着すると菊童丸は蒲生 定秀と三雲 定持を戦目付けとして、すぐに出発をした。
進藤 貞治と後藤 賢豊も行きたかったが、(蒲生)定秀に付けた息子らに任せるしかない。
「(蒲生)定秀め! 先に名乗り出て、おいしい所を持ってゆきおって」
「まったくじゃ! 儂も行きたかった」
「朽木を配下にするのに異論はないが、その強さをこの目で見たかったのぉ」
「先ほど、鎧を見せて貰ったが我らと同じ青銅造りであった。しかも盾には鉄が挟んであった」
「なんと! 藁と木板を重ねた防具ではなかったのか?」
「あれは見た目に騙される」
「鉄を使うなど、我らの使う木盾より良いものではないか!」
「侮れんであろう」
益々、戦に付いて行きたくなった(進藤)貞治であったが、家老4人がすべて居なくなるのは都合が悪い。
菊童丸様が出てゆくと、代わりに留守を任された嫡男の(朽木)晴綱と、河原村の筆頭である岡部 亀丸がやってきた。
「案内を仰せつかっております。朽木宮内少輔弥五郎晴綱でございます」
「河川の改修をお教えするように仰せつかっております。岡部藤四郎亀丸でございます」
「うむ」
「「よろしく頼む」」
(後藤)賢豊は藤四郎と共に高島に戻って、連れて来た6,000人の兵を使って、河川の改修を実地で見せて貰うことになっている。
一方、(進藤)貞治はお館様(六角 定頼)と共に(朽木)晴綱の案内で朽木を回ることになった。
◇◇◇
まず、最初に驚いたのが朽木川に掛かる大橋であった。
見た目は貧相であるが見たこともない大石の上に橋が掛かり、大雨の日も問題なく川が渡れるように思えた。
河川の氾濫で道が分断されないのが大きい。
雨の日を狙って、朽木を攻めても兵を分断できないことがよく判る。
街道沿いに掛かっているので、旅人も利用している。
隠している訳でもなく、報告にあった通りであるが見ると本当に大きい。
「これはどうやって造っておる」
「この周辺で取れる御影石(花崗岩)を加工し、ろまこん(ローマンコンクリート)というもので接合すると、このような大きな石が造れるのです」
橋の土台を石で組むのはよくある技法で珍しくないが、これほど美しく1つの石のように積み上げるのは難しい。
先ほどの石の家(煉瓦屋敷)といい、朽木の技法は侮れない。
次の向かったのが職人村であり、その途中の水車群が特に目に付いた。
「この水車では、麦・どんぐり・石灰など粉砕することを目的で造られております」
「見せて貰ってよろしいか?」
「もちろんでございます」
理屈は何となく判る。
水で車を回しているのだ。
しかし、何の為に?
扉を開けると、ガタン、ガタンと耳うるさい音が聞こえた。
多くの臼を木槌が前後して叩きつけていた。
なるほど、人がやるより簡単そうだ。
「これを納めることはできるか?」
「可能ではございますが、職人達は菊童丸様の物でございますゆえに、期日を決めて納めるというのは無理でございます。こちらも職人達も足りておりませんゆえに、お急ぎであれば、職人を寄越して頂ければ、技術は教えると菊童丸様は申しておりました」
「そうか、(進藤)貞治」
「判りました。帰り次第、職人を手配いたします」
職人村では農耕具の生産が行われ、貴重な鉄を農機具に使うのは納得がいかん。
村に行くと、村人が畑を耕していた。
牛に引かせて、先ほどの器具で一気に田畑が掘り返されていた。
「牛が目立ちますが、普段は馬と牛に引かせています」
「朽木は豊かのようだな!」
「豊かどうかは判りませんが、馬も牛も菊童丸様が買われて、貸し出されております」
「菊童丸様が?」
「はい、村が買うには高価過ぎますゆえに、すべて菊童丸様は貸し与えております。あちらの味噌・醤油・酒の蔵も同じでございます」
驚いたことに、それらの蔵は村が消費する分を造る為の物であり、売り物は職人を招いて、蔵街を造って生産していた。
「こちらは昨年できたばかりの蔵街でございます。冬の間は農作業ができませんので、皆、ここに通って、味噌・醤油・酒などを造っておりました。女達は機織りでございます」
「蔵も、機織り機も随分と多いな!」
「近衛様の御誘いで職人が朽木に来て頂けましたので、がんばって造らせております」
「御成り御殿の噂は本当であったか!」
「まだ決まっておりませんが、関白様はそのおつもりのようです」
「それで職人が来たのか! 羨ましいな!」
「はい、すべて菊童丸様のお蔭でございます。朽木には銭がございませんので、すべて借り物でございます」
「また、菊童丸様か!」
「一体、その銭はどこから出ているのだ! 幕府がそれほど豊かとは思えんぞ」
「それはあちらに行けば、お判りになります」
橋を戻って、そう言って連れて行かれたのは朽木谷村であった。
朽木と高島を結ぶ高島街道ではなく、若狭小浜を結ぶ若狭街道の方へ曲がると、真新しい商家の家が並んでいた。
「小浜豪商である『関戸屋』と『組屋』が仕切っております」
「小浜の商人か?」
「はい、菊童丸様が造られた商品を担保に銭を貸して頂いております。朽木の農家が作った商品はすべて『関戸屋』と『組屋』が買い取ることを条件に金利もございません」
「無償で商人が銭を貸すというのか!」
「あり得ません。あの強欲な商人らが!」
「菊童丸様曰く、委託販売という商法でございまして、すべて『関戸屋』と『組屋』の仕切る組合と申すものを通して取引をするそうです」
「それは『惣』や『座』では駄目なのか?」
「よく判りませんが、まったく別物らしく、出資比率で発言力が変わるそうです。菊童丸様は10分の1を出されており、元手の10倍の銭が自由に使えたそうです」
「よく判らん。(進藤)貞治、判ったか?」
「まったく、判りません」
「しかし、その銭で職人を多く召し抱えたので、菊童丸様の蔵は空でございます。準備が整うのに3年、出資金が戻ってくるのが5年、合わせて8年は大変らしく、六角様に納める額も増えるのもそれ以降と申しておりました」
聞けば、聞くほど、頭が捻るばかりであった。
その出資者には、京・堺・大湊の豪商も参加しているらしい。
さらに、越前の敦賀豪商である『打它屋』も名を変えて参加していると言う。
どうすれば、あの強欲な商人どもらから銭を巻き上げることができるのだろうか?
帰ってきたら、じっくりと聞かねばならんと思った。
◇◇◇
(後藤)賢豊は岡部 亀丸の指導で河川の改修の実地で学んだ。若い者は色々と学ぶことが多かったようだが、昔なじみの河川改修に慣れた者とは罵り合いが絶えなかった。
「勝手に土を盛るのではない」
「おらの村ではこうするだ」
「ここはおらの村ではない」
「手伝ってやっているのに、何を文句いうだか!」
「お主らには銭を払っておる。飯も食わせておる。言う通りにせねば、帰れ、帰れ!」
戦(出稼ぎ)のつもり来たのに、河川改修(土木作業)をさせられて、当てが外れた者も多い。
お館様が『乱取り』(乱暴・狼藉)を禁じたのに、まだ後を絶たない。
捕まえられた者は36人になり、皆が斬首になっておるのに、懲りずに暴れ、乱暴・狼藉を訴える者が無くならない。
原因は朽木の酒だ。
飯は用意してくれ、作業には日当が出ているが、酒には銭を取っている。
朽木の酒は割と旨く、皆の楽しみになっているが、それで日当を使い果たすので懐が寂しい。
懐が寂しいから盗みに入る。
ついでに強盗や暴行におよんでいた。
しかし、高島の武将らが警戒して見回りを行っているので、すぐに見つかってしまう。
高島の民も泣き寝入りしてくれない。
お館様もお許しにならない。
たとえ、その者が武家の者であってもだ。
どうして、それに気が付けないのか?
どうも六角が戦勝したという思い込みが抜けないようだ。
まぁ、そんな下々のことなど、どうでもよい。
「どうだ! 朽木の技巧は盗めそうか?」
「向こうが無償で提供してくれており、問題ございません」
「そうか!」
「ただ、ろまこん(ローマンコンクリート)の材料をどこで調達するかが問題です」
「分けて貰う訳にはいかんのか?」
「もちろん、分けて貰いますが、お館様が言われた城を造る為に使うとなると、どれほどの量がいるか判りません。調達できる山を探す所から始めなければなりません」
「山探しからか!」
朽木と同じようにするには、まだまだ先が長そうであった。
一番問題なのが、兵として連れてきた百姓達だ。
一向に学ぼうという気にならないようだ。
もう帰してもいいような気がしてきた。