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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
35/85

35.助けてやるから文句は言うな!

「うまい。うますぎる」

「この世のものでない」

「いったい、このおいしさは何ですか?」


若狭武田が上洛の決めた日から5日後、俺は小浜の商人を呼んで料理をふるまった。

最初は魚の出汁のお吸い物からありきたり料理を進め、海鮮料理へと至ってゆく。


すべて絶賛される。


そして、茶わん蒸しに行きついた所で称賛の中に、その秘密を探る渇望のようなものを感じた。


「ただいま召し上がっておられる料理の数々は、前太政大臣であられた近衛 尚通(このえ ひさみち)公が絶賛されて、お食べになられている御食事です」

「おぉ、近衛公が御食べになっている料理ですか」

「なるほど、おいしい訳ですな!」

「さて、ここからの料理も近衛公のお墨付きを頂いており、また、興聖寺(こうしょうじ)の住職である寂雲(じゃくうん)様からありがたい教誨(きょうかい)を頂いて、褒められた料理であります。もし、気になるというのでありましたら、お箸を付けなくて結構です」


ぼたん汁、ぼたん丼、焼き鳥串、鹿の焼き肉と肉料理が続き、最後は甘酒で締めて終わった。


「さて、お話を聞きましょうか?」


商人の中で長と呼ばれている豪商が口を開いた。


うん、話が判る。


この五日間、武田家家臣の借財の多さに頭を抱えた。


至った結論は普通にしていては返せない。


すでに限界を超えており、借財を借財で返すしかないサラ金地獄に至っていた。


当時の金利はトイチ(10日に一割の金利)や三ヶ月で倍(年利1600%)が普通になされており、一度、返済不能になると抜け出せなくなり、最後に土地と人を奪われて決着する。


主に土倉という山門(寺社)が奪い去って終わる。


武将達や村の経営は終わっていた。


真っ黒であった。


数十万貫文に達していた。


これが来年に倍になると、できた作物をすべて渡しても元金が残る。


どんな努力して田畑で作物を作っても永久に借金はなくならない。


残される手は『押し入り』だ。


商人や山門を襲って、借金がなかったことにするしか手が残されていない。


つまり、若狭武田の経営は終わっているのだ。


商人や山門との対立は避けられない。


今のままでは!


「どうすれば、我々は助かることができますか?」

「俺もせっかく手にいれた『塩田』の権利を失うのは馬鹿らしい」

「その通りです。我々が居ての『塩田』の契約でございます」

「行き詰れば、そこに行き付く。商人や山門を潰した武田は自ら痩せ細って滅びてゆく」


商人達も一同に頷いた。


「此度、山科卿が朽木谷に来られて絹座を開くと言われている。いずれは綿の苗を手に入れて、綿を作ってみようかとも思っている。明より入ってくるあの綿だ」

「おぉ、それは!」

「旨そうな話であろう」

「どうかその折にはよろしくお願いします」

「そのつもりだ。で、頼みたいのはこれの事だ」


そう言って手を上げると扉が開かれて山積みになった借財の証文の写しが積まれていた。


「これを小浜の商人で借り換えをお願いしたい。年1割だ」

「それは随分と思い切った額ですな!」

「損はないぞ。裏書に守護武田が名を連ねる。すべての処理は武田の方で責任を持ってやらせる。取り立てる人手も手間もいらない。つまり、おまえ達は寝ているだけで銭が入る。悪くないであろう」

「悪くはございませんが、少々額が大き過ぎませんか?」

「うん、俺もそう思う。でだ、田辺(舞鶴)も巻き込もうかと思う。その為に田辺(舞鶴)にも『塩田』に一枚絡ませる。田辺(舞鶴)の取り分は小浜の半分だ。その残り半分は小浜に入れさせる。小浜は田辺(舞鶴)で塩が売れれば、何もせずに半分の利益が手に入る。悪くはなかろう。戦で加佐郡を失った場合、その損失は馬鹿にできん。その損失を田辺(舞鶴)に押し付けると思えば、安い買い物になるぞ」


何故、田辺(舞鶴)を外すと戦になるのか?


簡単である。


田辺(舞鶴)の商人も銭を貸して儲けているのである。

それをすべて小浜の商人が取り上げればどうなるか?

田辺(舞鶴)の商人は怒り狂って、丹後の一色に願って、田辺(舞鶴)を武田から取り戻してくれるように頼む。


「田辺(舞鶴)が一色に銭を貸すという訳ですな」

「それも割安の条件を出すだろう」

「ない…………と言えませんな」

「欲張れば、敵が増える」


今回、武田は管領(細川 晴元)に恨みを買ったので、丹波の波多野が出てくるかもしれない。


丹後加佐郡を一色に奪われれば、借財は紙くずだ。


「判りました。受け入れましょう」

「助かる。成綱(しげつな)(朽木稙綱の3男)、別室の田辺(舞鶴)の商人を呼んでこい」

「はぁ、畏まりました」

「流石ですな! ですが、やることがお早い」

「無理を聞いてくれた褒美だ。今、食した物の作り方を教えてやろう」

「おぉ、ありがとうございます」

「外には漏らすなよ」

「はぁ、肝に命じます」


これで商人の説得は終わった。


だが、問題は残っている。


「借財の肩代わりは問題ありませんが、寺に手を出すことはできませんぞ」

「心配致すな。すべて武田が買い上げる。その後にできれば、山門の方も年利2割で参加させるつもりだ」

「我々より率がよろしいようで!」

「お主らのように小腹を満たす料理が用意できんのでな」

「ははは、確かに。肉を食させて懐柔する訳にいきませんな!」

「そういうことだ」


強欲な僧侶に塩や綿の話をすれば、自分達で始めるに違いない。

彼らにはそれだけの財力と権力がある。

朝廷や幕府や守護の土地を奪って平気な顔をできる連中だ。


大和(奈良)には守護が存在しない。


興福寺が守護を兼ねているからだ。


他にも朝廷や幕府の力の及ばない存在がいくつもある。


それが比叡山、高野山、石山本願寺、法華宗、禅宗等々だ。


余程、気の許せる住職が味方にならないと話す気にならない。


 ◇◇◇


7月10日、上洛の兵を連れて城主・領主が戻ってきた。


「そなたらの借財はすべて武田が買い上げる。しかる後に同額を年1割で貸し出しを行う。文句のある者は参加を控えよ」


武田の役人がそう告示した。


家臣一同が一斉に明るい顔を覗かせた。

10割の金利が1割に減ったのだ。

最悪、1割の金利を払えば、元金の返済を待つとも付け加えた。

これで家が助かると胸を撫で下ろす。


そこで武田 義統(たけだ よしずみ)が宣言する。


「武田家は農政改革を行う。従わぬ者には貸し出しを許さぬ。財政を立て直せない家は取り潰す。そう心得よ」


お家取り潰し、改易(かいえき)は昔からある刑罰で蟄居より重く、切腹より軽いらしい。


ざわざわざわ、借財くらいで取り潰されては堪らない。


「お館様、それは余りにも」


家臣一同の訴えにも家老達は静かに座っている。


俺はゆっくり立ち上がった。


「助けてくれと言ったのはおまえらだ。助けてやるからありがたく付いてまいれ! 俺に従えば、取り潰しなど絶対に起こらん。安心しろ! おまえらの土地をすべて実り豊かな土地に変えてやる。ありがたく付いて来い」


ふてぶてしく高圧的に言ってから、そして、どかっと座り込む。


代わって、守護代の内藤が立ち上がって説明を行う。


指導に従わない家は取り潰され、家臣として召し抱えられる。

逆に、優秀な家臣は新たな土地や取り上げられた領地の領主として派遣される。

戦で手柄を立てるだけが領主でないと内藤が言う。


「褒美で頂いた土地を召し上げると言われるのか?」

「そうならないように領主として振る舞って下さい」

「お館様は我らを信頼なされないのか?」

「信頼されております。しかし、領主としての才覚は別です。領主は民の安寧を約束する者でなければなりません。必要なら代官を派遣します。その者に任せれば、より家臣として働き易くなります」


新守護代の内藤さんもがんばれ!


まぁ、すぐに納得する訳もないが、納得して貰うしかない。


収穫が増えるのだ。


文句を言うな!


それでも従わないなら、マジで討伐してやる。


農地改革の主導者は岡部 斗丸(おかべ とまる)が一手に引き受けることになる。


責任重大だ。


大変な役を押し付けたことになる。


すまん!


心の中で謝った。


敢えて正条植や鉄の道具のことを伝えない。


彼らがやる気になれば、自分らから教えを乞うハズだ。


それをやる気のバロメーターとして判断する。


領民の事を考えないで、搾取するしか能のない奴は排除する。


農政改革という名の中央集権化だ。


家老が決める談合制はそのままだ。


独裁じゃないぞ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] ・現在のリスケ(リスケジュール)ですね。元本合わせての 返済は猶予する代わりに利息だけ延々と払う。そして代官は 銀行から定年間近で出向して来た(笑)財務担当の…
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