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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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51.危急存亡の秋。

高島七頭が3万の兵を上げた?

何故、いきなり攻められる?

おかしいだろう?

首謀者は比叡山の僧達だと?


惟助(ただすけ)、どうして報告していない!」

「某は報告しましたぞ。『雀のさえずり』など放っておけと申されたではないですか」


そんなことを言ったような気もする。


比叡山の延暦寺は京の鴨川より東と日吉神社(大社)がある近淡海(ちかつあふみ)(琵琶湖)の西側に数万石の寺領を持っており、さらに、土倉(金融)で儲けている。


この土倉の年利が軽く倍(年金利10割)を超えるのだ。

払えない者は容赦なく土地を奪ってゆく、高島にも飛び地の寺領が存在する。


若狭で低利を始めれば、いずれは高利な比叡山が文句を言ってくると思っていたが、まさか、いきなり攻撃的に来るとは思わなかった。

直接に文句を言ってくるまでは大丈夫とタカをくくっていた。


比叡山は数千から万に届く僧兵を抱えている。


細川晴元、六角定頼、朝倉孝景、天台宗宗主の比叡山に囲まれて、発展してきたと言っても朽木など吹けば飛ぶような存在だ。


言うなれば、蜀と同じ『危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋』(出師表(すいしのひょう))だ。


俺は将軍の嫡男だ。

正統な将軍の血筋だ。

立たないという選択はない。


「高島七頭のどこが立った?」

「高島、平井(能登)、永田、横山、田中、山崎、すべての旗が見えます」

「あり得ん」


あり得ないが兵の数が誇張でないという訳か!

高島郡の石高はおおよそ7万石であり、120村5万人くらいが住んでいたハズだ。

3万人という数字は戦える者のすべてが動員された数字である。


これは一揆だ。


そもそも永田、横山、田中の三氏も氾濫の被害があったが軽微だ。

朽木川(安曇川)の下流域でない。

それに関係なく、援助物資を送った。

今回の不作の損害を朽木家が借財の肩代わりをするという申し出も出しも同じ様にしている。


「やはり、金利を若狭と同じにしないことで恨まれましたか?」

「安くすれば、比叡山の恨みを買う。返済時に事情によって棒引き(値引き)することも含めておったであろう」

「それは間違いなく」

「それを知って文句を言うなら判るが攻めてくる理由が判らん」

「しかも数が多すぎます」

「ははは、借りた銭を返すどころか、借りた主を襲ってなかったことにするのか。高島七頭、やってくれるな!」

「准三宮様や母御様の避難を」

「必要なし。俺が敗れるようならそれまでだ。放っておけ! 護衛を回す余裕などない。兵はいくら集まる」

「少々減っておりますれば、菊童丸様の兵を含まて500、近くの村を総動員して3,000、急げば5,000は集められます」


そうだった!


日向守・別所 治定(べっしょ はるさだ)が率いる精鋭100人が上洛している。


「ははは、兄上はまた貧乏くじですな!」

「三郎、控えよ。むしろ、幸運だったかもしれん。朽木家が滅びんで済む」

「親父は何を言っている。今回も勝つ」

「どうやって勝つもりだ?」

「我らには菊童丸様がついておる。負ける理由が見当たりません」

「お前は気楽だな!」

「帰ってきたら、愚痴をいいますぞ」

「ともかく、二日もすれば、武田と共に戻ってくる。それまでの辛抱だ」

「そんな必要はございませんな! さっさと終わらせましょう。菊童丸様」


三郎(朽木の3男)の暢気(のんき)だ。


朽木家の長男の朽木 晴綱(くつき はるつな)は10騎ほど従えて一緒に上洛している。

これで形に上で将軍の命に従って上洛したことになる。

日向守の兵は朽木の旗を背負っているので、7000石の朽木が100人を引き連れれば面目も立つ。


他にも久々子村に兵を100人ほど、作業員を含めれば、500人ほど送っている。


手持ちの兵が少ない時を狙われた気分だ。


「騎馬隊はいくら残っておる」

「50騎のみです」

「十分だ。そうだな、三郎!」

「お任せあれ!」


せっかく100騎まで増やしたのに半分しか残っていない。

仕方ない。

やるしかない。


「兵を可能な限り急ぎ集めよ! 但し、1000が集まった所で出陣する。遅れた者は後から付いて来いと言っておけ!」

「渓谷の出口で迎え討つのではないのですか?」

「敵が多すぎる。山を越えられては防ぐ手立てがない。何、安心しろ! 奇襲というのは夜討ちや朝駆けだけではないことを教えてやろう」

「ははは、やはり菊童丸様だ」


俺は余裕を持ってそう言ったが、内心は肝が冷えて逃げ出したいくらいだ。

敵に孔明(知恵者)がいないことを祈ろう。


 ◇◇◇


朽木川(安曇川)は厄介な川だ。

琵琶湖の西の山々の水がすべて朽木川(安曇川)に流れてくる。

〔流域面積311平方キロメートル〕

大雨が降れば、そこに一斉に集まってくる。

しかも朽木村の先で渓谷があり、朽木川(安曇川)の水が朽木村の手前ですべて集まってくる。

本格的な治水事業など後回しだが、氾濫を防ぐ土手作りだけは後に回せなかった。


去年は大雨がなかったことは運が良かった。


渓谷を抜けると、二つの山に挟まれた谷部に一気に流れ出す。

その土砂が高島七頭の住む土地を作った。

朽木川(安曇川)が運んだ砂でできた扇状地だ。


谷を出ると、天井川に名前が変わるのだったな。


天井川が氾濫すれば、すべてが流されるのは当然だ。


天井とは、天の意を改めたのではないだろうか?


要するに、天には逆らえないという意味だろう。


高島七頭って、嘉禎元年(1235年)に高島郡田中郷の地頭となった佐々木高信を祖とする一族だ。


300年もあれば、何度も氾濫しているだろう。


その経験が生きていなかったのか?


まぁ、経験どころではなかったというのが本音だろう。


一族でない山崎氏が入り込んでいるのがいい例だ。


一族同士、兄弟同士で殺し合い、領地を奪い合ったので、過去の教訓どころではない。


本家の高島氏と山崎氏は多大な被害を出し、本来なら他の四氏の草刈り場になってもおかしくなかった。


放置すれば、民が食糧を求めて周辺を襲い、逆撃されて高島は争乱の渦に飲み込まれて、分裂の危機に陥っていた。


たぶん!


しかし、朽木家の援助によって本家の面目が保たれた。


食糧を求めて襲う必要がなくなった。


さらに比叡山の僧が多く入って、他家の略奪ができる雰囲気でなかったことが2氏を助けた。


こんなことになるなら助けないで争わせておいた方がよかったかもしれない。


三万の兵が渓谷を一斉に超えることはできないので、放置すると山道に分かれて朽木谷に乱入する。


これを排除する兵力を朽木は持っていない。


つまり、籠城はできない。


討って出て、敵を蹴散らすしか方法がない。


参った。


 ◇◇◇


こちらが渓谷から出て谷の出口に陣取ると、向こうは呆気に取られて動きを止めた。


三万の大軍の前に1,000人の兵で陣を構えているからだ。


安心したのか、再び進軍を開始した。


見晴らしがいいので大軍がよく見える。


「菊童丸様」

「どうした? 急に改まって!」

「今回ばかりは菊童丸様をお助けできる自信がございません。お許し下さい」

「ははは、構わん。勝ち戦だ。その心配はいらん」

「その自信は、どこから湧いてくるのでしょう」

「相手の布陣を見て、そう確信した」


農兵を前に出し、先陣に山崎、中堅に永田、横山、田中、後陣に高島、平井(能登氏)、殿に比叡山の兵が控えている。


全軍でこの山の合間に進軍している。


馬鹿じゃないか?


近づくほどに谷間が狭くなってゆく。


3万の兵を動かすスペースがなくなる。


精鋭5,000人程度で上がって来られる方が嫌だ。


混成軍の欠点が出ている。


腹を空かせて死ぬ気で戦ってくる一揆は怖いが、腹を満たした一揆など恐れるに足らない。


糞坊主がどう扇動したかは知らないが、数を揃えればいいというものではないことを教えてやろう。


惟助(ただすけ)、俺の兵は3倍の敵までなら勝てると思っておる」

「30倍もいますが?」

「先陣は高々3,000であろう。それを10回繰り返すだけの簡単な作業だ」

「若、私と見えている世界が違うようですな」

「おしゃべりはここまでだ」


俺は手を上げた。


『横一列から鋒矢(ほうし)の陣に組み替えよ。突撃する』


俺は朽木 稙綱(くつき たねつな)に向かって叫ぶ。


「後続の兵は100人で1組を作り、『亀の陣』で整い次第に突撃させよ。『ただ、進め』とだけ伝えよ」

「畏まりました」

「三郎、20騎編成で左右に回って、敵が我が陣の背後に回らぬようにかき乱せ。残る10騎は漏れてきた敵の駆逐だ」

「承知」

『さぁ、行こうか』

「「「「「「「「「「「「うおぉぉぉぉぉ」」」」」」」」」」」」


最初に上がってくる敵に向かって突撃を命じた。


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