40.次の鬼退治はきっと童子切で!
調停が終わった後、紅葉は非常に不機嫌でした。
「わたし、難しいことは判らないけれど、あいつら悪い奴でしょう?」
「そうですね。いい人ではないですね」
「どうしてやっつけてはしまわないの?」
「いろいろあります」
「最初の奴は三分の一しか貰っていないのに、全部自分の物にした悪党でしょう」
「そうですね」
「次の奴はその一部を横から奪った強盗でしょう」
「正解です」
「最後の奴は火事場泥棒でみんな奪った悪い奴よ」
「まったくその通り」
「みんな悪い奴でしょう。どうしてやっつけてはしまわないの?」
全員が人の物を奪った悪い奴らですが、それを咎めることができないのが現状だった。
そう、警察がいない世界なのだ。
征夷大将軍の幕府がやらないといけないのだが、自前の警察官を持っていない。
「もうしばらくお待ち下さい。力を貯めて、きちんと叱れる日をいつか作ってみせます」
「うんわかった。待ってあげる」
「その代わりとはなりませんが、鬼退治でもしましょうか!」
「鬼退治!?」
「黒丸、山賊らは悪事を止めて我が傘下に入るように言ったことを拒絶したのだな!」
「はい、誰の手下にも入らないと言っております」
「小三郎、盗賊退治の経験を生かし、策を考えてみよ」
「盗賊相手に策なんてありませんよ」
小三郎、別所 静治は父と一緒に播磨の盗賊退治で名を上げ、旧臣を集めて、因幡街道の平福宿の北東に位置する播磨国佐用郡の利神城を奪い取った。
どうして城主の別所 治定がウチで家臣やっているだろうな?
本家の別所 就治が播磨の三木城で復活すると再び傘下に入ったが、本家とは反りが合わず、城代を置かれたことを契機に城を空けたままになっている。
親父本人は出奔して浪人になったと言っていたけどね!
調べてみると妻も家臣も利神城に残っており、名義上は城主のままであった。
別所 就治から返還の書状が届くようになったが、本人が帰らないと言っているのでどうしようもない。
それに有能な家臣を手放すのは惜しい。
「敵は山賊ではない。今、対面した三者であり、加佐郡の領主すべてが敵だ。山賊を圧倒し、彼らを恫喝しておく必要がある」
「畏まりました。山の廃城を占領しているそうですから、様子を見てきます」
「ならば、書状をもう一度書く。正面から堂々と中を見て参れ」
「畏まりました」
小三郎は鬼ノ城に行って、もう一度だけ俺の家臣にならないかという手紙を山賊の頭に渡した。
将軍家の嫡男が山賊に3度も使者を送ったのだ。
山賊の頭は有頂天になり、部下に自慢した。
「野郎ども、将軍様の息子すら俺様に跪くんだ。俺様の偉大さが判ったか?」
部下にしたいなら大金か、家宝の鬼切の太刀でも持ってこいと図に乗ったことを言った。
そりゃ、無理だ。
俺はまだ童子切を貰っていない。
◇◇◇
山賊は由良川を上流に位置する鬼ヶ城を根城にしており、一色家の残党と土地を追われ食い扶持を失って農民が野盗化して300人余りに膨れ上がり、城主気取りで陣取っていた。
その山は酒呑童子の家来茨木童子が籠もっていたと伝承される山で後茨木童子を名乗って村々や宮津街道の旅人を襲っていた。
丹波天田郡との国境線となり、迂闊に超えると侵攻と取られるので武田軍も無闇に兵を進められない。
山賊『後茨木童子』もそれを承知しており、襲うのは丹後側の村々と宮津街道の旅人のみに限っていた。
中々に狡猾な奴だ。
俺は天田郡全域を支配している塩見 頼勝に文を送り、討伐の意思を伝えた。これに対して、猪崎城主の三男である塩見利勝を送ろうかと言ってきたが、此度は手勢のみで行うと返答し、感謝の意を伝えた。
暗に鬼ヶ城まで丹後であるという主張でもある。
それとは別に関所税を廃して協定に参加しないかと打診している。
田辺(舞鶴)と横山(福知山)は由良川に沿って引かれている宮津街道で結ばれており、交通の要所なのだ。
塩見家を味方にしておくと何も都合がいいと思ったが、前向きに検討するという文が帰ってきた。
今は時期尚早ということか!
◇◇◇
敵の山賊は300人余り、こちらの手勢は50人足らず。
紅葉は手前の観音寺でお留守番だ。
「ちょっとわたしも連れて行きなさい」
二人の女官が紅葉の体をしっかりと掴めて離さない。
「離しなさい」
「申し訳ございません」
「お許しください」
田辺家などから150人ほど兵を借りた。
50人で300人余りを討ち取るのは骨なのだ。
小三郎(別所 静治)の策は大胆不敵だった。
廃城も見た感じ、50人で落とすのは無理だそうだ。
そりゃ、そうだ!
城攻めは相手の3倍は必要と言われる。
小三郎が出した策は夜陰乗じて、砦の中に入って火を放って、飛び出してきた所を討伐する。
もう1つは、俺が交渉で中に入って内側から殲滅する。
皆は反対したが、大した奴はいなかったと言った小三郎を信じて二策を採用する。
先触れを出して、俺が直接に交渉に来たことを後茨木童子に伝えておく、そして、完全装備の50人が鬼ヶ城山を登る。
俺だけは馬を使う。
田辺らの兵は迂回して、間道に兵を分散して配置して貰っている。
『待て、待て、そこまでだ』
後茨木童子が城の門を閉めて出迎えた。
城? 砦の間違いだろう。
しかも門を閉めておくとか、300人も兵を持ちながら度胸のない奴だ。
「中に入るのは一人だ!」
「ははは、子供一人がそれほど恐ろしいか?」
「慎重なだけだ」
「20人だ。それ以下なら交渉は決裂だ」
「交渉ならここですればよい」
「将軍家の嫡男を愚弄するか! そこまで言うなら武田家と塩見家に討伐の令を出し、一万の兵で鬼退治を行うがそれでよいか!」
何やら部下らしい奴が耳打ちをしている。
討伐はないと耳打ちしているのか、それとも…………顔色が悪そうなので逆のようだ。
「10人だ。それ以上は認められん」
「判った。10人だな!」
ぎぎぎ、門が開かれて俺達は中に入ってゆく。
そこで源三郎(山県 盛信)が吠える。
「そこの門番、門を閉めようとすれば、その場で押しいって刀の錆にしてくれるぞ」
「しかし」
「しかしも何もない。おまえらが死ぬか、生きるかだけだ」
あの強面で凄まれたら言い返せえないよ。
「門より離れておけ! 離れよ」
「ひえぇぇぇ」
悲しい農民の性だ。
この廃城は本郭とニの郭の二重構造であり、山頂の斜面を急にして防御を上げているだけあり、尾根つたいに道が作られている。
ニの郭は本郭を囲い、なだらかに切岸している。
そして、登りきった先に簡素に木を組んだ柵があるだけであった。
城としても防御力はほとんどない。
山頂に陣取っているだけであり、城としては機能していない。
木々が茂って昔の姿はほとんど隠れているが、茨木童子は山道も城として利用していたのではないだろうか?
ここに至るまでの山道は入り組んでおり、石垣を積めば城壁になると思えた。
山頂に陣取っているだけの山賊は所詮、山賊であった。
本郭に入った所で俺は指示する。
「殺レ!」
弓の達人である土御門五人衆が神速で矢を放つ。
後茨木童子は5本の矢を背中に突き刺されて絶命した。
油断大敵、というか、油断し過ぎ!
「「「「殿」」」」
「おのれ、卑怯な」
「これが将軍家のやり方か?」
何言っているんだ?
山賊相手に互角の話合いなど最初からないだろう。
家臣になって心を入れ替えて生きるか、敵対して死ぬかだ。
後茨木童子の家臣と思わる者が叫んでいるが、他の者は唖然としている。
どうやら家臣とそれ以外の者には温度差があるようだ。
というより、山賊の寄り合い所帯という感じか?
さっそく混乱してくれている。
これは小三郎が初陣の数に入らないという訳だ。
長門守(朽木 藤綱)と朽木の精鋭2人、他に小三郎(別所 静治)の四人が散って、敵をかく乱する。
いなして突いて敵を蹴り飛ばすと、そして、次の獲物に狙いを定める。
その影に土御門五人衆が援護に徹する。
後茨木童子への土産の箱には沢山の矢が詰まっている。
長門守と小三郎が一騎当千の力を見せ付ける。
敵が雑魚なだけに強さが目立つな!
蹂躙するが深追いはしない。
頭は取った。
No.2はいない。
こりゃ、楽だ!
このまま本郭の連絡路を遮断するだけだ。
俺は叫ぶ。
『頭が討たれた! もう駄目だ!』
あらん限りの声を上げて叫んだ。
本郭には100人ほど、ニの郭には200人ほどの山賊がいる。
騒ぎが起こると門で待っていた山県 盛信が40人の兵を引き連れて雪崩込む。
10人一組で四方に走る。
「「「「首領は討ち取られた。命を無駄にするな!」」」」
お経を上げるように騒ぎながら蹂躙する。
盾隊が敵を押しのけ、槍隊が敵を刺し、弓隊が援護をする。
三位一体の組織的な戦いをする正規兵と、槍もロクに突けない山賊では勝負にならない。
俺は無理をせずに皮を一枚ずつ剥ぐように攻撃するように言ってある。
特に敵の弓士を率先して排除してゆく。
俺達が本郭とニの郭の連絡通路を占領している限り、意思疎通が巧くゆく訳もない。
ニの郭を蹂躙されれば、それが見えている本郭の山賊も動揺する。
そこにもう一手!
惟助は馬の後から油の壺を取って、ファイヤーピストンで火を付けると壺についている縄を持ってぐるぐると回して、それを屋敷の方へ投げ入れる。
油壺が屋敷に当たるを派手に割れて油に火が飛び移る。
火炎瓶のような爆発力はない。
まだ、純アルコールの精製にはまだ成功していない。
そうだ!
純度を上げるのが難しいのだ。
今回はどうでもよい。
油でも十分に燃え広がり、木造の小屋を焼いてくれる。
ニの郭の山賊から見れば、本郭が陥落したように思え、逃げ出す者が現れて勝敗は決した。
時間にすれば、ホンのわずか!
源三郎が率いる山県隊が本郭に入った所で本郭の敵も逃げ始めた。
逃げる山賊の山狩りは田辺らの兵に任せる。
捕まった山賊の口から朽木の武者の強さだけ伝わった。
「あれは鬼だ。本物の鬼だよ」
などと言ってくれたらしい。
俺らは桃太郎のように戦利品を持って引き上げた。
そして、観音寺で紅葉の出迎えを受けた。
「痛い、痛い、紅葉さん、痛いです」
「ここまで来て、置いてけぼりですか! わたしは要らない子ですか、わたしの心はもっと痛かったの!」
こっちにも鬼がいたよ。