裏話.天井川の戦い、別所静治の初陣。
俺はどうもいい星の下に生まれなかったらしい。
俺が生まれた頃に家が没落し、物心付いた頃には父と一緒に夜盗狩り(浦上の残党狩り)の日々を送っていた。そして、播磨国佐用郡の利神城を根城にしていた盗賊を討って、父は城主となった。しかし、城主になった途端に本家が城代を送って来て、父は怒って出奔した。
本家と戦うと付いて来てくれた一族郎党に迷惑が掛かるからだ。
そして、親子で畿内に入った。
すると、またもや夜盗狩りで日々の糧を得る生活に戻った。
また、父を慕って家臣らしき者が増えてきた。
その終わりが将軍家家臣への仕官であった。
将軍家は将軍家でも嫡男の家臣だ。
朝の一刻(二時間)のみで、難民を一流の兵に仕上げるという難題を言われた。
この痩せ細った骨だけの者らを?
トンでもない所に来たと思った。
だが、その調練の仕方も面白い。
食い物が美味い。
死者を甦らすなど虚言をよく聞かされた。
ここの連中は菊童丸様への忠誠が半端ない。
山の狩りは割と楽しい。
6ヶ月後、春を迎える頃には皆の顔付きが変わってきた。
頬に肉が付き、体付きまで変わるものだ。
下手な武将より、良い兵になってきた。
山狩りで300人を率いる副隊長に任命されたのは嬉しかったが、菊童丸様が大戦をやっていたと聞かされた時は悔しかった。
俺は夜盗を相手に戦ってばかりで初陣を飾っていない。
頼んで菊童丸様に付いていっても、また夜盗狩りだ。
俺は獣か、夜盗しか、相手をさせて貰えないのだろうか?
そう思っていると、突然の召集にびっくりした。
朽木屋敷の前で鎧を身に着けた菊童丸様を見つけた。
可愛らしいお人形が座っているように見えた。
まるで鎧を着せられた4歳の稚児のようだ。
間違っていないか!
おぉ、菊童丸様が手招きをされている。
「お呼びでしょうか!」
「あぁ、呼んだ」
「某にいかなる御用でございましょう」
「無理を申したい。先陣の一番隊の隊長に任じる。やってくれるか?」
「先陣は武門の誉れ! ありがたき幸せ」
「此度は簡単な戦いではない。必勝の亀の陣で勝てれば、それに越したことはないが、此度は魚鱗、鋒矢、三位一体、鶴翼のすべてを使うことになるかもしれん。知っての通り、亀の陣と鶴翼以外は一番隊が要となる。勝つも負けるも一番隊に掛かっていると言える。やってくれるか!」
「望む所でございます」
「此度の策は敵大将を次々と狙う策になると思う。いやぁ、違うな! 可能な限り、すばやく敵の大将に近づいて、その圧力で撤退に導く。敵を撤退へ導け!」
「敵を撤退させれば、よろしいのですか?」
「そうだ。状況によって変わるが、基本戦略はそこにある。そして、俺が魚鱗を命じたならば、すみやかに敵大将の首を取って貰わねば、我が軍が負ける」
「菊童丸様が負けるのですか?」
「負ける時は負けるさ! 他には言うなよ」
「もちろんです」
不思議な気がした。
いつも自信たっぷりの菊童丸様から負けるという言葉が出るとは思わなかった。
かなり苦しい戦いなのだろうか。
「安心しろ! 敵に知恵者がいるなら和睦という策も見えてくる。だが、初戦だけは勝って貰わねば、その策も使えん。勝って貰うぞ!」
「お任せあれ! 必ず、勝ってご覧にみせましょう」
「おまえら親子が鍛えた兵だ。敵に関羽、張飛がいようとも必ず勝てる。そうであろう」
「もちろんです」
「おまえにすべてを賭ける。任せたぞ」
背中がざわついた。
この菊童丸様はどうして人を乗せるのが巧いのだ。
これは勝たねばならんぞ。
◇◇◇
戦がはじまると、鋒矢の陣をお命じになられた。
つまり、圧力で敵を撤退に導けということか!
ゆっくりと歩調を合わせて前に進む。
敵の矢が飛んでくる。
盾があるので怖くないが、その数に身震いがする。
そうか、これが戦か!
朽木村の装備は見た目が悪い。
色こそ付けているが、藁に兜に、藁の鎧、藁の盾だ。
見た目は悪いが、青銅を元に各所に鉄を使っているので防御力は悪くない。
菊童丸様は見た目を気にしない方だ。
何故、藁か?
“諸葛孔明が藁舟で敵の矢を奪ったというであろう。矢が尽きては戦にならん。矢が尽きたなら、味方に刺さっている矢を集めて使えば、矢が尽きんであろう”
聞いた時は笑いが出た。
戦の最中に矢集めをせよと申すのだ。
だが、こうやって沢山の矢が盾に刺さるのを見ると使えるような気がする。
この藁の盾は使えるな!
邪魔なら止め具を外すだけでいつでも外すこともできる。
◇◇◇
矢合戦が終わって敵も足軽が突撃してくる。
この迫力こそ戦だ。
「どけ、どけ、どけ!」
敵はこちらの長槍の餌食になってくれる。
こちらはそのまま進んでゆく。
敵が怯んだ。
業を煮やす短気者の騎馬武者が襲ってくる。
「馬、狙え!」
ずぼ、ずぼ、ずぼ、馬が飛び跳ねて抵抗して暴れるが、隊を乱す訳にはいかない。
「隊列組み直せ! 乱すな!」
馬が暴れて、敵の側を乱してくれる。
落ちた騎馬武者に槍の一撃が突き刺さる。
俺が倒したかったが、俺の短槍では届かない。
騎馬武者を我らが踏み越した後、弓士が脇差で首の根元を突き刺してゆく。
“死んだふりをする敵もいるから油断するな! 後続は足蹴にして敵の首か、口を一突きして進め! それで生きている奴はいない”
朽木の兵は首を取らないので手間が掛からない。
盾隊は脇差を2本と盾に仕込んだ短槍3本を武器とする。
槍隊は三間半(6.5m)の長槍を装備する。
この長槍は有効だ。
敵が用意に近づいてこられない。
だが、勇気のある奴はその長槍を横に避けて突っ込んでくる。
「我こそは…………」
ぐざぁ!
振り上げて降ろしてくる刀を盾で受けて、もう一方の手で持った短槍で敵の腹を突く。
「卑怯なり!」
何が卑怯か判らんが、名乗りを聞いてやる義理はない。
勇敢な者以外には長槍は脅威だ。
後続を確認しながら前進を続ける。
こうして戦ってみると思うが、前列の盾隊・槍隊より後列からの弓隊の戦果が大きいな!
押せば押すほど、敵が密集する。
密集した所に矢を狙えば、誰かしらに当たってくれる。
押す我ら、下がる敵、その限界をやっと超えた。
敵が崩れる。
『三位一体の陣』
よっしゃ、これで思う存分に暴れられる!
『川側から回って、山側に追い立てよ』
敵の大将を追えと言っておきながら、川側に回って追い駆けろということか!
無茶をいうな!
ふり返ると菊童丸様の目がやれと言っている。
「野郎ども、付いて来い!」
まずは敵に右翼を襲って、弧を描くように大将を追い駆ける。
どけ、どけ、どけ、追いついた敵の背中から短槍を突き、襲い掛かってくる敵は盾ごとぶつかって吹き飛ばす。
手が足りなば、蹴飛ばしてやる。
倒れた敵はもう一人の盾士が脇差で一刺してくれる。
楽なものだ。
その隙を狙う敵がいれば、槍士と弓士が敵を襲い、怯んだ所に短槍をぶち込む。
「止まっている暇はないぞ!」
殿らしい一団が前に壁を作りにやってきた。だが、遅い!
逃走する敵の影から騎馬武者に近づいて、脇から短槍をぐさりと横腹に突き刺す。
勢いのままに落ちたが、そのまま放置だ。
予備の短槍に持ち替えて、そのままで敵を追撃を続ける。
「放っておけ! 敵を追え! 追い詰めろ!」
山崎の逃走兵が永田・横山の両軍に乱入する。
綺麗な隊列が一瞬で崩れてゆく。
なるほど、せっかくの隊列が意味を失う。
どれが大将だ、あいつか!
「我に続け!」
近い方の大将に襲いかかるが、逃げる敵と一緒に永田・横山の兵を突き刺してゆく。
俺の短槍を受けても後の槍と矢まで避けられまい。
その後ろの奴が俺を襲ってくるが、盾士が盾ごと敵にぶつかって止めてくれる。
「よくやった」
止めた敵の首元に槍先を持っていって一閃する。
真っ赤な鮮血が噴き出す。
「次は誰だ!」
気が付くと、永田・横山の兵も逃げ出している。
『朽木は鬼じゃ!』
勝手に鬼にするな!
気が付くと、敵の大将も早々と逃げ出していた。
山の方に逃げた?
どうする?
“敵を撤退へ導け!”
そうだ、まだ二つ目に過ぎない。
「後方の田中の陣を狙う。続け!」
逃げる兵を追い駆けて、田中に近づくと田中の兵が渡河して逃げてゆく。
どうする、どうする、どうする?
田中の兵はすでに先を逃げているので追いつけない。
「このまま、兵を追い立てて、平井の軍を襲うぞ」
平井の軍は撤退せずに混戦となる。
味方同士で殺し合い、誰が敵か判らないようだ。
こちらには関係ない。
とにかく、目の前の敵を討てばいい。
おら、おら、おら、味方もどれだけ付いて来られているか判らなくなってきたが、前へ前へ押し出すだけだ。
菊童丸様が後ろから付いて来られるなら問題なし。
混戦のままで退く平井らの兵ごと、高島の陣に雪崩れ込む。
流石に体が重くなってくる。
最後の高島の兵が崩れた瞬間、騎馬隊が俺達を追い越してゆく。
騎馬隊の通り過ぎた後に死体が転がっている。
糞ぉ、かっこいいな!
『陣形を整え直せ! 休んでいる暇はないぞ。このまま平井の城を落としにゆく』
流石、菊童丸様!
俺達にも容赦がない。
『歩きながらでよい。何か口にしておけ! 水を飲むのも忘れるな!』
そう言えば、口がからからだ。
腰の水筒を取って水を飲む。
生き返る。
流石に無傷とはいかないようだ。
傷つきながらも生き残っている。
俺も生き残った。
「小三郎、ご苦労であった。感謝するぞ」
「はい、やっと初陣を飾れました。これが戦なのですな!」
「まだ、それを言っているのか!」
はははと菊童丸様が笑っている。
皆、笑いが戻った。
俺達が勝った。
3万の大軍に勝ってしまった。
信じられん。