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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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閑話.胡蝶の夢。

天文9年1月1日(1940年2月8日)、某(蒲生 定秀(がもう さだひで))も将軍義晴の『拝賀の礼』に招待された。


新年から将軍にあいさつに行くなど幕臣のやることであり、某は将軍よりお館様(六角 定頼(ろっかく さだより))にあいさつに向かうのが慣例であった。


しかし、此度はお館様も招待されているので参加することにした。


やはり幕臣を除くと管領(細川晴元)様とその家臣の方が多い。


次に多いのは地方の守護や守護代、地頭などの名代(みょうだい)である。


新年のあいさつを終えると、公方(将軍足利義晴)様が退出される?


周りがざわついた。


どうやら昨年までは退出されずに宴会に突入していたらしい。


しばらくすると、管領(晴元)様とその家臣の数人も退出されてゆく?


「管領様は『冬の御殿』にお入りになられたようです」


連れてきた家臣がそう教えてくれた。


さらに待たされた後に、お館様にお声が掛かった。


どうやら我々も『冬の御殿』に招待してくれるらしい。


御殿の扉を開いた瞬間、まるで春の息吹のような温かな風が通り過ぎた。


御殿の中は春であった。


不思議な館だ?


先に歩く御用人に聞くことにする。


「この館はどうなっておるのか?」

「詳しくは知りません。朽木に行かれていた奥方が所望されたと聞いております」

「随分と待たせたのと理由があるのか?」

「管領(晴元)様の接待がありましたゆえに」


管領(晴元)の接待は公方様が行い、六角の接待は嫡男の菊童丸様が行うらしい。


管領(晴元)の方が六角より上か。


こういうあからさまな格付けは気に食わんな。


待たせた理由は、伊勢 貞孝(いせ さだたか)蜷川 親世(にながわ ちかよ)があいさつを終えて出てくるのを待っていたからだそうだ。


部屋に入ると、菊童丸様が出迎えてくれた。


菊童丸は5歳とは思えぬ落ち着きがあった。


この威厳、尊氏(たかうじ)公の再来と噂されるだけのことはあるようだ。


伊勢守が一言あったが、菊童丸様が止められて食事が運ばれてきた。


しかし、美味い!?


将軍はこれほど美味い物を普段から食しているのか?


六角を格下と侮ったのは許せんが、これは招待を受けて正解だ。


海の幸山の幸が贅沢に、しかも見た事もない料理として並んでいる。


美味い、箸が止まらん。


酒も上等だ。


随分と透き通っておるな?


「この酒はまだ完成しておりません。出来が良い物を朽木から持ってきました」


朽木でこの酒を造っておるか?


益々、欲しい土地じゃ。


美味い物が終わると、甘い菓子が出てきた。


「カステラという南蛮菓子でございます」


これも甘美味い。


 ◇◇◇


六角を格下とされたことを忘れることができる料理の数々であった。


それが終わった瞬間、菊童丸様の言葉に耳を疑った。


朽木を譲渡するだと?


話を聞けば、納得………納得はできんが断腸の思いであることが判った。


苦労して手にいれた土地をあっさりと渡す。


朽木と六角が争えば、双方が傷つき、間違いなく幕府の威光が下がるのは判る。


だが、思い切った決断をする方だと思った。


進藤 貞治(しんどう さだはる)後藤 賢豊(ごとう かたとよ)はまだ納得いかない様子で、裏があると勘ぐっていた。


裏などない。


器が大きいのだ。


この子は領主などではなく、『将軍の子』なのだ。


幕府の損得勘定で行動している。


民部少輔(朽木 稙綱(くつき たねつな))が惚れきっているのが手に取るように判った。


一方、伊勢守は諦めている顔だ。


世間では、伊勢守や民部少輔が裏で糸を引いているというが違う。


明らかに違う。


天下を語る者も操ることなどできぬ。


「六角は天下無双の韓信を得る劉邦となるか、自らの武を誇る項羽を目指すか?」


お館様が試された?


そうか、菊童丸様は静かに怒られているのだ。


管領(晴元)は幕府を支えるのが仕事であり、幕府を支える者同士を戦わせることを憂いていた。管領(晴元)を秦になぞらえて、お館様に劉邦となるか、項羽となるかと問われていたのだ。


「六角の天下とは如何に?」


乗ったのか?


お館様も天下を口にされた。


お館様が決意されたこの場にいたことを誇らしく思った。


 ◇◇◇


話が終わると、再び酒と肴が出てきた。


今度は趣向の違う酒だ。


「今、造らせている別の酒です。お試し下さい」


なんと!


これは辛い、辛旨い。


「飲み過ぎには、ご注意下され!」


菊童丸様がそう言われたが旨すぎて手が止まらん。


進藤 貞治(しんどう さだはる)後藤 賢豊(ごとう かたとよ)が随分と酔われているようだ。


「菊童丸様に~~、お聞きしま~すぞ」

「なんなりと」

「六角の天下とはどういうものでございますか?」

「一言でいうのは難しいです。しかし、山城守殿(進藤 貞治(しんどう さだはる))には備前・備中を治め、大内・四国九州を睨んで貰わねばなりません」

「某を守護にして頂けるのですか?」

「胡蝶の夢です。したいと思っておりますが、できるとは限りません」

「某はどこを頂けますか」

「但馬守(後藤 賢豊(ごとう かたとよ))は因幡・美作・伯耆を治めて頂き、尼子・博多・津島を見張り、明・南蛮の貿易をお願いしたいと思います。船で大暴れして貰うことになります」

「某は異国と戦ですか?」

「そうなります。次に下野守(蒲生 定秀(がもう さだひで))は一族を連れて下野・常陸に移って貰い、関東管領代に就いて頂きたい。名ばかりの上杉を神輿に乗せ、北条と長尾を引き連れて、関東・奥州・蝦夷を見張って貰いたいと思っております」

「随分と気前がよろしいのですね」

「胡蝶の夢と最初に申したではありませんか! 夢でございますよ。わたくしは日の本を平定する為に、各地に出向きますので、(まつりごと)は六角殿にお任せしたい。そう考えております」

「大きな夢でございますな」

「まず、畿内を治めねば、何もはじまりません」

「ははは、俺様も守護になれるそうだぞ」

「聞いておる。聞いておる」


進藤 貞治(しんどう さだはる)後藤 賢豊(ごとう かたとよ)が上機嫌で酒を飲み進めた。


どうやら、この酒は旨すぎるようだ。


気が付くと朝になっておった。


この御殿は温かく気持ちよく眠れた。


帰る前にあいさつに赴く。


「昨日のことは夢でございます。決して口に出されませぬようにお願いします」


念を押された。


この後の段取りも話され、まだ酔っておられるのかと思いたくなった。


 ◇◇◇


領地に戻ると、雪解けを待って丹波攻めの準備が忙しくなった。


今年はじめの評定で、兵の数を8,000とするとお館様が決められた。


対馬守(三雲 定持(みくも さだもち))が目を白黒させて異議を申し立てる。


「朽木を舐めてはいけませんぞ。全軍がよろしい。せめて2万は用意せねば、痛い目にあいますぞ」

「朽木如きに何を恐れる」

「山城守殿、それは違いますぞ」

「朽木が六角に下らないというならば、それから増援を呼べばよかろう。丹波に入る道は山道が多く、大軍が進むには厄介な地形をしておる。8,000でも多い」

「某にお任せ下され。某に朽木も内藤も下して参りましょう」

「但馬守殿、朽木はそれほど弱くありませんぞ」

「存じておる。儂が調べた所、高島の領主は支配されて日も浅く、朽木に従うか怪しい。そうでありましたな!山城守殿」

「如何にも。朽木が逆らうのであれば、軍を一度止めて調略によって高島の領主を寝返らせる方がよろしいであろう。違いますか?」


対馬守(三雲 定持(みくも さだもち))はそれ以上の討論を避けた。


当然であった。


山城守の策が正論なのだ。


通行に際して、高島は六角に下って軍に参加を要求する。


高島が軍門に下るかによって対応が変える。


はじめから潰すつもりなのは対馬守(三雲 定持(みくも さだもち))だけだ。


管領(晴元)と密約を交わしているのは対馬守(三雲 定持(みくも さだもち))であり、六角は丹波制圧の援軍に行くのが建前なのだ。


すでに、朽木が下ったことを知らない対馬守が警戒するのは当然のことである。


こうして、山城守の策が認められ、評定が終わった。


「では、各々方、陣振れを2月1日とし3日に出立でよろしいな」


六角軍が高島に到着するまでに正式な返答がなければ、改めて全軍に号令を出すことになった。


対馬守がさっそく高島をどう分配するという話を始めた。


これが噂となって、高島はすべて接収されると高島に流れるのだろう。


菊童丸様が言った通りに対馬守が行動し始めた。


背筋が寒くなってきた。


『六角も管領に騙されたのです。少しくらい騙し返してもよろしいでしょう』


菊童丸様の言葉が脳裏に蘇った。


 ◇◇◇


物見の知らせが届いてきた。


朽木は六角と戦うと主張することになっていると言う?


高島は懐疑的だ。


高島が六角と戦うかどうか?


混乱に乗じて山城守殿は高島の領主の調略をはじめた。


これで管領と対馬守はすべて巧く進んでいると騙されるのか!


敵を騙すのはまず味方からというが?


高島の者は何も聞かされていないのだろう。


あれでまだ5歳、あれは末恐ろしい方になるかもしれん。


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