28.20年後に若狭武田家が残っているといいね!
武田義統が後瀬山城に帰城すると、玄関前で前守護の元光が出迎えてくれた。
「この度は愚息の為に色々とご迷惑をお掛けいたしました。また、和議が整い、油断している隙にかくの如きになりましたこと。重ね重ね、お詫び申し上げます」
「大膳大夫殿、お体は大丈夫か?」
「はぁ、なんとか動けるほどには」
以前にあったときより顔色が良いように見える。
もしかすると、俺が何もしなくても(前守護)元光が回復して、元の鞘に戻っていたのではないだろうか?
俺のしたことは無駄どころか、戦をして負担を重くしただけかもしれない。
そう思うと気が重くなった。
◇◇◇
評定の間に入り、以前とは逆に俺が上座に座った。
山頂じゃないぞ!
山の麓にも館があり、通常はそちらで行われる。
管領晴元から持ち掛けられた経緯を聞いて、俺は思わず呟いてしまった。
「おまえら、馬鹿ぁ!」
しまった。
そう思ったが、今更、口を閉じる訳にいかない。
守護代の内藤 元兼の話を合算すると、若狭武田家は去年の収穫を終えて返還しても八万貫文近い借財が残っている。
後瀬山城の倉は空らしい。
此度、管領晴元を助ける条件で、無償の米を貸して貰え、丹後制圧に助力も貰えるという。
若狭武田家は丹後の加佐郡(舞鶴)を含めて12万石程度であり、丹後を制圧すれば、計20万石になる。
それで何とか借財を返す目途が立つと考えた。
「理屈ではそうなる。しかし、武田家は将軍家の忠臣として名を馳せている。丹波守護代内藤家を攻めた(管領)晴元が、財政が立ち直ってゆく武田家を放置すると思うか? 無害に等しい内藤家を攻めるような奴だ。何かと理由を付けて、武田家を滅ぼすに違いない。何故、それが判らん」
思わず、適当なことを言ってみた。
元守護・元光がうんうんと頷いてくれている。
実際の所、管領晴元が武田家を滅ぼす余裕があるかが怪しい。
畿内は管領晴元と孫次郎(三好長慶)と争い、三好が政権を取ることになっている。
歴史通りとは限らないが、孫次郎(三好長慶)の行動を見る限り、ただ者ではない。
管領晴元が武田の為に丹後にかまける時間はないと思う。
いずれにせよ!
若狭武田家は財政難で崩壊は免れない。
去年、粟屋 元隆が元光の弟である信孝を擁して謀反を起こしたのも財政難が原因じゃないか?
それに仲介に徹した家老の逸見 真正は海賊衆と繋がっており、一色家とも縁がある。
財政崩壊すると武田家を見限る可能性もある。
外で戦をする余裕なんてない。
しかし、将軍家などの助けを無視することもできない。
なぜなら強さを示さなければ、豪族や国人衆から支持を貰えない。
戦えば、財政難で崩壊で内乱が待っている。
戦わなければ、支持を貰えずに当主の交代をさせられる。
詰んでいる。
はぁ、俺は大きなため息を付いた。
駄目だ、こりゃ!
◇◇◇
武田家がどうなろうと俺には関係ない。
「すべての借財書をここに揃えよ」
「はぁ、畏まりました。しかし、何ゆえに?」
「一々、口出しいたすな! 言われた通りにすればよい」
「判りました。直ちに」
俺の横に座る次期守護の武田 義統に向きあった。
義統は成人したと云え、数えで14歳だ。
家老と話したことをどれくらい理解したか怪しかった。
「此度の戦で貸した銭だが、どうも返せそうもないと思うのだが、どう思うか?」
「申し訳ございません。必ず、返させて貰います」
「伊豆守、お主も同じ意見か?」
伊豆守(内藤 元是)は元光の弟で前守護代である。
これで判りませんとか言うようなら本当に見捨てるぞ。
「恐れながら、返すのは無理かと存じ上げます」
「伊豆守、それはならん。菊童丸様にこれ以上の負担をお願いするなど在ってならんぞ」
「そのお気持ちをよく判りますが、ない袖は振れそうもございません」
「俺もそう思う。そこでだ。若狭の砂浜のある村を代金として貰い受けようと思う。木々もある山がある所が良い。どうだ、砂浜を1つ、分けてくれんか!」
義統が伊豆守の方を見た。
「ですれば、三方の漁村のある五〇〇石がよろしいと思われます。近くの山々はすべて幕府の直轄地が多く、木々を切るのも支障がないと存じあげます」
もう少し近い方がいいのだが砂浜となるとそうなるか?
それに武田家の直轄地でなければ、簡単に決めることができない。
「判った。そこで手を打とう」
「ありがとうございます」
「これから俺のすることに文句を付けるなよ」
「畏まりました。皆もそれでよいな!」
一同も頭を下げた。
あとで文句を言うかもしれないが、そんなことは構わない。
少なくとも守護、守護代、すべての家老が同意した。
今は、それだけで十分だ。
「小浜の主だった商人らをすべて集めて参れ! さらに逃げ帰っている傭兵らにも召集を掛けよ」
ここで一時休憩を挟む。
◇◇◇
にぎり飯を持ってきてくれた惟助が嬉しそうにしている。
どうやら俺が困ると嬉しいらしい。
「中々に大変なことになってきましたな!」
「まったくだ。俺は何をやっているのだろうな?」
「武田の救済ではないようですな」
「当然だ。俺が武田家を助ける理由などどこにある」
「ございません。すでに目的は果たしました」
そうだ、管領(細川)晴元への肩入れを防いだことで目的は果たした。
武田家が幕府を支持するなら、六角家も幕府支持を覆さない。
これで幕府の面目が立った。
孫次郎(長慶)と(三好)政長の対決が決定した。
管領(細川)晴元は窮地に追い込まれ、妥協せざるを得ない。
これで戦も終わりだ?
「終わって欲しい」
「管領殿がそれでも意地を張るとすれば、どうなりますか?」
「言ってくれるな! 俺も判らん」
「菊童丸様でも判らないことがございますか?」
「判らないことだらけだ」
だから、次の準備をしておく。
とりあえず、俺は紙と筆を借りて、商人が来るまでに商談の種を仕上げた。
商人が集まったと聞いて、俺は再び評定の間に戻った。
「ご苦労である。面を上げ!」
この言葉から始まった。
目の前に積まれた借財書の山を見せて、俺はこう言った。
「この八万貫文余りを引き受けて貰い。新たに十五万貫文を無利子で貸し受けたい」
その言葉に商人達がぎょっと目を見開いた。
商人達も新たに貸付を切り出されるのは承知していた。
それ以外に呼び出される理由が思い当たらないからだ。
だが、金額が倍になり、それも無利子という無茶なことを言うので驚くより他がなかった。
「恐れながら申し上げます。余りにも巨大な額でございます。それを無利子と言われては、我らに死ねと言うのと同じことでございます」
「ぬかせ! 俺はお主らの財の量を知っておるぞ。その程度で死ぬ訳がなかろう」
「しかし、無利子というのは無茶でございます」
「利子はある。開け!」
そう言って俺が書いた絵図面を広げさせた。
「宋の書物より見つけた。『塩田』という塩を造る新しい工法だ。その塩の独占販売権をそなたらに与える。『藻塩』より、大量の塩が精製できる工法だ。京にでも売れば、どれほどの銭が稼げるか、想像もできん。その独占権だ。それでも足りんか」
商人達が絵図面を食い入るように眺めている。
それぞれの言葉の端々に疑問と嫌疑が飛び交っている。
当然だ!
これで商人が簡単に乗る訳がない。
あっさり乗ってくれるようなら商人失格だ。
妖しい絵図面、俺なら乗らない。
「嫌ならば、断って貰っていい。ただ、その場合、覚悟はしておけ。父上より徳政令を発布して貰い。堺か、大湊か、敦賀より商人を召喚して、『塩田』の開発を行う。徳政令を発布すれば、取引ができなくなる。などと思うでないぞ。この『塩田』の独占権があれば、一〇万貫文なら無償で貸してくれる。それだけの価値がある。それを蹴った小浜の商人が笑われるだけだ」
徳政令とは、借金をなかったことにする裏技だ。
これをすると商人は二度と金を貸してくれない。
だから、簡単に発布できない。
しかし、それ以上の利益があると言うなら商人は飛び付いてくる。
商人は欲が深いのだ。
あの欲深い堺の商人なら、一〇万貫文で『塩田』の独占権を買いかねない。
にやりと笑う俺の顔を見て商人達が青ざめた。
引き受けるのも断るのも地獄であった。
俺は続け様に条件を言う。
まず、試しに三方で最初の『塩田』を造る。
問題がなければ、大規模な『塩田』を借りた五万貫文を使って造る。
俺の取り分は売上のたった一分(1%)のみだ。
純利益の二割が小浜の取り分であり、四割が武田、残る四割が幕府に上納する。
上納分より借り受けた十五万貫文の内、二十分の一を上納金から引く。
つまり、20年払いだ。
一年当たり7,500貫文を返還する。
もし、上納金で足りない場合は、武田家が立て替える。
12万石の武田家なら7,500貫文を全額返済しても問題はない。
もちろん、そんな事は起こらない。
塩は絶対に売れる商品だからだ。
小浜の商人にも損は起こらない。
そう聞いて、商人達が少し顔色を戻した。
20年後に武田家が存続していたらという条件付きだ。
そのことは敢えて言わないよ。