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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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48.暗雲低迷、不作に続いて洪水かよ。

16日、朝から雨が降り始め昼ごろから本降りになって来た。

そんな雨の日の中に宗滴からのお礼の小太刀と返書が送られてきた。

蜷川 親世(にながわ ちかよ)が立ち寄って間もないのにせっかちな方だ。

俺が送ったのは金箔の仏像と蚊帳など朽木谷名産の数点である。


「ね、ね、ね、何を書いてきたの?」

「せっかちな! ただのお礼の手紙ですよ」


そう、宗滴から幕府の上洛に従えなくて済まなかった。

心遣いの品々はどれもきめ細やかであり、俺の心を受け取った。

受け取ったからには上洛できるように準備している。

武田軍の活躍も聞き及んでいる。

その武田軍に勝った俺と戦場で対面することを一日千秋の思いで楽しみにしている。

小太刀を差した俺と相見えん。

そんな感じの返礼だ。


「どういう意味?」

「要するに、時間稼ぎの策などお見通しだ。さっさと戦場で戦って京の道を開けろ」

「戦口上?」

「はい、そうです」


せっかちな宗滴が怒っているか、雨は一向に止まない。


 ◇◇◇


「菊童丸様」


神妙な声で三郎が俺の名を呼んだ。


「そろそろ来るかと思った」

「準備はすでに整っております」

「村の者には?」

「声を掛けております」

「郷衆の者には」

「事前に知らせてあります」

「よし、法螺拭け!」


朽木衆と久々子衆をそれぞれ3つ隊に分けて、農具スコップと大量の麻袋を担いで耳川に向かう。


事前に耳川の弱い部分は調べさせてある。

先に修繕できなかったことが心残りなくらいか。

麻袋に土を入れて頭を紐で括ると急ごしらえの土嚢として使え、それを何重にも厚みを持たせれば簡易の土手を作ることができる。


普段はどこからでも渡河できる耳川が並々と水が流れて巨大な大河と化していた。


川幅が十分ある。


決壊はないと思いたいが弱い箇所が所々あって、それが気になっていた。


幸い、麻袋は護岸工事の為に大量に用意させていたので余裕があった。


「我が土地を守れ! 一気に積み上げて補強せよ」

「「「「「「おぉぉぉぉぉ」」」」」」


スコップで土を抉って麻袋に入れると頭を紐で括って土手に積み上げてゆく。


郷村の衆も積み上げるのを手伝ってくれる。


決壊すれば、粟屋領の郷村の方が被害は大きい。


当然と言えば、当然か!


蛇行する川をまっすぐに河川工事すれば被害を減らすことができるが、それは大掛かり過ぎる。


自然にできた土手の欠損部を補強するくらいしか手がない。


夕方から始めて一昼夜(いっちゅうや)の工事を続けるが、雨は激しさを増すばかりで水嵩(みずかさ)がどんどんと上がってゆく。


もうすぐ土嚢に積んでいる場所に届きそうな勢いだ。


俺は夜半に一度城に帰された。


時々、陣中見舞いで食事を持って訪れるが、河川の近くには行かせてくれない。


17日の夕方、向こう岸の一部が決壊した。


下流の方なので被害はほとんどないと思うが、雨と暗さではっきりと見えない。


「若、そろそろ帰りますぞ」

惟助(ただすけ)、もう少しだけ!」

「いけません。若がいると皆の気が散ります」


こういう時だけ子供扱いだ。

実際、俺の体で徹夜はできない。


あの武田軍への夜襲のときでさえ、指示だけ出すと敵が近づくまで馬の背中で寝ていた。


体力がなく不便も多い。

寝たいときはどこでも寝られるのが、この体の利点と言っていい。

一番恐ろしいのは急に眠気が襲ってきて、俺の意思ではどうにもならない。

馬の背と惟助(ただすけ)の背中が俺の寝床になっている。


18日に入って、やっと雨が上がった。


河川の水嵩はまだ高い。


朝日が差す頃になって落ち着いてきた。


皆、疲労困憊で倒れそうな顔だ。


俺にできることは労いの言葉を掛けてやるくらいだ。


向こう岸の被害が明らかになり、下流域が全滅しているのが明らかになった。


収穫も終え、下流域だけで済んだなら御の字だろう。


郷村の衆から感謝の言葉を貰った。


「菊童丸様のお蔭でございます」

「菊童丸様が来られなかったら、向こう岸のようになっておりました」

「俺の単なる気苦労かもしれん」

「いいえ、水は土手の上まで達しておりました」


さらに土を盛って土手の改修をするか。


その上で植林を進めて土手の補強といったところか。


まぁ、今日一日は休息を与えて、後始末は明日から始めることにした。


 ◇◇◇


19日の昼に河川の水嵩も引いてきた為か、朽木谷や小浜など各所から使者が到着した。


朽木谷は特に問題なし!

護岸補強の効果が発揮された。

河川域の麻畑が全滅したのが少しもったいない。

奥朽木谷では数か所土砂崩れが発生していたらしい。

だが、人的被害はない。


若狭の各所で氾濫が起こり、被害が出ていると報告された。

詳しい被害はここでは判らない。


まずは国吉城に寄って佐柿北部の被害を確認すると、城代に民の救済と寺などを避難場所として借りるように指示を与えてから西に向かった。


通り道に小さな氾濫の跡がいくつも見かけ、各城主や領主に被害の報告をするように指示を出した。


いくつかの川が合流した北川は大氾濫を起こしており、かなり被害を出していた。


北川と鳥羽川の合流地点は全壊だ。


田畑も村も全部流された感じだが、領主の館や寺は山際にあるので幸い無事であった。


当然、倉も無事であった。


村の再建が大変そうだ。


さらに下流は土砂や木材が流れ出し、下流域もあちらこちらで決壊していた。


野木川、松永川など合流する川が多すぎる。


不作の上に、大雨で氾濫かよ!


糞ぉ、呪われている。


 ◇◇◇


後瀬山城に入った俺は若狭に降った大雨で各所に被害を出したことを知った。


田畑が全滅な所もかなり多い。


収穫後でよかった。


早馬で守護・武田 義統(たけだ よしずみ)の使者が到着しており、詳しいことまで判らないが、京の方面でも被害が出ているらしい。


気象予報もないから知る術はないが、雨と風の感じから野分(台風)だったのかもしれない。


俺は義統から全権を委譲されているので指示を飛ばした。


土砂崩れが起こった所に救援を向かわせる。


「倉を開けよ。救済を最優先にせよ」


天文8年8月17日(1539年9月29日)、畿内各地でも大雨が降って被害を出した。


未曽有の被害というほどではないが、戦続きの上に不作と氾濫が重なれば、民百姓の気分は嫌でも反発的になる。


小さな一揆がいくつも起こった。


同時に御用米を運ぶ舟を東国に送る段取りもせねばならない。


便乗して尾張・美濃の米が西国へ送られ始めている。


儲け話になると商人の動きは機敏だ。


大湊で積まれた荷が熊野灘を回って堺に送られる。


早馬を走らせて大湊から幕府に書類が届けられると、幕府は堺に許可書を送る。


一方、日本海側も気の早い商人が西国から舟を集めて、小浜に寄港して許可書を貰って越後などへ向かって出航してゆく。


小浜から京まで早馬で1日だ。


馬を潰す訳にはいかないので、朽木谷など数か所で馬を乗り換えてゆく。


(若狭)鯖街道(小浜~沼田~朽木~京)は活気に満ちている。


まだまだ序の口だ。


(伊勢)貞孝のおっさんら政所は大忙しらしい。


各政人から死ぬほど忙しいので『俺を恨む』という定冗句(ていじょうく)が入った報告書が引っ切り無しで送られてくる。


相談事や御用米を引き受けくれた守護・守護代・地頭・領主などにお礼の手紙を書いてくれというお願いなどだ。


俺も忙しいぞ!


御礼の手紙を書く合間に若狭の処理なども全部が俺の指示を仰ぎにくる。


しかも二人も邪魔がいる。


「なになに、あまりの激務で10日も家に帰っておりません。ここままここで朽ち果てたなら、菩提には『菊童丸命、激務、世去』と書き置きを残しました。菊童丸様の為にこの命を投げ出す所存でございますだって、熱烈な家臣ね!」

「単なる嫌味ですよ」

「どの手紙もおまえのことが書いてあるぞ」

「ははは、恨まれていますね!」


日に日に定冗句(ていじょうく)が長くなってゆくな!


天文8年の若狭不作も8月17日の洪水も史実です。

菊童丸君は天候を変えるチートを持ってません。

あ~、残念!

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