64.大内の九州進出と大内・朽木同盟。
(伊勢)貞孝のおっさんが、まずは(謙道)宗設に苦情を言った。
「偽書によって迂闊に動かれたことに非難させて頂きますぞ。幕府は非常に困ったことになっております」
「まずは謝罪させて頂きましょう。しかし、話を聞いて、逆に利用できるのではないかと思った所存でございます。策を弄するということは朽木、否、幕府を恐れての所業と考えました。ここはどうか大内をご利用下さいませ」
宗設がそう言ってにやりと笑った。
こいつも策士だ。
宗設曰く、大内が否定すれば、まだ別の策を考えるのみであり、管領(細川)晴元は痛くも痒くもない。
策に乗れば、逆に相手の逆手を取ることができる。
大内も協力するので管領(細川)晴元を逆に嵌めてやりましょうと誘ってきたのだ。
「若狭武田、朽木の後に大内が控えているのは悪くないと思いますが、いけませんでしたでしょうか」
「いかんに決まっておる。手紙の一通でも先に送るべきであろう」
「それは申し訳ない」
貞孝のおっさんの苦情にも宗設は飄々としていた。
要するに、大内にとって都合がいいから便乗したのだ。
下手に連絡を取って断られたくなかったというのが本音だろう。
すでに大内・若狭武田・朽木の同盟は存在しているとして動き出している。
否定しても得るものがない。
すでに大内陣営に朽木と若狭武田が組み込まれている。
宗設は狸だ。
「宗設殿、この手紙はお返しさせて頂きます」
朽木の当主稙綱が嫡男の晴綱に代わって手紙を返した。
「改めて同盟を結びませんか?」
「申し訳ございません。幕府より戒められておりますゆえ」
「幕府としては、『尼子包囲網』など認める訳にいかん」
「伊勢守、これは大内と朽木の問題ではございませんか?」
「朽木は菊童丸様の直臣である。尼子は幕府に従うと言って上洛すると伝えてきておる。逆臣ならいざ知らず、従うと言って来ている者をみだりに敵にすることは許さん」
「そうでございますか。仕方ありません」
貞孝のおっさんも儂の目の黒い内は勝手なことはさせんと睨み付けている。
やれやれといった感じか!?
宗設は返された手紙をまずは懐にしまう。
「伊勢守様、若狭武田と朽木はお味方と思って間違いございません」
「民部少輔(朽木稙綱)殿、ありがたいお言葉」
「当然だ。まずは尼子と安芸武田に停戦の使者を送ろう」
「伊勢守様に感謝致します」
「よいか! (朽木の嫡男)晴綱殿からの手紙は何者かがねつ造した偽書であった。朽木が明貿易の独占など根も葉もない噂であり、本物と勘違いして幕府からお叱りを受けたということでよろしいな」
「次に我らは吉侍者(六角 定頼)様と会うことになっております」
「吉報をお待ちしていますぞ」
「よき会談になるとよろしいと思っております」
「ははは、大内の忠臣を期待しておりますぞ」
「しかし、停戦のみでは心もとないですな?」
「和議がなるかは大内の心得次第でござろう」
下らない掛け合いが続く。
食材購入の値引き合戦に似ている。
お互い値を吊り上げることに必死である。
吉川にも停戦の使者を送ることになり、石見銀山の返還要求が加わった。
大内4、尼子3、幕府3だ。
ちゃっかりしている。
合意しないなら絵に描いた餅だ。
「幕府の威光は上がっております。六角もお味方にしたいでしょう」
「六角は元々、幕府の忠臣ですぞ」
「これは失言でございました」
「嘘、偽りなく、六角等々にお伝え下され!」
「伊勢守様は御用米といい、商売がお上手だ。大内も朽木も武田も幕府の忠臣ですな」
「それが双方の為によろしいかと」
「まったくでございますな」
大内として、まだ物足りないらしい。
貞孝のおっさんは停戦命令だけで十分に釣りがあるだろうと思っている。
宗設はもう少し何とかなりませんか?
(そうでないと六角の談議で肝心なことを忘れてしまいますよ)
と中々に引かない。
狐と狸の化かし合いが続く。
去年の天文7年(1538年)に大内は遣明船を派遣している。
元々、大内は明との貿易を望んで、大宰大弐(大宰府の責任者)の名を貰って九州の統治を固め、元々、九州探題(九州の統治者)の渋川 義長を『勢場ヶ原の戦い』で滅亡させた。
この天文3年(1534年)に始まった『勢場ヶ原の戦い』は5年近くも続き、宿敵の大友 義鑑と戦った。
こうして天文7年に大内 義隆も父上(将軍義晴)の仲介で大友 義鑑との和議がなった。
こうして遣明船を安心して出せるようになったのだ。
明国では銀が不足しており、銀が高値で売れた。
しかし、遣明船が帰ってくる頃には(尼子)詮久に石見銀山を奪われていたのだ。
あの大量の銀を産出する石見銀山だ。
取り戻さなければならない。
こうして、大内 義隆は尼子に狙いを変えた。
毛利 元就は大内が中国に兵を割けないことを利用して、大内の傘下に入ることで地盤を固めた。
大内と尼子の間を何度も寝返りを繰り返しながら勢力を拡大している。
狡いというか?
狡猾な奴だ。
大内 義隆が反撃の準備を整えている所で、重臣の陶 興房が亡くなり、息子の隆房が継ぐ。
軍を率いる総大将が亡くなり、尼子反撃が一時取り止めになった。
こうして、尼子は播磨などに猛攻を駆けやすい年になったのだ。
兵を動かせない大内も何もしない訳にいかない。
そこで狙われたのが、今回の安芸武田である。
安芸の武田と吉川は大内と毛利を西安芸で分断するような形になっている。
陸路で安全に移動するには邪魔な存在であった。
安芸武田と吉川は目の上のタンコブ、あるいは、喉元に刺さった魚の小骨のような存在だ。
神五郎の策は大内にとって天啓だった。
化かし合いが終わらん。
ダン、俺は輿の扇子を取って床を叩いた。
貞孝のおっさんが“もう少しなのに”と恨めしそうな顔で睨んだ。
「菊童丸様から大内に頼みがあるそうです」
脇に控えていた従者が手紙を宗設に届け、それを開いて顔を上げた。
「どうしても密かに用意して貰いたい。代金は相場で払う。可能な限り早く頼む」
「この量は流石に?」
「取りあえずは手に入るだけでよい。やって貰えるか! もちろん、お礼は致す」
そういうと扇子を膝の上で二度叩いた。
すると、元若狭守護の武田 信豊が一歩前に出た。
「必ずや、(安芸武田当主)武田 光和を説き伏せて参りましょう」
貞孝のおっさんは“聞いておりませんぞ”と一瞬だけ睨むと、次の瞬間には涼しい顔で宗設を見下ろしていた。
場の流れに乗って知ったか振りだ。
ふり返った宗設が貞孝のおっさんを見て、『お人が悪い』という感じの引き攣った笑みを浮かべた。
「お引き受け致しましょう」
「この方がありがたみもございましょう」
「ふふふ、必ずや吉侍者様に朽木殿は貿易の独占など望んでおられない。況して、天下を揺るがすようなお考えもないとお伝えしておきます」
「よろしく頼みます」
宗設が帰った後に、貞孝のおっさんから怒られた。
「そういう重要なことは先に言っておいて下さい」
「大内が信用できるか見定めてから決めるつもりだった」
「それも含めてです」
説教も長かった。
宗設は六角 定頼と面談し、明貿易はこれまで通りであり、六角との関係も変わらないと伝えた。また、朽木から独占したいという話はなく、誰がそんな悪戯をしたのかと笑ったらしい。
定頼の警戒が1つ下がったが、強行派の三雲を止めるほどではなかったと蒲生から伝わってきた。
まぁ、期待もしていなかったけどね!




