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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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裏話.伊崎光義(いざき みつよし)の日記。

わたくし、伊崎 光義(いざき みつよし)は大飯郡稲葉館主の伊崎 為堯(いざき よりたか)の子であったが、武藤 友益(むとう ともます)勢の攻撃を受けて降伏した。

武田 信豊(たけだ のぶとよ)様はその降伏をいさぎよしとし、父上の罪を蟄居ですませ、わたくしを城主に取り立て頂いた。


わたくしはその恩を忘れず、(武藤)友益(ともます)の許しも得ずに『太良庄の戦い』に参陣した。


結果、武田 信豊(たけだ のぶとよ)と共に隠居して、子の(伊崎)義誠(よしのぶ)に家督を譲り、(武田)信豊(のぶとよ)様に従って朽木に来たのだ。


京にお供した時も思ったが、(武田)信豊(のぶとよ)様は守護に納まるより、戦場がお似合っておられる。


この朽木に戻って、(武田)信豊(のぶとよ)様は頭を剃って、大仙紹其(だいせんしょうき)と名を改められた。


紹其(しょうき)様は、捕虜にした3,000人の傭兵と共に天井川(安曇川)の河川改修を手伝っておられる。


頭を使うより体を使う方が楽でいいそうだ。


朽木の一日はこんな感じだ。


早朝、日が出ぬ内に起き出して、菊童丸踊りを舞う。


次に朝の訓練を行う。


京の傭兵達は朽木に戻って家臣となり、一緒に河川の改修を手伝っているが、早朝から激しい訓練を行う。


朽木の兵は『亀の陣』(ファランクス)が基本であり、刀・槍・弓が使えることが最低限の嗜みになる。


これには我ら武田勢も付き合わされる。


騎馬組は馬10頭で一列になって動けるようになるまで徹底される。


それが最低であって、菊童丸様が目指す兵の理想は遥か高みを目指していらっしゃる。


捕虜の傭兵は自由参加だ。


訓練をしている間に交代で朝飯の用意をする。


飯が終わると河川の改修が始める。


その作業は夕暮れまで行われ、夕食まで自由訓練が待っている。


剣術、棒術など、皆が好き勝手に訓練をする。


体力・筋力のない者は走り込みと筋力を付ける体作りをさせられる。


紹其(しょうき)様の元には多くの傭兵が集まって、剣術や棒術の仕合をされている。


割りと楽しまれている。


夕飯も交代で作る。


とにかく美味い。


捕虜が逃げ出さないのも、銭が貰えるのと飯が美味いことに尽きる。


 ◇◇◇


紹其(しょうき)様は青竜刀を若狭から取り寄せられた。


幼少の頃に三国志の関羽と張遼に憧れて青竜刀を取ったことがあるらしい。


青竜刀を持った紹其(しょうき)様は美しく舞われる。


しかし、昔は馬上で舞うと中心軸が揺れて振りきれなかったと言われた。


そういう理由で青竜刀を諦められた。


しかし、この鐙を使うと馬上でも踏ん張りが利くので使えそうだとおっしゃった。


生活が慣れてきたと思うと、突然に安芸に行けと言われる。


もちろん、紹其(しょうき)様に従って安芸に赴いた。


安芸の佐東銀山城の城主である武田 光和(たけだ みつかず)様と面会したのだ。


「まさか、幕府の犬になっておったとは知らなんだ」

「どう言われようと関係ないが、大内・毛利との停戦を受け入れ、毛利との同盟を結んで貰いたい」

「負け犬の話など聞きたくない」


負け犬と呼ばれて、紹其(しょうき)様もお怒りになった。


罵り合った結果、仕合を行って勝てば同盟、負ければ帰国と決まった。


(武田)光和(みつかず)様も中々の武将であり、中々の名勝負であった。


だが、紹其(しょうき)様が負ける訳もない。


「それほどの力がありながら何故負けた」

「菊童丸様が強かったからだ」

「信じらぬ」

「3万の軍勢を前に1,000で勝てるか? 菊童丸様は勝ったぞ!」

「その話は聞いたが、話を盛り過ぎだ」

「嘘でもなければ、盛っておらん」

「まさか!?」


菊童丸様の活躍を将軍家が大袈裟に言っていると思われているらしい。


確かに4歳の稚児が軍の指揮を取れるとは誰も考えない。


嘘ではないのだ。


知る限りの詳細を話すと、(武田)光和(みつかず)様も驚かれていた。


「そういうものか!」

「軍才があるとは、そういうことよ」

「むむむぅ、(毛利)元就(もとなり)も初陣で父上(武田 元繁(たけだ もとしげ))を相手に倍する敵を討ったと聞く。尼子を相手に3万の大軍を退けた」

「数だけ聞けば、菊童丸様とそっくりだな」

「(毛利)元就(もとなり)とは、戦うなと言われたのだな」

「此度、菊童丸様も六角に降ることを決められた。誰にも言うなよ。他言無用だ!」

「言うものか!」

「それだけの力があっても、必要なら降ることもある」

「(毛利)元就(もとなり)も尼子と大内の間をよく主人を変えるのもそれか!」

「生き残る為に必要なのであろう」

「我が矜持として耐えがたいな」

「(毛利)元就(もとなり)もいつまでも生きている訳もあるまい」

「なるほど、時期を待てということか。うむ、同盟を受けよう」

「忝い。肩の荷が降りた」


(武田)光和(みつかず)様との話を終えると、宗設(そうせつ)(大内の家臣)の書状を持って、(毛利)元就(もとなり)の元に向かわれた。


一方、山県 盛信(やまがた もりのぶ)様は菊童丸様の命で毛利・武田周辺の地図を作製している。


名目は幕府の停戦命令を各領主に伝える役目であった。


幕府の役人を引き連れて、堂々と地図を作っていた。


武田 信実(たけだ のぶざね)様は安芸武田の家臣の内情を探る役目を仰せつけられていた。


紹其(しょうき)様と(毛利)元就(もとなり)の会談はあっさりと決まった。


まず、幕府からの命令である『停戦』を受け、その抵当として、(武田)光和(みつかず)の子である小三郎、(武田)宗慶(そうけい)の元に元就の三女が嫁ぐことになった。


元就の三女はまだ幼く、正室というより人質に近い。


しかし、小三郎の母は離縁された熊谷信直の妹であり、熊谷信直は毛利に属している。


庶子で熊谷に近い小三郎は武田家の家督を認められなかったが、此度、後継ぎに選ばれたことで武田と毛利の距離は近くなった。


さらに(武田)光和(みつかず)様も弟の伴 繁清(とも しげきよ)の娘を養女として貰い、元就の嫡男である隆元(たかもと)の側室とした。


隆元(たかもと)は大内の人質になっているので、紹其(しょうき)様は繁清の娘を連れて大内の元まで行く羽目になった。


今回は停戦のみ、安芸武田と毛利の同盟は少し後である。


安芸の武田としては義理を欠くことはできない。


尼子が幕府の命を破って毛利を攻めた場合、武田は尼子に停戦を訴え、従わない場合は毛利を助けて同盟を結ぶことになる。


その為の約束を守る証の抵当、人質であった。


幕府の目付補佐として、まだまだヤル事はあったのだが、2月に六角が朽木に来ると知った紹其(しょうき)様は取る物も取り敢えず、朽木に戻ったのであった。


 ◇◇◇


帰って来て大正解!


朽木は東丹波に侵攻し、波多野軍とぶつかることになった。


(いくさ)だ。


わたくしら武田衆は勝手知ったる傭兵を預けられ、先陣を命じられた。


落とし穴などの作業の手順は別所 治定(べっしょ はるさだ)殿に任せた。


別所殿は人の使い方が巧い。


だが、敵が攻めてくると紹其(しょうき)様と指揮を変わって下さる。


紹其(しょうき)様の命で矢が放たれた。


見事な差配であった。


しかし、多勢に無勢であり、兵を退く頃合いを見定める。


此度の策は、敵を誘い出すという少し面倒なことを言われていた。


『撤退』


大将である朽木 稙綱(くつき たねつな)の合図で陣を捨てた。


わたくしらの仕事は敵を引き付けながら兵を退くことだ。


流石、紹其(しょうき)様!


美しい青竜刀捌きで敵を寄せ付けない。


味方が引き上げるには、もう少し刻が必要そうだ。


しかし、左右から敵が追い駆けてきた。


紹其(しょうき)様! 如何致しましょう」

「決まっておろう!」

「愚問でございました」

「(別所)治定(はるさだ)殿、先に退いて下され!」

「大丈夫ですか!」

「守護になって以来、先陣で(いくさ)をさせて貰えんようになってのぉ。暴れたらんのよ」

「御武運を!」


(別所)治定(はるさだ)殿を先に行かせると、100人ほどの傭兵が残っていた。


「「「「お供いたします」」」」

「付いてまいれ!」


河原でよく相手をしてやった傭兵らであった。


自由気ままな傭兵らには、朽木のやり方は窮屈で仕方なかったらしい。


家臣にしてやると言われても断っている連中だ。


亀の陣のように固まっていては自慢の槍が揮えない。


しかし、紹其(しょうき)様の腕には惚れていた。


「我に続け!」


紹其(しょうき)様はそういうと右から押し上げてくる兵らを押し潰した。


青竜刀を振る度に敵兵が飛ぶ!


「野郎ども、紹其(しょうき)様に負けるな!」

「「「「「「うおぅ!」」」」」」


右が終われば、次は左と敵兵にぶつかる。


近づく敵を青竜刀でバッタバッタと殴り倒した。


見慣れた兜が後ろに見えた。


『薄汚いドブ鼠め! 殺されたくなければ、そのまま後に隠れておけよ』

『おのれ!』


敵の副将である粟屋 元隆(あわや もとたか)が挑んできた。


しかし、それを止めようと周りの武将が駆け寄ってくる。


『お止め下され!』


敵の大将が紹其(しょうき)様の首を取ってくるように叫んだ。


『あの武者を討った者には褒美は思いのままぞ!』


欲に釣られた武将が襲い掛かってきた。


しかし、紹其(しょうき)様はそんな雑魚を歯牙にもかけない。


『次は誰だ!』


流石、紹其(しょうき)様、どこまでも付いてゆきますぞ!


どいつも雑魚ばかり、紹其(しょうき)様の敵ではない。


あっ、マズい!


気が付くと敵に囲まれていた。


味方の傭兵達が次々と倒され始めていた。


一人で敵わないと思ったのか、一斉に襲い掛かってきたのだ。


一人二人では相手にならんが、囲まれると厄介だ。


お助けに行きたいが、わたくしも手一杯だ。


紹其(しょうき)様、拙うございます。お逃げ下され!」

「ははは、引きたいのは山々であるが、どうしたものか!」


絶体絶命、ここが死に場所かと腹を括ったその時、突然に道が開けた。


「一人だけ死ぬなど許さんぞ」

「そうですぞ! 兄上」


先に逃げたハズの武田武士が戻って来た。


助かった!


そのまま一当てすると反転突破で抜け出して、本隊と合流した。


危なかった。


戦が終わると、菊童丸様が怒られた。


「この馬鹿者が、俺の策を駄目にするつもりか!」

「申し訳ございません」

「誰が殿(しんがり)をしろと言った」

「言っておりません」

「おぬしを失えば、戦に勝っても俺は大損だ。この程度の(いくさ)で死んで貰っては困るのだ。以後、勝手に死ぬことはならんぞ!」

「畏まりました」


確かに紹其(しょうき)様が殿(しんがり)を買わなければ、傭兵に多少の被害が出たかもしれないが、絶体絶命の危機に陥ることはなかった。


菊童丸様の言われる通りだ!


粟屋 元隆(あわや もとたか)如きに、紹其(しょうき)様の首をくれてやるのは惜しすぎる。


今回は反省だ。


忘れぬように日記に書いておこう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 捕虜とした傭兵たちはよく言えば食客。悪く言えば有名百貨店の 包装紙かな。飼っておけば何かの役に立つし、無くしても とりあえず惜しくない。 降ってくれれば一番だ…
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