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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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66.虎穴に入らずんば虎子を得ず 。

天文9年1月1日(1940年2月8日)、俺、菊童丸は数えで5歳になった。


やっと動けるようになってきたので、今年は体を鍛えなければと思っている。


剣術のできる体に作り変えるぞ。


さて、今年も将軍義晴の横に座り『拝賀の礼』に一緒に参加することになった。


5日前に母上が帰って来て、朽木御殿(仮)を改め、『冬の御殿』にさっそく籠った。


母上は『冬の御殿』から一切出て来ないという徹底ぶりだ。


暖を取りに母上の客が毎日のように通ってくる御客が日に日に増えていないか?


父上も政務を『冬の御殿』に移すという始末だ。


流石に大正殿のような広さはないので年始のあいさつを『冬の御殿』で終わらせる訳にいかなかった。


「寒いのぉ、早く終わらせるぞ」


今年のあいさつはスムーズに進められた。


あいさつが終わると、俺は六角 定頼(ろっかく さだより)進藤 貞治(しんどう さだはる)後藤 賢豊(ごとう かたとよ)蒲生 定秀(がもう さだひで)を改めて呼び寄せた。


小正殿には、朽木 稙綱(くつき たねつな)伊勢 貞孝(いせ さだたか)蜷川 親世(にながわ ちかよ)が控えていた。


定頼らが俺に頭を下げた。


「弾正少弼(六角 定頼(ろっかく さだより))、なぜ呼ばれたか判っておろう」

「存知上げませぬ」

「戦仕度は何の為だ?」

「内藤討伐の為でございます」

「戯言を申すな!」

「それ以外に何がありましょうか?」


貞孝(さだたか)のおっさんの問いに答えるつもりはなさそうだ。


(六角)定頼は家臣団を観音寺城に集めるための城割を命じた守護であり、あの『楽市』をはじめたのも(六角)定頼だと伝わっている。


俺の予想ではかなり革新的な人物と思った。


だから、招待したのだ。


本来なら、『冬の御殿』の大正殿で(管領)晴元と一緒に酒や食事を出す予定だったが、敢えて俺が六角らを招くことで場所を作ったのだ。


「伊勢、もうよい」

「しかし、菊童丸様」

「俺がよいと言っている」


パン、パン、手を2度叩くと襖が開いて料理が運ばれてきた。


「今日、呼んだのは大した用事ではない。俺が開発している朽木の料理を振る舞おうと思った。楽しんでいってくれ!」


温かいお吸い物からはじまり、山と海の幸をごちそうする。


焼き鯖もあれば、卵焼きもある。


醤油にポン酢、マヨネーズなどを好きなように使わせる。


そして、小浜の商人を驚かせた肉料理に続き、締めは茶わん蒸しを出しておいた。


使っている器はすべて捨の作品だ。


料理が終わると、デザートにカステラを出す。


本物のカステラかどうかは怪しいが、朽木には小麦も卵も砂糖もはちみつもある。


甘味が貴重なので、普段は小麦から水飴を使って甘味に使っているが、(六角)定頼をもてなすのに砂糖をケチっては意味がない。


うどんやパスタやピザも用意することもできるが、少し突飛過ぎるので遠慮させた。


トマトが欲しいな!


定頼らは料理を出す度に驚いていた。


「どうでした?」

「このような歓迎があるとは思ってもおりませんでした」

「感じ入って貰ってありがたい。朽木を失うとこれが食べられなくなる。俺は困るのだ」

「さて、さて、何の事でしょうか?」

「回り諄い話は嫌いだ。単刀直入に言うぞ。朽木ごと、高島を買い取って頂きたい」


はぁ?

(六角)定頼を始め、六角家老の(進藤)貞治、(後藤)賢豊、(蒲生)定秀も意味が判らないとばかりに目を丸くする。


「朽木が欲しいのであろう。くれてやるから、俺ごと一緒に世話をしろと言っている」

「一体、何を?」

「管領晴元と示し合わせて、東西から朽木を攻めるつもりあろう。荒らされて堪らん。荒らされるくらいなら全部くれてやる。貰いたくないか?」

「いや、いや、いや、意味が判りませんぞ」


後の家老達も“そうだ、そうだ、意味が判らん”と頷いている。


「弾正少弼殿(六角 定頼)、菊童丸様の考えを理解するなど無理ですぞ」

「新右衛門尉殿、それはどういう意味ですか?」

「我らも言っている意味が判らん。折角、手に入れた高島を唯でくれてやるとは気前が良すぎて我々も理解できません」

「それで良いのか?」

「菊童丸様がそう決められたなら従うまででございます」


今度は朽木 稙綱(くつき たねつな)が断言した。


「民部少輔殿、理解できぬのにそれでよろしいのか?」

「下野守様(蒲生定秀)、菊童丸様が言われることが絶対でございます」

「絶対ですか?」

「絶対です。菊童丸様の命です。弾正少弼様がこのまま朽木を治めよとおっしゃって頂けるのならば、六角の先陣は朽木が取らせて頂きます」

「六角の為に働くというのですか?」

「菊童丸様の命です。働きましょう」

「本当に一戦もせずに、よろしいのか?」

「菊童丸様が最善と申しております」


六角家老達が首を横に降る。


理解できない。


(六角)定頼はしばらく黙ったままで俺を見続けている。


「理解し難い? 少し頭を使ってみよ。六角は幕府の忠臣であろう。朽木と争って何の得がある。幕府にはないぞ。周りが喜ぶだけであろう。それくらいなら高島ごと朽木をやった方が幕府に益があるというものだ」

「なるほど! だが、朽木や高島が従いますか?」

「某は依存ありません。菊童丸様が決めたことなら従いましょう」

「高島の領主はどうだ」

「俺に逆らって、六角に喧嘩を売る馬鹿がいるか?」

「ふふふ、おりませんな」


ふっ、やっと目が笑った。


俺が言っている意味が理解できたようだ。


貞孝(さだたか)のおっさんでも納得するまで半日掛かったから、(六角)定頼(さだより)の方が領地経営を理解しているようだ。


「して、戦をすると六角はどうなりますかな?」

「そうだな!? 朽木と六角が本気でぶつかって、まず朽木は全滅だな」


(六角)定頼(さだより)と家老らも頷いた。


「六角も3万の兵を失う。さらに浅井が反乱を起こし、それに乗じて(管領)晴元の切り崩しもあるから、領地は半分に減るという所か」

「六角を愚弄するか!」

「山城守(進藤 貞治(しんどう さだはる))、この御殿に入ってどう思った。今、食した馳走を食べて何を察した。朽木はただでは負けんぞ。だが、朽木と六角を潰して、誰が得をする。幕府は大損だ。だから、くれてやると言っている」

「将軍嫡男だからと言って、六角を侮るな!」

「高島3万を討ち破ったのは偶然ではないぞ。その目で見たいか、俺の天下無双を!」


(進藤)貞治が俺を睨み付ける。


ここが勝負所だ!


「このまま領地経営を俺に託すなら、六角は大きな力を得る」

「菊童丸様、何の事ですか?」

「俺の知恵で六角に天下を取らせてやろう! 六角は天下無双の韓信を得る劉邦となるか、自らの武を誇る項羽を目指すか?」


(六角)定頼(さだより)はただ俺を睨んでいる。

(進藤)貞治は目を白黒させていると、横の(後藤)賢豊(かたとよ)が声を荒げた。


「何を言っているのだ?」

「項羽と劉邦を知らんのか? 項羽は天下無双の韓信を股くぐりと嫌い、漢を築いた劉邦は元帥にして天下を取った。六角の天下はいらないのか?」

「自惚れるな!」

「自惚れたことなど、一度とてない。俺はいつも100戦して100勝なのだ。負ける戦などやらんぞ。それが判らんのか?」


はったりもいい所だ。


(六角)定頼(さだより)に天下を狙う気があるか、ないか?


あるなら拾え!


「六角の天下とは?」

「俺が将軍になった時点で管領代となって頂く。そして、俺(将軍)と管領を神輿に上げる。刃向かう者は俺が切り捨てる。日の本は六角が好きにすればよい。俺が願うのは『天下の静謐(せいひつ)』だ。誰が天下人でもかまわん」

「管領晴元様ではいけませんか?」

「駄目だな! 平地に乱を起こす者は管領としての資質に欠ける。神輿に上げて実権を奪ってやった方が幸せだ」

「私にそれほどの価値がありますか?」

「定頼以外に天下人の器量がない。やってもらえんか?」

「どれほど頂けますか?」

「先の事は知らん。まずは年貢を納めさせよう。さらに、戦で先陣を引き受けよう。手始めに丹波制圧は朽木のみで為してみせようか。六角は朽木で兵を休めて頂こう。戦目付けは付けて貰えるとありがたい」

「それは心強い」

「ところで、朝廷領と幕府領も差し出した方がいいか?」

「いいえ、それは遠慮しましょう」


よし、勝った!

六角は戦わずして、高島を手に入れた。

俺は支配権のみ手元に残った。


「貞治、賢豊、定秀、異存はないな!」

「丹波制圧の手並みを見てからとしましょう」

「山城守に同意いたします」

「うむ、定秀はどうだ」

「よろしければ、戦目付けを某に」

「任せた」

「ありがたき幸せ」

「狡いぞ。我が家の者も連れてゆけ!」

「某もだ」

「承知」


これで雪解けを待って六角は朽木を攻め上がる。


朽木はその場で降伏し、これで六角は管領晴元との密約を果たしたことになる。


そして、降伏した朽木は先陣を承って丹波に攻める。


さて、その先はどうなるのやら?


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