29.塩田がどれくらい儲かるなんて知らないよ。
後瀬山城を出て帰国の途に出るまで一苦労であった。
俺は宋の技術などと出まかせを言ったが、小浜の商人の一人が噂で『塩田』の話を知っていた。
何でも瀬戸内(瀬戸内海)の村でひっそりと造っているらしい。
もちろん、門外不出だ。
どこで造っているかすら隠し続けているらしい。
塩の生産はずっと古来より伝統の『藻塩』が敦賀で生き残っているが、その量で瀬戸内の塩に負けている。
つまり、小浜の商人らは瀬戸内と同じ技術が手に入ると勘違いしてくれた。
そこで欲がでたようだ。
ほぉ、この時代には『塩田』はあったのか?
知らなかった。
小浜の商人らは借財を十五万貫文から一〇万貫文にディスカントしてきた。
交換条件として、『塩田』の建設に掛かる費用は小浜の商人衆で持つという。
「見積もりをお示し頂きたい」
「ははは、よく気が付いた。あっぱれだ。その方の言い分で良い」
銭借りられるなら多く借りておいた方が使い勝手いいと思っていた。
どこに『塩田』を作るのかも決まっていない時点で総額が判るハズもない。
こちらが引く条件に運営も商人らに任せることにする。
奴隷のような搾取をさせない為に監視は置く。
で、その監視役ごと横領しはじめて室町幕府の崩壊に繋がっているので、監視を監視する為に視察もしなければならない。
面倒臭い。
武田 義統の上洛の準備を始める。
現守護の信豊が隠居し、家督を譲るというのが建前だ。
母方のお父さんである(六角)定頼とかにあいさつ行かせねばならない。
大量の兵を動員すると銭も掛かる上に稲刈りなど農作業に支障を招く、上洛に大軍はいらない。解雇した傭兵を再雇用して数の足しにすればいい。
家臣や領主を集めると同時に、村長など集めて武田領の食糧事情の改善を図る。
朽木谷のノウハウをそのまま使う。
要するに米以外の農作物を作らせて、農地の有効活用だ。
麦、大豆、粟、 稗、黍、麻等々を増やしてゆく。
今回は綿花の栽培が可能になる。
綿花を栽培すると土地が枯れてしまうので朽木谷では向かなかった。
しかし、海から取ったイワシを使った干鰯という肥料が使えるので、綿花栽培ができる。
よく判らないが、人・馬糞など使った肥料では綿花など栽培に向かないならしい?
干鰯の大量生産ができれば、朽木谷に輸入して、麻に続いて綿花の栽培を始めてもいい。
もちろん、すぐには始めない。
始められない。
塩水選や正条植も伝えない。
教えて『はい、そうですか!』と納得してくれる訳がない。
最初は朽木谷の農民も半信半疑だった。
実際に見るのが一番だ。
それを見て、感じて、欲しくなったなら伝授してゆく。
今回は土地の有効利用のみにする。
特に冷害対策が緊急だ。
◇◇◇
後瀬山城の中庭に傭兵らを再度集めて俺は言った。
「よくぞ、俺を裏切ってくれた。覚悟はできているだろうな!」
傭兵らがざわついた。
入城に際に小刀まですべての武器を預からせて貰った。
みんな丸腰だ。
しかも周りには荷物が積まれて兵が取り囲む。
まさか、誰もが息を呑む。
「言いたいことは判る。銭で雇われて他意はないとでも言いたいのであろう。だが、裏切りは裏切りだ。二度目はないと思え!」
開口一番脅すだけ脅して、来月の頭に上洛するので再雇用の話をする。
上洛が無事に済み。
無事に帰ってきた者は家臣に取り立ててやる言うと、あとは酒と肴を振る舞った。
布を取って酒樽を見せると、安堵の息から歓喜に変わった。
武器を預かったのは喧嘩で刃傷沙汰にさせない為だ。
たらふく酒を飲ませて、すべて水に流させよう。
俺はお茶だよ!
「菊童丸様、どうして俺らのような者を家臣にすると言われるのですか?」
酒の勢いか、海賊の頭領である脇袋 範継がずけずけと聞いてくる。
「特に意味はない。強いて言うなら、俺が貧乏だからだ」
「ははは、将軍のご子息が貧乏ですか!」
「貧乏も貧乏だ。家臣が3,000人もいるのに、土地はこの戦で貰った500石のみだ。それで皆を食わせねばならん。使える奴なら身分に関係なく、誰でも家臣する」
「俺達に何をさせるつもりですか? どこかの領主でも襲いますか?」
「そんなことをしても手に入る土地など知れている。この若狭と都を結んで荷を運んで銭を儲ける。銭があれば、土地などなくても食ってゆける。判るか?」
ははは、(脇袋)範継が大笑いをする。
それは随分と嬉しそうに笑う。
何が面白いのかはよく判らない。
「あっしら海賊を同じようなことをすると言うのですか?」
「海賊というものがどういうものか知らんが、荷を運び、護衛で銭を得るというのは同じだ。此度は若狭と都のみだが、いずれこれを日ノ本中に広げる。然すれば、一万から五万、あるいは、一〇万の兵が必要になるかもしれん。今、家臣になっておけば、一万を率いる大将になれるかもしれんぞ」
「ははは、俺が大将ですか!」
「まずは武田領内の街道の治安を一手に引き受ける。3,000人くらいの兵を率いる武将となれ! まずはそこからだ。海が好きなら船団を揃えて、海将を目指せばよい。海も街道の1つだ」
ははは、(脇袋)範継がまだ笑っている。
みんな、夢を見るくらいはいいだろう。
その笑いが明日まで続くといいな!
◇◇◇
盾・槍・弓は、すべて使えて状況に応じて変化できなければ、役に立たない。
平地での合戦なんて稀だ。
弓なしで攻城戦とか、被害がデカすぎるだろう。
次に俺が帰ってくるまで、傭兵らは地獄の弓の稽古が待っている。
土御門五人衆がいうには、指の皮が切れるまで矢を放てば自然と巧くなるそうだ。
的当てゲームに賞金を付けて意欲を上げて、罰としての正射の義務を課せる。
一人に付き、一日千本だ。
(10本を射て、1本外す毎に100本正射の罰だ)
それ以外の時間は矢を作り続けさせる。
新しく雇った者を含めて、何人が生き残ってくれるやら?
帰ってきたら、誰もいなくなっただけは止めてくれ!
◇◇◇
俺は馬に乗って後瀬山城を出発した。
やっと朽木谷に帰れる。
どうしてこうなった?
脇袋 範継、黒丸が同行を申し出たので、中心の白円である正鵠を10発10中で射られたなら連れて行ってやるというと、本当に当てやがった。
「がははは、海賊が弓を扱えなくてどうしますか?」
100発100中は無理だが、10発なら余裕らしい。
熊みたいな身なりの癖に手先も器用とかないだろう。
「惟助の旦那に聞きましたが、今回は大儲けしたそうで!」
「何の話だ?」
「武田家を助け、商人衆を儲けさせた件です」
「知らんな!」
「旦那の話では若様は塩で数万貫文が儲かるとか、聞きましたが?」
「儲かるかも(?)と言ったかもしれんが必ず儲かるとは言っておらん」
「どう違うのです?」
「どこまで聞いたのか知らんが藻塩より塩田の方が儲かる。それは嘘じゃない。だが、塩田でどこまで安い塩が造れるか、俺は知らん」
「酷い、それじゃ詐欺じゃないですか?」
「予想より儲からない場合は武田が補填するから商人に損はない。とにかく、やってみないことには判らんのだ。俺は何1つ嘘も言ってないぞ」
瀬戸内はそれで儲けているのだ。
それなりに儲けはあるだろう。
欲に吊られて話を大きくしたのは小浜の商人の方だ。
「お前らを雇えるくらいには話を大きくしてやる。銭は小浜の商人が出してくれるありがたい話だ」
黒丸の中の尊敬のゲージが幾分か下がったかもしれない。
俺は人助けのお人好しではないし、悪徳で誰からも奪うような者になるつもりもない。
どっちにしても俺の手はそんなに長くない。
何故、俺はこんなことをしゃべっている?
糞ぉ、惟助が余計なことを吹き込むからだ。
「もしかすると、儲けの一分と控えめに言われていたのも嘘がございますか?」
惟助が聞いてきた。
「一分のどこが控えめだ?」
「商人2割、武田4割、幕府4割、若は一分(1%)でございます」
「俺は売上の一分(1%)だぞ! 塩の売れた分の一分(1%)を寄越せ言っているのだ。働いた者や荷を運ぶ者の手当を引くと割と儲けが減ってしまう。しかも利益が少なければ借財を返して、一銭に貰えない武田・幕府と違って、俺の方は売れた分だけ寄越せと言っている。それのどこが控えめだ!」
惟助が笑い、黒丸が呆れている。
「流石、若です」
「若様は転んでもタダで起きそうもないな!」
「褒めて貰ったと思っておこう。あっ、貞孝のおっさんには伝えるなよ」
「御意」
バレたら意味がない。