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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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71.上桂川の戦い(2)

俺は園部川の東にある谷間の内林の街道沿いに陣を張った。


街道沿いに林が迫っているので大軍が通り難い場所になっている。


早朝、波多野氏が集結している天神山から園部川を渡河するとまっすぐに攻めてきた。


山を越えて曽我谷から挟撃するとか?


夜の間に少し迂回して上桂川の下流から裏を狙うとか?


兵に余裕があるので色々な戦略があると思うのだが、色々と対策を考えている俺が馬鹿に思えた。


うおぉぉぉぉぉぉぉ!


波多野軍18,000人の兵が一斉に襲い掛かってきた。


俺は陣幕の中でゆっくりと温かい朝食を食べていた。


俺と一緒に食事をしているのは六角の方々だ。


こんな事もあろうかと、日が出る前から起きていた。


尤も他の者は仮眠だけで夜通しで陣を構築していたから、ぐっすり寝させて貰ってちょっと申し訳ない。


土木作業は別所 治定(べっしょ はるさだ)に任せれば、そつなくこなしてくれる。


非常にありがたい。


「菊童丸様、敵が攻めて来ました」

「見れば、判る」

「(波多野)稙通(たねみち)も礼儀がなっていない!」

「最低でも使いを送る所ですな」

「何を考えているのか?」

「有無を言わせずに、朽木を倒すか?」

「挑発する為に(朽木)稙綱(たねつな)の副官に紹其(しょうき)武田 信豊(たけだ のぶとよ))を置いたのが無駄になってしまいましたな」

「そう言えば、向こうの副将は粟屋 元隆(あわや もとたか)であった」

「丹波制圧の余勢で若狭の遠敷郡を攻めるつもりなのでしょう」


六角の家臣衆に波多野への冷たい声が上がっていた。


そもそも去年の謀反で若狭を追い出された粟屋 元隆(あわや もとたか)の訴えを管領(晴元)が認めたことから始まっている。


(粟屋)元隆(もとたか)の願いは、遠敷郡の復権である。


丹波制圧の褒美として、若狭に攻めるのを許可する予定だったのだろう。


正確には、若狭武田に復権を認めるように管領から指示が出され、拒否すれば、そのまま若狭に攻め込むのだろう。


その際は朝倉も付いてきそうだ。


(波多野)稙通(たねみち)があいさつに来た場合に備えて、俺は(粟屋)元隆(もとたか)を追い出した張本人である紹其(しょうき)を副官に配置していた。


六角の家臣が言った通り、挑発が無駄になった。


「森にも罠を仕掛けたそうですな!」

「あれは、ちょっとした悪戯です」

「一晩で陣を作るのも面白い」

「ただ土を盛っただけです」


落とし穴を掘って、掘った土を土嚢に入れて積み上げて陣地とした。


スコップが大活躍だ。


鉄製の道具があるかないかで段違いの効率を発揮する。


「交渉が見られないのが残念と思っておったのですが………」

「私も同席する訳にはいきませんので同じです」

「そうでしたな。菊童丸様もここにはいらしゃらないのでしたな」

「私は京で臥せっておりますし、六角の方は田原城にいらっしゃることになっております」

「まったくです。(波多野)稙通(たねみち)が田原城まで同行すると言えば、戦を回避できたのに!」

「下野守のおっしゃる通りですが、それでは戦いを見せるという約束が果たせません」

「ははは、そうでしたな」

「すでに策は見せて頂きましたぞ」

「この様子ならば、対馬守(三雲 定持(みくも さだもち))にもご満足頂ける戦いをお見せできるでしょう」


軍議をすべて見せているので、六角の方々は朽木の策をすべて知っていた。

後は俺が言った通りになるかどうかを見聞するだけだ。

(三雲)定持(さだもち)は誘い出す策に興味を持ち、(蒲生)定秀(さだひで)は武将が足軽と共に下馬して戦うことに興味を持っていた。


流石、六角の家老らだ。


どちらも貪欲に朽木を観察してくれている。


二人もまだ悠々とゆっくりと飯を食っていた。


(三雲)定持(さだもち)も甲賀衆を連れてきており、村雲党と連絡を取り合って周辺の状況を把握している。


もしかすると俺より詳しいかもしれない。


「(波多野)稙通(たねみち)はもう少し慎重な武将と思っておりましたが、意外と短気でしたな」

「少数相手なら力押しでよいと思ったのでしょう」

「朽木を叩きのめしてから会談に応じるつもりですか?」

「おそらく」

「舐められていますね」

「1,000ですからな!」


森の迂回に備えて、山県 盛信(やまがた もりのぶ)武田 信実(たけだ のぶざね)に200人ずつ与えて左右を守らせていた。


本陣は(朽木)稙綱(たねつな)に100人を残し、前線を(別所)治定(はるさだ)紹其(しょうき)が武田の兵50人を引き連れて、500人の傭兵を使って防衛戦を引いていた。


別所 静治(べっしょ せいじ)には、別の傭兵500人を預け、上桂川の下流に配置したので、今回も戦なしの貧乏くじを当てたらしい。


いやいや、蜷川城(にながわじょう)を守るという大切な役目だ。


敵が迂回挟撃の策を取った場合、少数で敵を足止めするという重大な役目だった。


「暇でござる」


そう、叫んでいそうだ。


さて、一晩中掛けて作った落とし穴に足を取られて波多野軍は混乱していた。


「落とし穴だけでも、随分と時間が稼げるのですな!」

「単なる時間稼ぎですよ」

「しかし、隊列を崩すには十分な効果がありそうですな」

「それが狙いです」


穴を掘って白麻布を被せているだけで面白いように落ちてくれていた。


安全なのは街道である。


しかし、この道は狭く、人が二・三人通れるくらいしか通れない。


そこを進んでくる敵は矢のいい的であった。


土御門五人衆が騎乗の武者を狙い、今日もいい働きをしてくれていた。


「菊童丸様、敵が痺れを切らして、左右の山を越えて兵を進めて来ました」

「そうか、相判った」


俺が頷くと、(朽木)稙綱(たねつな)も頷いた。


「全軍、撤退。一気に退くぞ!」


俺は普段付けない総面(そうめん)を付けると、馬に乗って撤退を開始した。


俺と一緒に(三雲)定持(さだもち)と(蒲生)定秀(さだひで)ら六角の兵20人も下がっていった。


左右に散っていた山県 盛信(やまがた もりのぶ)武田 信実(たけだ のぶざね)も戻ってきた。


「菊童丸様、この戦は詰まらんです!」

「まったくです」

「俺に文句を言うな。向こうに言え!」


退路に障害は用意していない。


(別所)治定(はるさだ)紹其(しょうき)は何度も一当てしては撤退を繰り返す。


お蔭で俺らは余裕で船岡の東まで逃げることができた。


しかし、(別所)治定(はるさだ)紹其(しょうき)は一当てしている間に左右に散った敵が追いついてきた。


「(別所)治定(はるさだ)殿、先に退いて下され!」

「大丈夫ですか!」

「守護になって以来、先陣で(いくさ)をさせて貰えんようになってのぉ。暴れたらんのよ」

「御武運を!」


(別所)治定(はるさだ)が先に行かせると、紹其(しょうき)は腕自慢の傭兵100人を従えて、馬を返して左右の敵に挑んでいった。


「死にたい奴は掛かって来い! 我と思わん奴はいないか!」


紹其(しょうき)は自ら殿(しんがり)を買って出たのだ。


余程暴れ足りなかったのだろう。


紹其(しょうき)は得物に青竜刀を選んだ。


美髯公(びぜんこう)でも生やしてみるか!」


などと冗談を言うと満更(まんざら)でもなかったのか、最近は髭を切らずに伸ばしている。


おいおい、冗談だぞ!


鐙を付けた馬上は安定がよく、青竜刀が勢いよく振り回せる。


紹其(しょうき)の働きは一騎当千であり、見る者を魅了したという。


花に魅せられて、蜂が群がるように敵が集まった。


「しまった」


紹其(しょうき)がそう叫んだそうだ。


周囲を取り囲まれて絶体絶命だった。


「一人だけ死ぬなど許さんぞ」

「そうですぞ! 兄上」


先に逃げたハズの武田武士が戻って来た。


山県 盛信(やまがた もりのぶ)武田 信実(たけだ のぶざね)が叫んだ。


一閃で囲いを突破すると、紹其(しょうき)を拾って反転突破した。


『『『逃がすな!』』』


敵の大将らが慌てて追撃の檄を飛ばした。


朽木で預かっている武田武士は、内政のできない脳筋ばかりだ。


前守護の危機に身を捨てて飛び込む馬鹿ばかり、しかも皆が強い。


わずか50人と思えない突破力を持っていた。


紹其(しょうき)の周辺を食い破ると、すぐに反転して撤退に成功した。


「ははは、今の危なかった」

「敵中、反転とは、中々に楽しかったです」

「お主ら、死に掛けたのが判っておるのか!」

「儂はただの隠居だ。死んでも誰も困らん」

「叔父上と兄上、勝手に死ねと菊童丸様がお怒りなりますぞ」

「ははは、そうであるな!」


敵に囲まれながら逃げてくる武田の将は豪胆だ。


力自慢の傭兵も40人まですり減っていた。


本当にギリギリの死線を越えて戻ってきた。


こいつら、策を理解していない。


 ◇◇◇


波多野 稙通(はたの たねみち)は突撃を命じてからしばらくの膠着にイラついた。


「落とし穴には盾を置いて橋とせよ」


副将の粟屋 元隆(あわや もとたか)が指示を出していた。


それでも軍が一向に進めない。


指揮を取っている武田 信豊(たけだ のぶとよ)の指示が正確なのだ。


我慢できずに(波多野)稙通(たねみち)は左右両翼に林と山を迂回して兵を進めるように言った。


林と山にも罠があったが軍の侵攻を止めることができなかった。


左右が抜けたと報告と同時に、前面の敵が敗走した。


「逃がすな!」


波多野軍全軍で追い立てた。


(武田)信豊(のぶとよ)殿(しんがり)をしており、味方の被害が甚大であった。


ちらりと目が合った。


『薄汚いドブ鼠め! 殺されたくなければ、そのまま後に隠れておけよ』

「おのれ!」

「お止め下され!」


(粟屋)元隆(もとたか)が飛び出そうとするのを家臣らが止めていた。


「あの者を捕えよ」


(武田)信豊(のぶとよ)が大将ではないが、軍の要であることは間違いない。


あの者を討てば、勝利は覆らないと心が叫んでいた。


包囲が完成し、勝ったと思った瞬間に綻びが入った。


「逃がすな! 追え!」


ここまで追い詰めて逃がしては武士の恥と、(波多野)稙通(たねみち)は馬を走らせてしまっていた。


 ◇◇◇


(朽木)稙綱(たねつな)は先に戻ってきた傭兵を立て直して陣形を整え直した。


追い駆けて来た波多野軍から見れば、上桂川を背にする『背水の陣』のように見えているかもしれない。


しかし、指揮を高める為の『背水の陣』ではない。


「18,000の追撃戦は迫力ですな!」

「対馬守殿、もう少し川上に居られた方が安全ですぞ」

「菊童丸様はここに?」

「何もしませんが、ここです」

「ならば、我らもここで結構です」


(三雲)定持(さだもち)は平然とそう言ったが、他の者は川上に避難したそうな顔をしていた。


本当に全軍の18,000人が追い駆けてきているとは思わないが、1万以上が釣れた。


予想以上だ。


紹其(しょうき)と(山県)盛信(もりのぶ)と(武田)信実(のぶざね)と50人の武田衆と生き残った傭兵40人の手柄と言える。


境界を越えた瞬間、(朽木)稙綱(たねつな)が太鼓を鳴らさせた。


ドン、ドン、ドン!


山沿いに身を隠していた1,000人の朽木の兵が一斉に立ち上がった。


そして、身に纏っていた麻布を落とした。


雪の塊と思っていた物が敵に変わった。


敵の足が鈍った。


朽木の得意とする『亀の陣』を引いて敵に横槍を入れる。


『反転、押し返せ!』


紹其(しょうき)が吠えると、体制を直した傭兵1,000人も反撃を開始した。


うおぉぉぉぉぉぉ!


突然に現れた朽木に波多野の兵は肝を冷やし、後ろから追い上げてきた味方に押し上げられて引くに引けない。


「堪えろ! 一人足りと通すな!」


朽木に突撃しようとする敵が次々と討たれてゆく。


騎馬武者も長槍の一撃で撃沈だ。


随分と長槍の捌きも巧くなってきた。


押してもビクともしない壁に波多野軍の兵が焦るのが見えた。


船岡に入ってくる敵が途切れた所で銅鑼がなった。


ジャン、ジャン、ジャン!


うおぉぉぉぉぉぉぉ!


逆側面、波多野軍からすれば背後から朽木の兵1,000人が立ち上がった。


さらに、その後方の山の裾に隠してあった騎馬隊150騎が波多野軍の後背に突入した。


京の『冬の御殿』の建設の為に、荷馬車用の馬を大量に仕入れたことで、遂に100騎の大台を超えた。


10頭一列で進む騎馬隊が後方をかき乱す。


15匹の龍が暴れた。


これは恐怖だ。


左右に『亀の陣』で壁を作られた敵は逃げ場を失った。


川と山を使った完全包囲だ。


上桂川に飛び込みたい奴は飛び込めばいい。


雪解け前だが、意外と川底は深い。


冷たい川を泳いで渡りたい奴まで止める気はない。


山を回って迂回をさせるつもりもない。


山の中には傭兵300人を背後に回られないように投入している。


残り200人は朽木の兵の後背を守らせている。


もちろん、山の中を逃げる奴まで追うつもりはない。


しかし、10,000人以上が逃げられる道でもない。


後背の15匹の龍の中を通り抜ける勇気があるなら挑戦すればいい。


一番可能性の高い逃げ道だ。


但し、兜を被った武将は狙われ易い。


敵の士気は一気に下がった。


形勢は逆転した。


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