57.やってから気づいた馬鹿でした。
ある日、忙しい日々を送っていた俺は突然に気が付いてしまった。
己の愚かさに!
人心の掌握には衣食住を満たし、武を示す。
すでに『武』を示した。
あとは『衣』・『食』・『住』を満たしてゆく。
まずは『食』だ!
高島郡5万人を臣従させなくてはならない。
毎度だが、粟、 稗、黍、麻、大豆、麦などで食糧の安定供給を確保して、その上で正条植を採用して米の収穫量を一気に増やす。
今回、正条植を行うのは天井川(朽木川)の氾濫で壊滅した流域のみだ。
さらに、台風を少しでも避ける為に来年から収穫時期を早めたい。
普通の苗床を作りながら、大々的に温床育苗に挑戦する。
そして、温室小屋での育成と床暖房のように地面を温めた苗底で実験し、成功した方を高島と若狭に輸出する。
できることは、ドンドンやってゆく。
薪の量が凄いことになるな。
山が荒れて、土砂崩れ、土石流、氾濫なんて御免だ。
伐採には、より注意するように指摘しておこう。
糞ぉ、安価なビニールが欲しいな。
俺は焦っている。
時間がなくなったことに気が付いたからだ。
高島を取って浮かれていた俺は馬鹿だ。
前の戦いは傭兵一万が朽木の脇腹を襲わなかったので勝てた薄氷の勝利であり、そもそも朽木と比叡山の対立など歴史に存在しない。
若狭武田なんて、織田信長が朝倉攻めの口実に少し出てくる程度でほとんど知られていない。
武田と言えば、甲斐の武田信玄だ。
安芸も若狭もあるのに、甲斐以外はほとんど誰も知らない。
だから、大丈夫だろうと思っていたのが浅はかだった。
俺は度し難い馬鹿だ。
管領である細川 晴元や三好 長慶と戦うのは、俺が将軍になった後の話だった。
それまでも朽木の兵力を貯め、財力を蓄え、ファランクスと騎馬隊、その支援に鉄砲と火薬の部隊を固めることで、初戦に勝って足利政権を盤石するという壮大な計画であった。
そう、あっただ!
過去形だ。
俺は兵力を手にいれた代わりに、時間と歴史を知るというアドバンテージを捨ててしまった。
武田に介入するべきじゃなかった。
田沼の申し出を断るべきだった。
糞ぉ、初夏に戻りたい。
あの頃の俺をぶん殴りたい。
今、できる事は何だ?
もう朽木は安全地帯じゃなくなった。
次はどうでてくる?
誰が敵だ?
こちらをどう思っている?
判らない。
拙い、拙すぎる。
とにかく、情報、情報を集めなきゃいけない。
惟助に頼んで、幕府経由で五家ほど俺の家臣に組み入れることにして貰った。
だが、これ以上の甲賀衆を雇い入れると六角も不審がるという。
判っていたよ。
だから、自前で育てて貰っていたし、その時間もあった。
捨てたモノが大き過ぎた。
考えれば、考えるほど、俺は馬鹿だ。
とにかく、人心を掌握して高島の兵を使えるようにしないといけない。
捕えた傭兵をそのまま朽木に編入したい。
だが、焦っても仕方ない。
確実に、慌てずに確実に!
◇◇◇
「菊童丸、ご飯を食べなさい」
「あとで貰う」
「駄目です」
俺は高島の北を見て回り、将来的に新田開発できる沼地などを積極的に見て回っていたのだが、紅葉に強引に近淡海の見える丘に座らされて、おにぎりを差し出された。
「大きさが不揃いだ」
「わたしか握ったので仕方ないでしょう」
「そうか!」
やたらと塩っぽいおにぎりだった。
公家のお姫様が料理場に立つのがめずらしい。
まぁ、仕方ないか!
「おにぎりを食べたら、一刻(2時間)だけ寝なさい」
「流石に、それは」
「嫌と言っても仕事の邪魔をするからね」
「判った。寝ればいいのか!」
「そう、寝なさい」
膝を叩いて、カモンというポーズを取っている。
まったく、誰が教えている?
膝枕をされながら近淡海の波の音を聞く。
「ねぇ、手伝わせて。このままじゃ、菊童丸が潰れるよ」
「まだ、大丈夫だ」
「まだ、でしょう。大丈夫じゃないよ。惟助が言っていたわ。一度寝ると一刻半(3時間)は起きない菊童丸が一刻(2時間)で起きるようになったって!」
「余計なことを! これも俺への嫌がらせの1つか?」
「ねぇ、教えて! 菊童丸は何を悩んでいるの?」
・
・
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長い沈黙、波の音がただ流れてゆく。
がさぁ、小さな草が折れる音が聞こえた。
はぁ~~~、俺は大きく溜息を吐き出した。
「そこにいるのであろう。出て来い」
「あははは、すみません。お幸せな所を邪魔して!」
「紅葉に聞いて欲しいと頼んだのは、おまえらであろう」
彦二郎(若狭の前守護)を先頭に長門守(朽木の次男)、四朗(朽木の四男)、小三郎(別所 静治)、惟助、大和守(細川の一門の三淵 晴員)、刑部少輔(武田 信実)、筑前守(若狭の前守護代)、黒丸(海賊の頭領)、土御門五人衆らが雁首を揃っていた。
心配させている時点で俺の失策か!
「すでに、高島の後に比叡山がいたのは知っておるであろう。しかし、比叡山の後には、管領殿がいると考えている」
「まさか!」
「大和守、幕府を支える細川一門としては信じがたいかもしれんが、将軍家に対して尊厳の念を持っておっても、我が父上、その嫡男の俺に対するものであるまい」
「恐ろしいことを申されるな!」
「判っておる。大和守がそんな風に思っていないことは判っておる。俺の言っているのは、管領殿(細川晴元)とその腹心である神五郎(三好政長)のことだ」
「ない………とは申せませんな」
「こちらのことは知らせないで欲しい」
「畏まりました」
「彼らも馬鹿ではない。自分が立っている将軍家の足元を掘ることはない。今回も狙われたのは朽木だった。で、俺が勝った。もう放置してくれないであろう」
そうだ!
巧く負けておくべきだったのだ。
勝って喜んだ馬鹿が俺だ。
「これで孫次郎(長慶)との戦はもう終わりだ。次は俺の手足である朽木と武田を狙ってくる。どういう手でくるか判らん。だから、焦っておる」
皆が固まった。
そりゃ、固まるな!
管領(細川)晴元と戦うと知れば、恐れもする。
「おおおぉおぉぉぉ、某は感動しました。すでにそこまで考えられていたとは、某はまったく気が付きませんでしたぞ。やはり、菊童丸様は軍神ですな! 負けたのは当然でございました」
「彦二郎」
「菊童丸様、ほれ、この通り! 頭を丸めました。武田 信豊を改め、
大仙紹其。紹其とお呼び下され!」
「紹其だな、判った」
感動してくれるのは良いが、関心する所が違うだろう。
脳筋が沢山しても余り役に立たない。
戦をやりたい奴らばかりだ。
もう戦を前提にどこから攻めてくるかの議論をはじめた。
「丹波から直接に朽木に攻めるは無理であろう」
「大軍を少数に分ければ、無理とは言えません」
「むむむ、それは一大事ですな」
「心配することはない。狭い街道で待ち受ければ、こちらも少数でも何とかなる」
「流石、紹其様」
「俺も負けられん」
「私も兄上に負けずにがんばります」
「おぉ、そうか」
・
・
・
三人集まれば文殊の知恵とか言うが、脳筋が3人集まっても脳筋は脳筋だった。
こいつら、気楽でいいな!
大和守が逆スパイを買って出たのが朗報…………でもないか!
すぐにバレるな!
「大丈夫、菊童丸がわたしらを守ってくれたように、わたしらが菊童丸を守ってあげるよ」
「そうか、期待している」
「必ず、お守りいたします」
「うむ、期待する」
「「「「「「お任せあれ!」」」」」
戦では本当に期待している。
それは本当だ。
しかし、何も発言しなかった惟助に矛先が向けられた。
「おい、惟助、お主だけが何も言っておらんぞ」
「そうですよ。何か菊童丸様の助けになることを考えて下さい」
「惟助殿」
「惟助様は菊童丸様に次ぐ、知恵者と聞いておりますぞ」
「知恵がござらんか!」
ははは、惟助が困っておる。
いい気味だ。
惟助の性格は嫌いだが、和田 宗立という甲賀の者として重宝している。
惟助の情報は貴重なのだ。
「そうですな! 味方を増やすのでしたら、甲賀の傍流に丹波の国、多紀郡の辺りに荒木一族が住んでおります。彼らは村雲党と呼ばれております」
「何の話をしておる」
「紹其様、判りますか?」
「某も判らん」
丹波の忍者の話か!
「村雲党には、本庄・芋毛・大芋・今庄・新庄・平庄・宍人・園部・園田・和田・福住・本目の諸氏がありまして、多くはその辺りを治める波多野氏に付いておりますが、その内の三家が未だに丹波守護代の内藤氏に居るそうです」
「馬鹿者、丹波守護代の内藤と言えば、管領殿(細川晴元)の敵ではないか! そのような家臣と連絡を取り合うだけで、謀反の口実にされるわ。黙っておれ!」
「申し訳ございません」
「気分が削がれた。興聖寺の和尚と囲碁でもしてくる。体を休めれば、良いのであろう。休んでくるわ」
俺は本気で怒っている。
惟助め!
知っていながら黙っておったな!
甲賀から五家は五家族という意味であり、息子を入れても8人の補充でしかない。
これで忍者の数が倍になるが、それでも少ない。
連絡役と護衛を除くと諜報役は数人に減ってしまう。
敵の動きを察知するには全然足りない。
しかし、内藤に家臣の三家は三氏族だ。
氏族の人数が10人か、100人か知らないが、一人二人でないのは確かだ!
銭で雇うという意味なら、波多野氏の土地に住んで居ても波多野氏の味方とは限らない。
忍者を雇うルートが確保できるじゃないか!
だからと言って、あからさまに丹波守護代の内藤 国貞と手を結ぶ訳にはいかない。
それを口実に朽木を攻められる可能性が出てくる。
密約だ。
三家を貸して貰う代わりに火急の場合は擁護する。
味方じゃないぞ!
そのことを興聖寺の僧に託して送り出すのだ。
巧くいけば、情報だけは何とかなるかもしれない。