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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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27.若狭武田、小浜の陣、太良庄の戦い。(4)

家老のご子息である逸見 昌経(へんみ まさつね)の誘いで、脇袋一門衆は『義統の陳情』に参加し、鬼に出会った。


小奇麗な身なりをした小童が将軍の息子だと言う。


府中で陣を張った後に太良庄に入って寺で寝泊まりをする。


太良庄は300年ほど前に鎌倉幕府の得宗に奪われて以来、戻って来ていない我が一族の土地だ。


そこで寝泊まりをするというのも因果なものだ。


菊童丸と名乗った小童(こわっぱ)は暇があれば、足軽の訓練をさせた。


「タダで飯を食わせている訳ではないぞ」

「まずは体験せよ。その恐ろしさを魂魄に叩き込め!」


朽木家の侍が足軽となり、俺達と対峙する。


「もし、勝てたなら褒美をやろう!」


銭袋を足元に置き、言葉巧みに訓練をさせる。


一日の訓練を終えると、翌日には動けなくなる者が多数現れる。


あれは鬼だ!


菊童丸(きくどうまる)様じゃなねい。鬼童子(きどうじ)様じゃ」


菊から、『く』の字を取って、『()』と呼んだか!


巧い事を言う。


動けない者を叩き起こし、鎧を付けさせて行軍の練習だけは毎日やらされる。


俺らが走っている間に朽木衆は騎馬の訓練をする。


10頭の馬を綱のように並べ、いくつもの藁人形を次々と打ちつけてゆく。


馬群が通り過ぎると藁人形はすべてボロボロになっていた。


『人馬一体』ではなく、『十馬一体』の攻撃だ。


寒気が走った。


この鬼童子様は『亀の陣』もそうだが異質だ。


本当に『鬼』なのかもしれん。


 ◇◇◇


一ヶ月半ほど旨い飯を食わせて貰い、銭もたんまりと貰ってお役御免となった。


戦もせずに銭が貰えた。


手柄を取って大金を手に入れそこなったが、タダ飯を食わせて貰い、部下50人を鍛え直して貰ったと思えば、これほど旨い話はない。


この一ヶ月で傭兵の手下がごろつきから侍の家臣のように変わった。


俺の指示待ちではなく、指示を先読みするようになった。


この先の仕事が楽しみだ。


小浜の町に帰ると、さっそく募兵があったので参加する。


なるほど、どこかが攻めてきたので身内で争っている暇がなくなったのか。


などと思ったが、(逸見)昌経殿の父君に会って驚いた。


「遅かったか!」


真正殿が悔しがっておられる。


ありてい言えば、家老の逸見 真正(へんみ まさ)は、守護に騙されたことになる。


ここで逃げると逃亡罪で打ち首だ。


鬼童子を敵にすることになった。


 ◇◇◇


やはり、敵にしたくない。


朝駆けの奇襲でさっそく一方的でやられた。


だが、まだこちらの数が勝っている。


戦口上が終わって、足軽同士がぶつかった。


「盾を前に出せ!」

「押し負けるな!」


鬼童子方が小さな亀の陣が横に一列に並び、こちらは大きな亀の陣が横に並ぶ、同陣の戦いになった。


こちらは盾を持つ足軽の少ない所がいくつか崩れた。


その兵が逃げ場を探して俺らの甲羅に合流する。


「固まるな! 突撃せよ!」

「やりたいなら自分でやってくれ!」

「手向かうか?」

「自分でやりな! 俺らは死にたくないんだ」

「見ておれ、こうするのだ」


馬鹿か!


本当に手勢を連れて突っ込んでいった。


盾で受け受け止められると槍で突かれて死んでいった。


これで邪魔者がいなくなった。


他の部下の所には目付けが残っている。


「押せ、押せ、押し出せ!」


じりじりと前に進む。


敵がわずかに後退したが、厚みが増して後退が止まる。


「矢は休まず放っておけ!」


あと少しで崩壊する。


行けるか!?


この右翼が抜ければ、俺達の勝ちだ。


「頭!?」

「どうした!」

「あちらを!」


ドドッドと後が鬼童子の騎馬隊が中央を突破して後から押し寄せ、我が総大将の方に迫っていた。


あぁ、負けたな!


「お頭、どうします。無理を承知で押し出しますか?」


確かに無理をすれば、突破できるかもしれない。


その為に手下が何人死ぬ?


「なぁ、手付金も貰っていない味方に命を張る価値はあるか?」

「愚問でした」

「手下に合図を送れ、引き上げる」


手信号で合図を送ると、邪魔な目付けを片づけて逃げる時を探す。


味方は大将が襲われて、そちらばかりを気に掛けている。


前線を見ていない。


目付けが殺されたのすら気が付かん。


鬼童子の騎馬隊が戻ってくると、前衛の後背を脅かして左翼側に戻ってゆく。


騎馬隊を好きに暴れてさせている時点で先が知れる。


中央はボロボロだ。


「逃げるぞ!」

「「「「うおおおおぉぉぉぉ」」」」


一気に戦闘を放棄して後方に走る。


「野郎殿、付いて来い!」

「「「「「「へぇい!」」」」」」


手下50人を連れて、堂々と自陣の中を通ってゆく。


思った通り、大将らは総大将の所に行って、残っているのは小物だけだ。


そりゃ、そうだ!


総大将が襲われているようでは勝ち目がない。


味方も浮き足立つ。


皆、敵の騎馬隊に気が削がれる。


今なら大声で「もう駄目だ!」とでも叫べば、前で何が起こったのか判断できない。


右翼の俺らが逃げ出したので、右翼全体が崩壊してゆく。


一番厄介なのは後衛の味方だが、逃げるなら今だ!


混乱して判断力が鈍っている。


よし、逃げ出す俺達を押し留めようとする気概がない。


それどころか、自分らも逃げる時を見計っている。


武将らも負け戦に付き合う気はないようだ。


亀の陣は追撃には向かない。


後衛に配置されていた農兵も逃げ出した。


「頭、何とか助かりそうですな!」

「そうだろう」

「一生付いてゆきます」

「当たり前だ。俺を信じろ。小浜まで走るぞ」

「「「「「「へぇい!」」」」」」


 ◇◇◇


「先頭を走っているのは、脇袋 範継(わきぶくろ のりつぐ)、黒丸と呼ばれる脇袋海賊の頭のようです」

「よく見えるな?」

「目はよい方ですので!」


右翼が勝手に崩壊したので、弓隊はそのまま矢幕を打たせた。


後から騎馬隊に襲われている。


敵が敗走するのは時間の問題だ。


「これはあれですな!」

「何があれだ?」

「恐怖を魂魄まで叩き込むという奴です」


言っている意味が分からない。


「皆、若に恐怖しておりました。戦が拮抗している間は戦えますが、少しでも天秤がこちらに傾くと。恐怖が勝って逃げ出したのでしょう。ここまで見通されていたとは、この惟助(ただすけ)、感服いたしました」

「下手な煽ては止めろ!」

「勝ちは勝ちです」

「勝った気にならん」

「ふふふ、やはり菊童丸様は面白い方だ」


長門守も逃げる兵を追う気がないようで、武藤 友益(むとう ともます)に槍を向けて降伏を促すと受け入れたみたいだ。


守護・武田 信豊(たけだ のぶとよ)がわずか30人ほどに守られて留まっていた。


こちらの兵が取り囲んでいる。


俺は馬に乗ったままで近づいてゆく。


「逃げて、後瀬山城で籠城でもするかと思ったわ」

「そこまで無様な真似をするつもりはない」

「それは助かった」


籠城されるとはっきり言って大変なのだ。


400~500人程度の兵で山城を攻めるのも骨だ。


しかし、名目上は信豊が守護のままであり、義統に統治権はない。


戦に勝ってしまった以上は各豪族や国人衆を配下にする手続きをはじめないといけない。


手間が掛かる。


降伏してくれると、それを省くことができるのだ。


「この首1つで部下の命をお助け頂きたい」

「父上」

「黙れ! 今は菊童丸様とお話をしておる」

「総大将はお前の息子だぞ」

「ご冗談を。総大将は菊童丸様ただ一人でございます」

「そうか、ならば下してやろう」

「ありがたき幸せ。神君、足利 尊氏(あしかが たかうじ)公の再来に敗れたことを誇りとして散って行きましょう」

「馬鹿かぁ! 将軍家に逆らったのだぞ。そなたの汚い首1つでことが足りる訳がなかろう」

「当然でございますが、何卒」

「ならん。そなたに味方した者は家督を譲り、蟄居いたせ! 暇であろう。俺が死ぬまでこき使ってやろう」

「首は要りませんか?」

「首を見て喜ぶ趣味はない。俺の為に働け!」

「ありがたき幸せ」


義統も胸を撫で降ろしているようだ。


「菊童丸、ありがとうございます」

「家臣として連れて行く訳ではないから、食い扶持はそちらで用意しろよ」

「かしこまりました」


無償の労働力をGETだ。


これでやっと終わって帰れるよ。


えっ、まだだって!?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 傭兵ってそんなもんですね。
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