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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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60.梟雄(きょうゆう)の謀士ら。

越水城(こしみずじょう)に戻ってきた松永 久秀(まつなが ひさひで)が主人の孫次郎(長慶)の部屋に入った。


「ただいま戻りました」

「して、どうであった」

「大内、朽木の同盟は虚言でありました」

「その根拠は?」

「坂本の裏を探っていた幕府政所代の蜷川 親世(にながわ ちかよ)様にお聞きした所、まったく知らぬようすでございました」

「では、武田の懐柔に大内は無関係であったというのだな」

「はい、間違いございません」

「西国の救済の湊税を当てにしたのか?」

「それは考えられません。初夏の時点で秋のことを予測するのは無理があります。若狭の領主共は武田の借財が棒引きしたと騒いでおりますが、実情は分割のようです。ただ、どのように小浜の商人を説得したかは判っておりません」

「まぁよい、いずれ判るであろう。我々には大した問題ではない」


孫次郎(長慶)は神五郎(三好 政長(みよし まさなが))が武田を調略していたのを知ったのは若狭で戦が起こった後であった。


謀士の神五郎らしい策であり、ただ時間を稼いでいると思わなかったが、若狭武田の調略を進めていたのを知った時は脱帽であった。


ただ、神五郎も意外であったであろう。


将軍の嫡男、菊童丸の介入によってその策が崩れたのだ。


「将軍家からすれば、武田の離反は防ぎたいと思った筈です。偶然ではございますが、結果として、武田がこちらに付いたことのみが幸いでした」

「武田がこちらに付いたのはありがたいことであった。だが、それで策が終わらぬ所が凄いな」

「まったくです。武田がこちらに付いたと見るや、今度は大内を搦めてくるとは中々にやり難い」

「六角が不快に思っておるようだな!」

「はい、明貿易の独占など、六角家老の三雲 定持(みくも さだもち)が怒っているようです。下野守(蒲生 定秀(がもう さだひで))、山城守(進藤 貞治(しんどう さだはる))に会って、三好にそんな思惑がないことを告げておきましたが……………」


そこで(松永)久秀は言葉を止め、孫次郎(長慶)も目を閉じて腕を組んだ。

阿波の細川持隆の元に大内の使者として謙道 宗設(けんどう そうせつ)がやって来たのだ。


「してやられたな!」

「誠に申し訳ございません」


謀士の神五郎の策で大内を動かした。

この際、神五郎は明貿易の独占が真実かどうかなどどうでもいいのだ。

幕府が若狭武田を使って大内と繋がっていると思われたことが問題なのだ。

宗設(そうせつ)は次に京に上り、最終的に朽木に行くと思われる。


「此度の西国救済において幕府の威光は大いに奮いました。堺・博多の商人は幕府を無視できなくなりました」

「ここに明貿易を独占する大内が乗れば、三雲家は放置できなくなるか!」

「はい、安芸の武田を寝返らせる為に若狭の武田を使うのは悪くない策です。朽木を使って武田を動かす」

「武田の影にいる朽木を使い、幕府が大内を助けたという事実が残れば、明貿易に介入できる余地も残ると三雲家が思う」

「その通りでございます。幕府の力がこれ以上大きくならぬように、幕府の手足を切り落としたい。神五郎の思惑通りに三雲家が動いてくれる訳です」

「して、こちらの対策は?」

「残念ながら! これに関して我らは動けません。動けば、我らも関与したと疑われます」

「狡猾だな!?」

「(幕府政所代)蜷川殿にそれとなく、教えておきました」

「では、そちらは伊勢守殿の手腕に期待することにするか」

「はい、我らはこれまで通りに」

「そうか」

「摂津はほぼ完了いたしました。以後、丹波、河内にも広げてゆく所存でございます」


孫次郎(長慶)もまた戦果の決着をただ延ばしていた訳ではない。


「殿、殿、殿、一大事です」


篠原 長政(しのはら ながまさ)が髪を乱して慌てて部屋に入ってきた。


「いかがいたした!」

「三木城の別所 就治(べっしょ なりはる)が謀反。尼子に寝返った為に、豊前守(孫次郎の弟、実休)様が退路を断たれる可能性がある為に撤退を開始し、そこを尼子軍に襲われて大敗を喫しました」

義賢(よしかた)(孫次郎の弟、実休)は無事か!」

「ご無事でございます」

「ははは、(別所)就治(なりはる)に高く売られましたな」

「笑い事ではないわ。おのれ、(別所)就治(なりはる)。この代償はいずれその首で払って貰うぞ」

「で、いかがなさります」

「弾正忠(松永 久秀(まつなが ひさひで))、管領に使者を送れ、『私が悪かった。謝罪いたす。どのような御下知にも従います』と伝えてまいれ!」

「それがよろしいかと」


孫次郎(長慶)はこの争いを閉じることを決断した。


 ◇◇◇


神五郎(三好 政長(みよし まさなが))は三雲 定持(みくも さだもち)の招きで三雲城を訪れていた。


三雲家は甲賀五十三家の一つであり、独自に明貿易を行い、甲賀に九万石の領地を持つ領主であった。


その経済力から六角の中で一目置かれる存在とされ、六角の家老職を頂いていた。


「この度は色々とお知らせ頂き、ありがとうございます」

「いいえ、こちらの都合でお知らせしたに過ぎません」

「神五郎殿は隠し事をされぬのですな」

「そんな事はございません。ただ、隠し事をしても意味のない相手にはせぬだけです」


三郎左衛門(三雲 定持みくもさだもちがわずかに笑みを浮かべる。


甲賀衆を率いているので情報には事欠かない。


可竹軒 周聡(かちっけんしゅうそう)は子飼いと知られぬ僧を使って、朽木 晴綱(くつき はるつな)の使いと称して、京の朽木ゆかりの寺に手紙を届けさせ、その寺の高僧は(朽木)晴綱(はるつな)の手紙と思って興福寺の僧に頼んで、大内まで手紙を届けさせた。


裏を取っても朽木ゆかりの寺が浮かぶだけである。


そこに尼子を調べてきたという若狭の流れ僧が『尼子包囲網』の噂を流した。


大和国の興福寺から出された手紙と若狭国の奇妙な噂話である。


その二つを知るものは多くない。


甲賀の三郎左衛門だから知っていたのだ。


そこに神五郎から朽木から大内に手紙が出されたという噂を聞いたと問い合わせが届いた。


神五郎の懸念は、安芸に武田を大内に寝返らせる構想が裏で進んでいるのではないかと予測を入れていた。


「朽木は明貿易の独占を狙っているとお思いか」

「朽木というより、元々は幕府が独占していたものです。それを取り戻すのに何の憂いがありましょうか」

「幕府としてはありですか」

「ありですな! 然れど、管領様を通さずに朽木を使うのは許されません。協力頂けたならば、その取引のすべてを三雲家にお任せ致す所存でございます」


神五郎は管領(細川)晴元の約定を差し出した。


密約ゆえに保険でしかないが、約定は約定である。


三郎左衛門も六角の勢力拡大の為に高島を飲み込むことに賛同していた。


約定には高島郡に管領(細川)晴元が一切手を出さないと書かれている。


「本当によろしいのか?」

「元々、高島郡の越中守は近江の地頭に過ぎません。守護である六角が支配するのに異議がありましょうか。ただ、丹波の内藤征伐を終了後に若狭国の遠敷郡を粟屋 勝久(あわや かつひさ)に返還を申し上げます」

「それは始めて聞きますな!」

「丹波より派遣する軍の総大将は波多野 稙通(はたの たねみち)、副総大将を粟屋 元隆(あわや もとたか)にする予定になっております。丹波制圧の褒美として、粟屋 元隆(あわや もとたか)の願いを聞き届けることになります。それに異を唱えないことが条件です」


昨年の謀反で粟屋 元隆(あわや もとたか)は武田家から若狭国の遠敷郡を召し上げられた。


それを不服として、管領(細川)晴元に訴えていた。


「若狭のことは六角に関係ございません」

「そのお言葉を聞けて安心いたしました」

「では、新春の雪解けを待って、丹波に増援をお願いできると」

「大殿からお下知をなさるのは新春になってからになりますが、先日の評定において問題なく了承して頂きました」

「忝い」

「こちらも都合がよろしかっただけでございます」


来年の春、丹波守護代であった内藤 国貞(ないとう くにさだ)の討伐に六角が兵を出すことが決まっていた。三郎左衛門は浅井家も動員して、近淡海(ちかつあふみ)の両岸、さらに舟も動員して三方から高島郡を攻めるつもりでいた。


「くれぐれもご油断なさらぬように」

「朽木の兵は強うございますからな」

「それを聞いて安心しました」

「こちらはお任せあれ」


三郎左衛門は甲賀衆を使って朽木の戦い方を調べており、また、武田軍の京における訓練なども詳細に調べていた。


油断ではなく、危機感を持っていたのだ。


わずか1,000人の足軽で3万の高島軍を翻弄した。


これは奇跡ではないと三郎左衛門は知っている。


朽木の精鋭は強い。


今は1,000人だ。


いずれは3,000人となり、そして、5,000人となる。


もちろん、5,000人の兵を雇うには石高が足りない。


しかし、その不足分を明貿易などの経済力で補えば、5,000人になるかもしれない。


5,000人の朽木精鋭に六角は敵うのか?


危険だ!


危険な芽は刈り取っておくべきだ。


放置すれば、六角が呑みこまれると三郎左衛門は考えていた!


そして、目の前の神五郎も同じことを考えていると思ったのだ。


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