32.再度、若狭へ!
天文8年閏6月28日(1538年8月12日)、俺は再び若狭の小浜に向かって出発する。
「菊童丸様、いってらっしゃい」
「お気をつけて」
「「「「菊童丸様」」」」
いつまでも難民村では可哀想なので河原村と名付けた。
村人らは新しい村なので新村と呼ぶ。
皆は俺が見えなくなるまで手を振ってくれている。
それを過ぎると朽木川(安曇川)の対岸にある職人村でも皆が待っており、次に朽木村の村人らが俺を送り出す為に待っていてくれる。
「あんたって、村人から好かれているわね」
「麿とどこが違う?」
「まず、風格から違うわね」
「どこが?」
「きょろきょろしない」
「ぐぐぐ」
当然という顔で紅葉と晴嗣が付いて来ている。
俺は聞いていないぞ。
「どういうことだ。惟助」
「許可はいらないのではないでしょう」
「何故だ?」
「近衛家の長女と嫡男が若狭に赴くのに菊童丸様の許可は必要ありません。帯同する者も別に付いておりますれば、同じ方向を歩いているだけとも言えます」
「そんな訳がないだろう」
先駆けを出しているとは思えないし、こいつらは別件だと言えば相手が困惑する。
300人近い大行列で若狭に向かっている。
半分は俺の護衛だが、50人は農業の指導者、残り100人は塩田を建設する為に連れてゆく技術者だ。
これで他人と言える訳がない。
紅葉は俺の婚約者だぞ!
晴嗣は知らんとも言えるが、そうもいかないだろう。
「では、帯同者として扱っておきます」
「帰ってくれんだろうな!?」
「無理でしょうな!」
無茶なことだけは言わないでくれよ。
◇◇◇
先頭は騎馬隊50騎が前を行く。
指揮は引き続き朽木 藤綱が取っている。
沼田が集めた馬30頭も買い取って朽木に預けた。
「此度も若様の護衛ができて感動です」
「よろしく頼む」
「兄上など、俺と代われとうるさかったです」
「幕府からいつ出陣の要請が来るか判らんのだ。当主と嫡男がいないでは話にならんだろう」
「時期が時期でなければ、無理矢理でも代わられていました」
「帰った時に謝っておこう」
「よろしくお願いします」
藤綱がいると安心できる。
騎馬隊は俺のシンボルだ。
これがいないと締まらない。
続く一団は我が家臣団である。
土御門5人衆であり、周囲の警戒をしてくれている。
五人が五人とも弓の達人という集団だ。
リーダーの弘太郎は土御門家の分家の分家に当たる領主の嫡男であり、名田家を継ぐ者なのだが、名を捨てて弓守 泰丸に改めた。
主人から偏諱を貰い泰吉を泰丸にするのは名誉なことだが、当主に許しも貰わずに名を変えるのは問題じゃないのか?
「問題ございません。我らが主人は菊童丸様、ただお一人でございます」
「そう言ってくれると嬉しい」
「いいえ、弓の神など、我らには勿体ない名前でございます。必ずやお守りしてみせまする」
「頼りにしておる」
「「「「「「ははぁ!」」」」」」
元気のいい返事だ。
元々、この弓守は名のない3人に付けるつもりだった。
それを聞いた名田(弘太郎・藤次)兄弟が我らもと言うから、五人とも弓守と名付けることにした。
まぁ、気に入ってくれて何よりだ。
護衛の指揮は別所 静治に任せる。
山狩りの副将をしていたので、「太良庄の戦い」に参加できなかったことを悔しって、今回の護衛に志願してきた。
静治には弓兵50人と足軽50人を指揮している。
「此度はどんな戦が待っていますか?」
「砂と格闘する戦が待っているハズだ」
「それは戦とは申しません」
「ははは、俺は戦がない方がいい」
「某も初陣を早く飾りたいのです」
「親父殿から初陣を終えていると聞いたが?」
「夜盗狩りは初陣に入りません」
「そういうものか」
「そういうものです」
静治は日向守、別所 治定の息子だが、播磨にある本家の別所 就治を見限って新たな仕官先を探し、何故か難民らと一緒にやってきた。
こいつの親父殿は「将軍の直臣になれる機会はめったにない」とは豪語していた。
将軍家より感謝状を貰っておけば、次にどこに仕官するのも容易くなると、俺を目の前に言うのだ。
最初から辞めるつもりかよ?
確かに中央との繋がりを欲しがる者は多い。
首になっても再就職は楽になるだろう。
「戦になって欲しいですな!」
息子は親父に比べて能天気だ。
さて、今年の山狩りは無事に終わった。
終わっても仕事が無くなる訳ではない。
今度は食糧の増産だ。
田畑を開拓するのはもちろんだが、空き地に麻や粟や大豆などの種を植えさせている。
山土だけで育つ植物は楽でいい。
麻などは一年草であり、3カ月で収穫できる。
冬までにもう一度収穫期が来るのが嬉しい。
今回は塩田の方に少し人材を回して貰った。
他にも若狭の財政事情を改善しなければならない。
その種を大量に運んでいる。
要するに朽木谷を同じく、主食を米から雑食に変える訳だ。
農業の指導者は一郎に指揮を取らせる。
一郎は村長の藤四郎の息子で、実質河原村のNo.2だ。
名も岡部 斗丸(通称、一郎)の名を与え、俺の文官(侍)とした。
指導力も人徳もある。
俺の直臣だから母上に対面せねばならず、礼儀作法も覚えてくれた。
どこに出しても恥じることもない。
「菊童丸様、私にはやはり無理です」
「やることは同じだ。同じようにすればいい」
「ですが、相手はお侍様です」
「お前も侍だ。しかも将軍家直参の俺の家臣だ。どこに出しても恥ずかしくない」
「ですが…………?」
「俺に恥をかかせないようにがんばってくれ! 期待しているぞ」
少し頼りないのは仕方ない。
2年前まで川原者という最下層にいた者だ。
同じ難民には堂々としているが、侍相手では腰が低くなってしまう。
驕り高ぶるなら問題だが、腰が低いのは問題ではない。
職人衆の要には大工の菊部 才丸(通称、茂介)と陶芸師の佐々木 鬼丸(通称、捨)を連れてゆく。
どちらも俺が名付けた。
茂介は俺の無茶な要求を聞いてくれる大工の棟梁であり、捨は焼物の要を担ってくれている。塩田の成功には、この二人の力が欠かせない。
「茂介、またよろしく頼む」
「若様の無茶は今にはじまったことではございませんから構いませんが、できることしかできませんぜ」
「茂介にできないのなら、それは無理ということだ」
「若様、煽てても何もでやせんと言いたい所だが、1つご相談が!」
「何だ?」
「塩田に引く水路ですが、砂で埋まってしまっては元も子もない。そこで捨さんの煉瓦で海を囲って、砂が入り難くできませんかね」
「おぉ、それは面白い。捨、どうだ、できるか?」
「できなくはありませんが、煉瓦より石の方が固いです。煉瓦を焼かなくても普通に石で十分でしょう。そこにあの『モルタル』とかいう物で間を詰めた方が早く済むと思います」
「なるほど、石の方が固いか!」
「はい」
塩田は海に近い方は工事が楽かもしれん。
巧くいけば、銭が節約できる。
「よし、二人で計画を進めてみよ」
「「畏まりました」」
「但し、見栄えはよくしろ! 出資者が銭を出し渋らんように気を使え!」
「また、そういう無茶をいいなさる。捨さん、できるか?」
「考えてみましょう」
「よろしく頼む」
規模は大きく、経費は少なくだ。
行ってみないと詳しいことは判らないが、三方の領地で準備を整え、塩田造営の作業ができるようになれば、さらに500人の作業員を呼ぶ。
俺の要求を巧く取り仕切ってくれている。
皆に感謝だ。
「あんたってこまめね」
「何がですか?」
「もしかして全員に声を掛けるつもりなの?」
「流石に、それは無理ですよ」
「ずっと見ていたけど、半分くらいは声を掛けているわよ」
「道中は暇ですから」
「晴嗣、こうやって家臣の信頼を厚くするのよ。見習いなさい」
「はい、姉上」
晴嗣、紅葉には素直だ。
やっぱりシスコンか?