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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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閑話.朽木村、女達の戦い。

朽木谷に入る為に阿弥陀山と蛇谷ヶ峰(じやたにがみね)(902m)の間にある入部谷(にゅうだに)を抜けてやってきた侵入者が関所門の見張り台の上に立った艶やかな着物を着た美少女を見上げた。


そこに立っていたのは紅葉であった。


本来、公家の方々は恐ろしいことが嫌いで血を見るだけでも穢れると嫌うのだ。


菊童丸と付き合うようになった紅葉は公家と違う一面を身に付けはじめていた。


穢れとか、方位を気にしなくなっていた。


凛として透き通った声で紅葉は第一声を放った。


「そこの悪党、死にたくなければ、引き上げなさい。温情ある近衛家(このえけ)」の名にかけて身逃してあげるわ。感謝して、さっさといなくなりなさい」


悪党たちが俄かに騒いだ。


「公家様だってよ」

「餓鬼が騒いでいますぜ」

「いい着物を着ているじゃないか」

「上玉だ。高値で売れそうだ」

「味見しましょうぜ」


大きな声で下品な解答が返ってきた。


紅葉の警告は逆にやる気が出させたみたいであった。


馬鹿にして!


紅葉の額にお怒りマークが浮かんでいた。


 ◇◇◇


朽木谷と高島平地の間には、阿弥陀山(標高453.6m)などの山々が横たわっていた。

朽木谷を守る天然の壁だ。

この山を越えて三万の大軍が押し寄せてきたとするなら止める術はない。


朽木谷には大きな被害が出ることは間違いなかった。


もちろん、簡単に侵入させるつもりはない。


猪・鹿用のトラップが大量に仕掛けられている危険な山であり、高島の衆もそれを承知して、正規の山道以外で朽木に近づく者はいなかった。


しかし、数の暴力の前には無力である。


高島七頭も朽木に対して負い目があったのか、正面から戦うことで免罪符にしたかったのか、街道から堂々と攻め上がってきた。


それが此度の救いだった。


もしかすると、誰かが抜け駆けしないように見張る意味があったのかもしれない。


もし、そうだとするなら人間の欲はどこまでも卑しい。


 ◇◇◇


高島7頭が街道沿いから西山城、野尻坂砦を陥落させてから朽木屋敷に襲うことを決めたが、比叡山の僧はそんなことに同調する訳もなく、別枠で傭兵500人ほどを掻き集めて、別々の山道より朽木谷を襲わせていたのだ。


「えへへへ、お宝は俺らが先に頂いていいらしいですぜ」

「旨い話だ」

「御武家様は上品だからな」

「俺達が一番乗りだ!」

「朽木には銭が溢れてそうですぜ」

「女も抱き放題だ」

「亭主が戦にいって寂しい奥方達を慰めてやらないとな」

「調子のって殺すなよ。売り物だからな!

「ぎゃははは、共有物だ!」


傭兵100人ばかりの集団が嬉しい悲鳴を上げながら硯石谷を抜けて入部谷(にゅうだに)に入った。


カンカンカン、傭兵らが入部谷を下っていると、どこから半鐘のなる音が聞こえた。


「何だ、どうした?」

「判りませんが、見つかったのも知れません」

「まだ、兵が残っていたのか?」

「急ぐぞ!」


傭兵達が駆け足で山を下っていった。


 ◇◇◇


朽木谷の村はすべて堀と壁を張り巡らせている。


それは水害を避ける為に山沿いに村を建て直させたからだ。


朽木谷の東には上山という小さな山があり、小さな見張り台を設置していた。


見張りは侵入者を見つけると太陽の光を使って銅板を光らせて、下にいる仲間に知らせる。


その信号を確認した入部谷村の見張りが村の半鐘を鳴らして侵入者が来たことを村中に知らせることになっていた。


半鐘の音を聞いた村人は急いで村に戻って扉を閉めた。


さて、東の硯石谷から侵入した者は谷部の入部谷(にゅうだに)を下ってくるか、尾根を下ってくるか判らない。


そこには朽木谷にとって最も重要な職人村があり、この職人村を守る為に、入部谷村

と里山村を作って防備を固めていた。


入部谷村、職人村、里山村を総称して入部谷砦と呼んでいた。


三つの村を取り囲むように堀と壁が作られていたからだ。


二つの村は菊童丸の家臣になった者の村であり、本来なら宿直の兵が予備兵として砦を守っているのだが、今回は兵を遊ばせる余裕などなかった。


「戦好きの亭主を当てにするな! この村はあたいらの村だ。守るよ」

「「「うおおぉぉ!」」」

「敵は100程度、私達の方が多い。日ごろの訓練を思い出しな!」

「椿姉さん、かっこいい」

「柊姉さんは勇ましいです」

「あんたらもカッコいいよ」

「きゃあ、柊姉さんに褒められた」


砦代の妻の椿と村長の妻の柊が鎧姿に薙刀を持って現れた。

その二人のりりしい美武者ぶりが妻たちの心を捉えていた。


「椿姉さんも柊姉さんも見目麗しいわ」

「亭主がブ男に見えるよ」

「あんたの亭主はブ男だろ」

「たくましいと言ってやってよ」

「ははは、図体だけは弁慶だからね」


守りの兵が一人もいないというのに、女房達は明るい声でからかい合っている。

二年前まで食うや食わずの暮らしをしていたと思えば、ここは天国であった。

何が何でも守りきるという気概があったが悲壮感は不思議とない。


「椿姉さん、遅くなりました」

「お峰さん、あんたは家を守っていればいいの。産み月でしょう。そんなお腹でどうするの?」

「居ても立ってもいられなくてね」

「私達に任せておきなさい」

「しかしね」


自分達で作った村だ。

これを守るのにどんな苦労も厭わない。


「菊童丸様は言われたそうよ。この戦は勝つと!」

「菊童丸様が言われたなら絶対に勝つわ! あたいらはここ守って亭主を待つだけのいいのよ。勝つのは決まっているのよ。気楽に行きましょう」

「そういう訳よ。お峰さんは帰った。帰った」

「椿姉さん、柊姉さん、よろしく頼むわね」

「「任せなさい」」


最初に朽木に来た500人と村人は神や仏を崇めるように菊童丸を信じていた。


次に来た2,000人は熱烈な菊童丸教の教徒にされていった。


なんと言っても菊童丸は神であり、仏である。

これは疑いようもない。<信者目線>

死者を甦らせるなど、人の所業でない。


その話を聞いた新入居者が新たな信徒として増殖していった。


菊童丸はこの世に往生楽土を作る為に降臨され、それに従った我々も死んでも往生楽土に行けることが保証されているなど、どこかの宗教が混ざった経典が生まれていた。


菊童丸は知らない。


そんな半信半疑の新居者もこの村の豊作を見ると疑いようもなくなっていった。


朽木を出れば、どこもかしこも不作だらけ!

雨が降れば、氾濫して、大被害を出していた。

菊童丸様は天を操るお方だ。

豊穣の神だ。

我らには菊童丸様の御加護がある。


この奇跡を目にして伝承が嘘でないと確信した入植者が次々と信者となっていった。


もう私達は救われているのだと!


狂信者は何も恐れない。


 ◇◇◇


半鐘が鳴ってしばらくすると、一頭の馬が走ってきた。


「賊は、賊はもう来たの?」

御姫(おひぃ)様、なぜ、ここに?」

「半鐘が鳴ったからに決まっているでしょう」

「半鐘が鳴れば、家に入って門を閉じて下さい」

「そういう訳にいかないわ。菊童丸が戦っているのに、わたくしが家でのんびりとしている訳にいかないわ」

御姫(おひぃ)様、ご立派です。ですが、お怪我でもされては…………」

「姉さん、もう無理です。賊がそこまで来ています」

「仕方ありません。門を閉めなさい」


門を閉める直前に、紅葉を追い駆けてきた近習10人が何とか砦に入ることができた。


「あんた達、弓が使えるのでしょう。弓を射なさい」

「われらは」

「知っている。知っている。遊ばせている暇はないのよ」


そう言っている間に紅葉は関所の見張り台に上っていった。


谷を降りて来た侵入者達に大きな声で帰るように促したのだ。


 ◇◇◇


紅葉は引き返せと叫んでみたが、下品な返事が返ってくるだけだった。


当然、売られるつもりはさらさらなかった。


「そうですか、判りました」


菊童丸と一緒にいた紅葉は公家という枠を外れて、彼らを始末することを戸惑わない。


『放て!』


女房たちは用意していた矢と印地(いんじ)の投石を紅葉の合図で一斉に放った。


無数の矢と投石が弧を描いて賊達を襲ったのだ。


賊の頭もその数に驚いたが、ベテランの傭兵達はすぐに散開して戦闘体制を取り直した。


慣れたモノである。


壁に向かって二人一組で近づき、一人が土台となり、もう一人が壁を超える体勢に入った。


瞬間!


バキッ、薄い板が折れて、二人が堀に転落していった。


うぎゃゃゃゃゃゃゃゃ!


丁寧に竹槍が敷き詰められていた。


落ちた二人はおそらく絶望だ。


なんという悪質な罠だ!


続けて飛ぼうとした者はなんとか踏み止まったが、壁に空いた穴からも矢が飛んで来て負傷した。


「卑怯だぞ!」

「襲ってくる奴に卑怯もあるものですか!」


頭はすばやく弓を構えて紅葉を打ったがわずかに外れた。


御姫(おひぃ)様、あぶのうございます」

「大丈夫よ。あんな矢に当たるものですか!」

「竹槍、打ち出せ!」


ドシャ~ン、ずどん!


今度は壁に空いた鉄砲用の丸い穴から竹弓から竹槍撃ち出された。


外れた竹槍が山の壁にぶつかって土煙を上げた。


その威力は冗談じゃない!


台付きの大型クロスボウのような奴だ。


バリスタというには小さいが、それが一斉に撃ち出されると傭兵らの肝が冷えた。


当たれば、一撃でお陀仏だ。


竹槍が撃ち出されている間も矢と印地(いんじ)の投石が続いていた。


「回り込め!」


賊の頭が正面からの突破を諦めて迂回しようと小川を渡ると、そこには罠エリアが広がっていた。


うぎゃゃゃゃゃゃゃゃ!


判り易い落とし穴に落ちて、また一人の命が散った。


街道では身を隠す所がないので負傷者が増え、街道を外れると罠で仲間が減ってゆく、これは楽な仕事でないことを悟った。


賊の頭が撤退しようとした瞬間、門が開いて女達が槍や薙刀を持って飛び出してきた。


『悪徳誅罰』

『悪徳誅罰』

『悪徳誅罰』


掛け声を上げて突撃を行ってきた。


強いというより恐ろしかった。


目がイッていた。


あれは死兵の目だと悟った。


「あれは拙い! 逃げろ!」


逃げた。


とにかく、逃げた。


100人もいた傭兵が十数人に数を減らされて、頭は命からがら逃げのびたのだ。


「なんだ、あの女達は!」

「躊躇なく、襲ってきやがった」

「狂ってやがる」

「どこが楽な仕事ですか?」

「坊主どもに文句を言ってやる」


そう言って山を降りると、すでに朽木が勝っており、文句をいう所か、落ち武者狩りから逃げ出して、朽木の恐ろしさを世に広めてくれたそうだ。


 ◇◇◇


残りの400人の傭兵達も似たようなものだった。


罠だらけの山を進むのを断念した傭兵が三分の一ほどいた。


罠で仲間の命が奪われては堪らないというちょっと頭が回る傭兵達であった。


残る傭兵らは罠で仲間が傷ついても気にせず、各々の道を通って神宮寺村に到着して襲い掛かった。


村に残っていたのは女・子供のみで240人ほどと、神宮寺から50人余りの僧兵が助力してくれた。


女・子供だけで傭兵を取り付かせない苦しい戦いを続けていたが、山向こうに居た菊童丸の兵500人が山越えをして駆けつけて形勢が逆転した。


そう、槍と矢と印地(いんじ)の投石のみで守り切ったのだ。


まぁ、敵は300人程度だったことが幸いした。


これがもう一桁多ければ、悲惨なことになっていただろう。


後でその話を聞いた菊童丸は運が良かったと胸を撫で下ろした。


俺はどうも読み切れていない!


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