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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
46/85

45.天文8年、西国に徳政令を発した。

「この役立たずが!」


管領(細川)晴元の命を破り、戦に及んで負けて(三好)政長が帰って来た。

晴元が怒りに任せて放り投げた肘掛け(ひじかけ)を避けもせず、額から血を流しながらひれ伏していた。


「申し訳ございません」


(三好)政長は逃げ込んだ吉祥城に兵を残し、わずかな供を連れて高雄に戻って来たのであった。そして、勘気をこうむるのを承知でお願せねばならなかった。


「晴元様にお願いの儀がございます」


人質を返すように交渉を願ったのであった。


「そちは儂に頭を下げよと申すか!」


(細川)晴元の怒りは並々ならぬものであった。


だが、その怒りは無用なモノとなった。


孫次郎(長慶)は政所執事の貞孝と所司代の義統に、捕えた罪人の処断を管領(細川)晴元に委ねたいと申し出たのであった。


それには伊勢 貞孝(いせ さだたか)も舌を巻いた。


「ここまで気を使うとは……………中々できん」

「上様にお伺いしてはいかがですか?」

「そうだな! そうするか」


ははは、将軍義晴は腹を抱えて笑った。

(細川)晴元が怒り狂うのが目に浮かぶようで、機嫌よく孫次郎(長慶)の申し出を受け入れた。


「伊勢よ。あやつは受け入れると思うか?」

「受けざるを得ないでしょう。管領様の名で集めた兵を見捨てたと噂が立っては、二度と兵が集まりません」

「孫次郎(長慶)も悪よのぉ」

「誠に、罪人を受け取ることは管領様の命に従って賊を討ったことになります。褒美を上げねばなりませぬ」

「やっと終わったな」

「終わりました」


孫次郎(長慶)は他にも色々と気を使っていた。

戦場で散った武将や兵は逆賊としなかった。

あくまで妙心寺に参拝して巻き込まれた犠牲者として弔うように指示を出していた。

これによって幕府に逆らった汚名を免れた家が多くいた。


皆、孫次郎(長慶)の心遣いに感謝した。


また、捕えられた武将も格式の高い家や縁者の助命があった者も罪を問わずに釈放した。

しかも戦で散った者と同じく、寺に参拝して巻き込まれ、逆賊を倒すのに助力したという感謝状を添え、敗残の将が一瞬で勝利側の将へと変わった。


皆、孫次郎(長慶)の心遣いに感謝した。


最後に残った頑固な武将や(三好)政長の家臣らも『名無しの権兵衛』(名前が分からない人)として、管領(細川)晴元に処断を委ねたいと言ったのだ。


この『名無しの権兵衛』はおそらく管領(細川)晴元の元で斬首され、無縁仏に葬られたと公表されることであろう。


(三好)政長の家臣らは最初から戦に参加していなかったことにされる。


これで逆賊の中に名前が残る者はない。


誰もが知っているが、誰も口にしない。


管領(細川)晴元への貸しである。


管領(細川)晴元は所司代の義統と所司代補佐の孫次郎に命じて逆賊を討てと命令し、見事に完遂したと記録に残される。


孫次郎(長慶)と(三好)政長の争いはうやむやの内に消え、孫次郎(長慶)は面目を保ち、(三好)政長は家を残せる。


目出度し、目出度しとならなかった?


 ◇◇◇


「はぁ? (細川)晴元は未だに地頭職を命じてないのか」

「はい、父上からの報告ではそうなっております」

「(細川)晴元は何を考えているのだ?」

「さぁ、判りません。すでに勝敗は決しましたので、他の城主や領主は兵を戻しております。伊賀守の兵も芥川城まで戻し、京には武田の兵しか残っておりません」


俺は(細川)晴元の往生際(おうじょうぎわ)の悪さに呆れてしまった。


幕府の交渉人は蜷川 親世(にながわ ちかよ)が赴き、(細川)晴元との罪人の引き渡しは、簡単に終わった。


だが、それは表の話であった。


政所執事代の(蜷川)親世もっと重大で深刻な話を持っていったのだ。


今年の天候不順を覚えているだろうか?


この時代、偏西風だの、梅雨前線だの、日本地図と気象予想を頭に入れて考える者は一人くらいだろう。


この天候不順、日本列島の南側に前線がずっと停滞していると予想できる。


俺は日本全国で不作になっているのではないかと心配した。


貞孝のおっさんに頼んで、日本全国の収穫予想を調べに行かせた。


思った通り、全国規模の不作の年であった。


特に酷いのが西日本であり、下手をすると収穫が三割に届かない地域もありそうだと報告が返ってきたのだ。


(蜷川)親世には、その事実を(細川)晴元に知らせに言って貰ったのだ。


要するに、

『畿内で内紛を起こしている場合じゃないぞ。さっさと対策を考えやがれ!』

という感じだ。


(細川)晴元は茨木長隆を(伊勢)貞孝のおっさんに遣わして、洛中洛外を除く西国に『徳政令』の発布を提案してきた。


父上も特に反対せず、(六角)定頼に相談せよと言った。


商人は怒るだろうが、何もしないよりはいいだろう。


「(伊勢)貞良、急ぎ! 小浜に戻るぞ。付いて参れ!」

「菊童丸様、何を急がれますか?」

「西国を助けながら大儲けをする話だ」


盗賊退治が終わったばかりの田辺(舞鶴)を後にして、翌日には小浜の舟問屋の豪商『古河屋』の主と対面した。


「これは、これは菊童丸様。お呼びでしたらこちらから窺わせ頂きます」

「それも惜しいくらいの急ぎだ」

「それほどに」

「幕府の為に倉を空にして欲しい」

「畏まりました。何をすれば、よろしいのでしょうか?」

「米を買って来て貰いたい」

「また、戦ですか?」

「大戦だ。西国で大飢饉が発生する。北もやや不足であるが、西国ほど酷くはない。5割、10割増しでも構わん。越後などから大量の米を買い漁れ! 大湊にも使いを出し、武蔵国などから可能な限り買い漁るように頼んで貰いたい。これが俺の書状だ。取りあえず、20通を用意した。同じ物も幕府にも用意させる」

「御拝見させて頂きます」

「空手形であるが、無いよりはマシであろう。これがあれば、守護・守護代と直接に交渉できる」

「なるほど! 今から舟を集めれば、まだ収穫には間に合うということですな!」

「売値はそちらに任せる。悪どいことはするなよ。幕府の御用米を運ぶのだ」

「判りました。直ちに用意させましょう」


西国の商人らは『徳政令』で大損をすることになるが、幕府から送ってきた米を買わないということもないだろう。


古河屋の主は席を外し、手代を呼んで出ていった。


さぁ、ここから大忙しだ。


俺が忙しい訳ではないがな!


「(伊勢)貞良、話は聞いたな」

「はぁ、確かに!」


小刻みで気持ちのいい返事を貞良が返した。

西国の民を助けるという使命感を帯びたいい目だ。

だが、言っておこう。

後で知って、落胆されても困るからな!


「よいか! 東国の米を西国に送る。幕府が命令しても誰も動かん。だから、商人を使う。商人は利があれば、動いてくれる。西国で商人が米を高値で売るのは『目を瞑れ』と十分に言っておけ。高くとも、米がある方が争いは起こらん」

「おぉ、何という慧眼!」

「よいか、親父のみに言うのだぞ。売値に文句は付けぬ代わりに、儲けの1割を幕府に、1分を俺に寄越せと書き添えてある」

「菊童丸様ぁ~!?」


こいつ、(伊勢)貞良は判りやすいな!

声のトーンがいきなり下がった。


ただ働きなどするものか?

俺が動かずとも来月になれば、商人が自らの意思で動き出す。

だが、その時は米の奪い合いの戦いが起こっている。


先手必勝!


戦の前に米が流れてくれば、その戦を減らすことはできる。

そう、減らすだけだ!

今の幕府では戦を無くすなど不可能だ。


その上でちょっとだけ儲けさせて貰うだけだ。


「商人達らに渡した書状は守護・守護代と直接交渉できる通行手形代でしかない! 幕府も俺も銭がなければ、何もできん」

「しかし、この非常事態に!」

「では、幕府が買い付けの銭を用意するか? できぬであろう。善意だけで行動する者を商人は信用せぬぞ。『利』を追及する商人は『利』を求める者のみ信用する。信用を買う為にも手数料は絶対に必要なことだ」

「某を騙しておりませんか?」

「俺の目を見よ。騙している目か!」

「……………」

「……………」

「判りました。今回だけは信じましょう。急ぎ、父上に報告して参ります」

「一刻が欲しい。書状は直接に大湊と堺に送れと伝えよ」

「畏まりました」


(伊勢)貞良も飛び出していった。


嘘は言ってないぞ!


他にも手があるかもしれないが、俺はそれを考えないだけだ。


よし、大商いだ。


失敗しても損はなし!


将軍から感謝状、関白様から朝廷に官位を貰えるように進言する。


俺は上げると言ってない!


この魔法の言葉は使い勝手がいいな!


父上なら幕府の命に従った忠臣に偏諱(へんき)の大安売りをするに違いない。


名前を一字上げるだけで感謝されるなんて安上がりだよ!


「菊童丸、わたしの目を見て!」


紅葉が顔をぎりぎりまで近づけてきた。


大きな目を俺に近づけてくる。


じっ~~~~~~~~~~~~と!


ガキじゃなければ、手を出したくなるくらいの美人なんだよな!


まぁ、それ以前に俺がガキ過ぎて何もできない。


おい、紅葉の息が掛かって恥ずかしいぞ。


「あぁ、今、目を逸らした。やっぱり嘘だ」

「何のことだ?」

「紅葉様、菊童丸様が銭にうるさいのは毎度のことでございます」

「そっか!」

「おまえら、俺のことをなんと思っておるのだ」

「銭の亡者と思っております」

「ははは、なるほど! 商人と息が合う訳ですな」


惟助(ただすけ)が澄ました顔で平然といい、山県が笑った。

そうか、そうかと紅葉も納得したように頷いている。


誰が銭の亡者だ。


「しかし、若の知恵は泉の如く湧き出しますな!」

「考えれば、誰にでも思い付くぞ」

「某では考えることもできません」

「そう言わずに、皆も考えて助けてくれ!」

「考えておきましょう」


皆、目を泳がせて笑っている。


駄目だこりゃ!


 ◇◇◇


まぁ、仕方ないか!


この米相場で儲けるアイデアも俺が考えた訳じゃない。


ご存じアイツの知恵を借りている。


何でも豊臣秀吉が津軽や秋田で安く買った米を畿内で8倍にして売って儲けたらしい。


アイツは秀吉より先に戦国チートの米相場で儲けるとか言っていた。


今回はそれをアレンジしてみた。


俺の手元には銭が足りないからね!


しかし、流石に商人は違う。


俺の言ったことを一度で理解してくれた。


秀吉と同じ御用米だ。


少しでも多くの西国の人を助けてくれよ。


俺の懐も少しだけ温めてくれ!


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