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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
38/85

38.菊童丸(義輝)も和歌を唄う。

田辺(舞鶴)湾に到着!


「綺麗な海」

「あぁ、波が静かだ」

「こんな綺麗な景色を見たのははじめてです」

「そうでしょうね」

「朽木に来てからはじめてことばかりです」


公家の箱入り娘の紅葉は京を出ることもほとんどないだろう。

戦果に巻き込まれて逃げていたが、あくまで京の周辺に過ぎない。

戦乱が産んだ逞しい公家の姫だ。


黙っていれば、美人なのだが………!?


どこまでも心が穏やかになるような優しい波の音が聞こえる。


『散るものの さりとてたえぬ ながめかな 春いくかへり 咲くやこの花』


「綺麗な歌ね。どなたの?」

「ほそか、(しまった)………………忘れました」

「うふ、でも春の歌では笑われるわ」

「そうですね。秋の歌を唄うべきでした」


将軍家も公家も和歌を嗜むのが常識だ。

万葉集はすべて知っていて当然?


いやいやいや、覚えられません。


俺の教師は三淵 晴員(みつぶち はるかず)というおっさんだ。

姉の清光院が父上の幼少期を過ごした播磨国での養育係であったらしい。

その縁もあったのか、俺が生まれた年の内談衆の一人として家臣となっていた。


万葉集は言うに及ばず、様々な漢詩や和歌を叩き込まれている最中であり、俺は記憶を掘り返して故人の歌を借りて何とか過ごしている。


細川幽斎の『散るものの………』は、晴員のおっさんから中々の高評価を頂いた唄であった。


「見事、仁徳院の唄を取り込み、美しい音色になっておる」

「ありがとうございます」


最悪の評価を受けたのが、明智光秀の唄だ。


『ときは今 あめが下知る 五月かな』


「若は斬新過ぎますぞ」


滅茶苦茶に怒られた。


明智光秀は教養人と思っていたのだが解せない。


数え3歳だった俺は歳に似合わない博学ぶりでお気に入りの生徒だったようだ。


朽木谷に来てからは留守が多く、代わりに弟の千歳丸の教育係として精を出しているという。


ただ、千歳丸は普通の数え3歳なので物足りないようだ。


『友そとや 猶色かへす くれ竹の 世代をちきらん 君かためしに』


「ふふふ、ありがとうございます」


よし、紅葉も楽しませることができた。

及第点だ!

こうして和歌を唄い合って楽しい一時を過ごした。


「ところで、おまえらはどうして離れておるのだ?」

「うら若いお二人の邪魔をしてはと思いまして」


はぁ、(数え)4歳と11歳だよ?


まったく、馬鹿らしい。


そんなことはどうでもよい。


『五月雨は つゆか涙か 時鳥(ほとどきす) わが名をあげよ 雲の上まで』


この辞世の句を唄うことがなければいい。


 ◇◇◇


小浜から田辺(舞鶴)まで9里(35km)だが、寺を回っているので到着まで5日間も費やした。


この美しい湾が天然の軍港であることを一目見て察した。

湾口は狭く、湾内は極めて波静かであり、入江は奥まで広がっており、四方に山々が聳えて、どこからでも湾を一望できる。


これほど軍港に向いた地形はめずらしい。


平安以前より栄えていた理由がよく判る。


この田辺(舞鶴)は田辺街道を南下して、綾部を経て山陰街道を通って京に通じている。


小浜と同じく、朝廷や幕府の影響が強い地域だ。


俺のことを一応は立ててくれている。


しかし、寺社を回った感じは、『太良庄の戦い』で俺より朽木兄弟が高く評価されていた。


数え4歳の俺はただの神輿と思われているのだろう。


いずれにしろ、武田家が俺の傘下にいると判断してくれており、借財の借り替えの話は順調に進んでいる。


田辺(舞鶴)の寺社は服従の意を見せながら、中々に意地の悪い要求を突き付けてくる。


まずは形式的には武田家を通すが、実質は田辺(舞鶴)商人との貸し借りの変更を要求してきた。丹後守護である一色 義幸(いっしき よしゆき)が加佐郡を取り戻すことを意識してのことだ。


丹後の国は6郡を合わせた18万石であり、加佐郡の3万7,000石を引いても14万3,000石も残されている。


対する若狭武田家は加佐郡を含めても12万石だ。


互角以上の戦力を有していた。


武田家は幕府・朝倉・朽木などの強力(ごうりき)を得て、一色家を宮津まで攻めて加佐郡を掠め取った。


去年、再び武田 信豊(たけだ のぶとよ)が出兵し、加佐郡を完全に勢力圏に治めることとなっていた。


土地が疲弊しており、復興に銭がいる。


若狭より借財は少ないが、これから出費が相当大きな額になりそうであり、土倉(どそう)(金貸し)を商う寺々にとって儲け時だ。


人が困っている時に銭を儲けるとは悪どい奴らだ。


土地を復興させることには賛同しており、地主や領主の復興費を貸し出すことができると聞けば、年利はともかくおいしい話であることは間違いない。


おおむね賛同してくれた。


但し、条件の1つとして、土地の裁定を頼まれた。


 ◇◇◇


土地の裁定とは、どちらが持ち主であるかという協議である。


大きい所は武田 信豊(たけだ のぶとよ)が裁定を終えているので、小さい物件ばかりだ。


小さい物件なら自分らで解決しろと言いたいがそうは巧くいかない。


寺がどさくさに紛れて『ここは我が寺領です』と横領した土地や、逆に武将が寺領を力ずくで奪い取って武田に認めさせた土地だったりする。あるいは一色時代に奪われた土地の返還を願い出ている者もいる。


利権が絡みあって解決できないのだ。


俺もやりたくない。


「可能な限り協力するが解決できると思うなよ」

「それで結構でございます」


仲介役を引き受けるだけで協定に参加してくれると言ってくれた。


話を聞くだけで『OK』という訳にはいかない。


何も解決しなければ、『無能』の烙印が押されて、今後は一切協力をしてくれなくなる。


ある程度の力を示さなければならない。


面倒臭い。


波が静かな湾は漁港としても最良の地形であり、ここを手放すのはもったいない。


しかも、地引網で大量の魚をGETして、大量の干鰯(ほしか)を生産できる。


この漁港を失いたくない。


ここが悩み所だ。


書き換えの方は田辺(舞鶴)商人に確認を取ってからと言って返事を保留した。


「源三郎殿はどちらで返事をするのが良いと思われますか?」

「某には難し過ぎる」

「武田に借財を残しておけば、武田が加佐郡を失うと寺社は大損をするので武田に協力するかもしれない」

「おぉ、それはよろしい!」

「しかし、武田が要求を呑まないことに反発して、一色家により良い条件を出して寝返るかもしれない」

「それは拙い!」

「……………」

「寺にいい顔をすると領主に嫌われ、領主を擁護すれば寺に反発を招く。どちらを優先するべきとお思いか?」

「それは領主も寺も納得するようにお願いします」

「……………」


聞くだけ無駄であった。


武田家は『脳筋』だらけだ。


こういったことでは頼りにならない。


考えても仕方ないということか。


惟助(ただすけ)、丹後、丹波、一色家と波多野家の情報を可能な限り仕入れて欲しい」

「少々、高く付きますぞ」

「仕方ない」

「手配しておきましょう」

「黒丸、海賊の方でも丹後を調べてくれ!」

「畏まりました」


黒丸が手をわきわきさせていたので惟助が銀の入った小袋を投げた。


それを受け取ると湊の方へ駆けていった。


その銀を黒丸が懐に入れるか、すべて使い切るかは重要ではない。


黒丸がどれだけの情報を仕入れて来られるか。


そこが重要なのだ。


 ◇◇◇


人間万事塞翁が馬にんげんばんじさいおうがうまと言う。


何が幸いであったかは判らない。


この加佐郡には、銀、銅、硫化鉄鉱を採掘できる舞鶴鉱山と銅・鉛を採掘する大俣(栃葉)鉱山があった。


しかし、鉱山が発見されるのは戦国末期になってからである。


俺が知る訳もない。


石見銀山や佐後金山くらい有名だったなら最初に調べさせていただろう。


逆に石灰石などめずらしい物ではないと思い込んでいたので調べさせた。


そうして偶然に石灰石を産出する山を見つけた。


知らないからこそ、幸運に恵まれることもある。


舞鶴鉱山を知っていたらどうしただろうか?


躍起となって金を探させたかもしれない。


だが、金山が見つかることで敵を必死にさせたかもしれない。


そのいい例が石見銀山だ。


石見銀山がなければ、大内と尼子の戦いはもっと穏やかだった。


同じように、


丹後の国人衆はばらばらであったが舞鶴鉱山が見つかれば、加佐郡を取り戻そうと一致団結したかもしれない。


何が災いし、幸いするか?


判らないものだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [気になる点] 「俺のことを一様は立ててくれている」 一様=同じような 一応=最低限 今回は一応が適切かと思います。 [一言] 万葉集を押さえておいて、その場に応じた唄…
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