26.若狭武田、小浜の陣、太良庄の戦い。(3)
戦いは序盤から一気に中盤に入ってゆく。
「皆者、菊童丸様の期待に応えるぞ!」
「「「「「「おぉぉぉぉ!」」」」」」
弓隊の斜め後ろ後方に控えていた騎馬隊が動いた。
足の止まっている先鋒の切っ先を掠めて、突撃してくる本隊に馬群を向ける。
敵も騎馬隊の存在を知っている。
「恐れるな! 槍を付き出せ!」
敵の武将の檄で足軽達が槍を前に並べて馬に目掛けて突進してくる。
槍の群れが馬群に襲い掛かってくる。
馬を失えば、騎馬隊はそれでおしまいだ。
『いいか、長門守。騎馬の弱点の馬そのものだ。馬を狙われれば、騎馬隊はすぐに崩壊する』
『確かに!』
『逆に言えば、馬を狙わさねば、騎馬隊は使えるのだ。足軽の槍隊が来たならやり過ごせ! 突破しようなどと馬鹿な事を考えるな!』
馬群が進んでくる槍の前からすっと消えた。
そう、左手から右手へと通り過ぎる。
覚悟を決めて突撃してきた足軽達の頭の中に『?』(クエッションマーク)が飛び回っているだろう。
馬を追うのか? それとも、そのまま進むのか?
考える余裕など与えない。
馬が通り過ぎた後には矢の雨が降る。
後で指揮をする馬上武者を狙撃する大弓使いもいる。
「殿!?」
家臣は主人を守ることに頭が一杯になり、足軽は立ち往生する。
『いいか、長門守。俺は迂回挟撃すると見せて、敵の兵を引きつけて、敵を二分する。分離された敵の横を回って、おまえが迂回挟撃で敵を混乱させるのだ』
『敵の兵を二つに分けて各個撃破ですな!』
『そういうことだ』
足軽隊をスルーすると左に進路を変えて、横から敵の指揮者を目掛けて馬群を進める。
突撃で間伸びした敵の中腹はガラガラであり、馬を進めるには丁度いい。
目の前に現れる敵を槍で軽くあしらいながら馬を進める。
『いいか、長門守。一人を倒すことに拘るな! 馬群50騎で1つの獣と思え!顔や肩をかすめるだけでよい。後ろの仲間が仕留めてくれると信じろ! 敵の正面を駆けようとするな! 速度を落とすな! 勢いを殺すな!』
馬群は一陣の風のように通り過ぎる。
武藤 友益は近づく騎馬隊に恐怖を覚える。
「殿をお守りしろ!」
家臣達が前に立ち、主人の前に壁を作る。
周りの武将も侍大将も集まってくる。
『では、私は敵の大将の首を取ればいいのですね!』
『無茶をするな!』
『しかし、それでは?』
『敵左翼の大将を討っても勝利に結び付かない。左翼を崩壊させても本隊が残れば、俺達の負けだ。俺の狙いはそこではない。大将を守ろうとすれば、その前後左右に道ができる。そこを駆けよ』
騎馬隊は突撃くると思った瞬間、馬群を右に動かし、後方へ進路を取る。
通り掛けの駄賃で侍大将を2人ほど討っていったが、そのまま敵左翼を抜け出すのだ。
敵左翼を抜けた長門守が率いる騎馬隊は敵の総大将を目掛けて突出する。
「敵が抜けて来たぞ! 守りを固めよ!」
それを見て、長門守が舌を打った。
「糞ぉ、やはり早い」
長門守は再び馬群の向きを変える。
『いいか、長門守。運がよければ、敵の総大将を討って来い』
『おぉ、なんという名誉』
『馬鹿か! 今、運がよければと言ったであろう。敵が混乱して守りを固めなければという意味だ。すぐに壁ができる。壁ができたなら、敵の後方を狙え! 後背は戦場から一番遠い。勝手に油断してくれる。そこを突っ走れ!』
無人の野を行くように後方で油断していた部隊を敵中突破で突き崩す。
騎馬隊が通った後に血のカーテンが広がっていた。
後方に抜けた長門守の騎馬隊は180度回頭し、今、通った道を戻る。
恐怖した敵が道を開けてゆく。
大将に再び近づく。
すでに敵の大将の守りを固めていた。
来る!?
そう思った瞬間、長門守の騎馬隊は大将を無視して通り過ぎてゆく。
敵は何がしたいのだ?
大将に接近しながら無視するから長門守の騎馬隊が何をしているのか、まったく理解できない。
『いいか、長門守。俺の狙いは敵を混乱に落とし、指揮系統をズタズタする事にある。そして、前衛の背後を襲うのだ。前衛の最後方の皮を一枚だけ削ぎながら戻って来い。敵の前衛に後ろから襲われる恐怖を擦り込め! その後に敵の左翼が瓦解する様を見せ付ければ、敵の士気は崩壊する。狙うのは前衛を支える兵の士気だ』
前衛の最後方にいる弓兵が背後から聞こえてくる馬群の足音を聞いた瞬間、藁人形のように擦切られて次々を飛ばされてゆく。
ドォドォドォドォドォドォドォ!
前に集中していた敵が後方を振り向くと、ミンチになった味方が転がっている。
恐怖だ!
騎馬隊が味方の後方を削り取って去ってゆく。
それが血の道となっている。
恐怖だ!
向きを変え、騎馬隊は左翼後方の背後に襲い掛かってゆく。
次にミンチになるのは誰だ?
恐怖だ!
前衛の背筋に戦慄が走っただろう。
長門守は勝利を確信する。
「勝ったな!」
◇◇◇
言うは易く行うは難し!
長門守や左兵衛尉らに自信満々に言ったが、弓隊だけで敵を引き付けるのは至難の業である。
騎馬隊が総大将を狙った瞬間、敵の左翼は大将救援という選択が起きる。
騎馬隊を追い駆けられては拙い。
騎馬隊が走るスペースが消えてしまう。
こちらに引き付けなければいけない。
「敵の大将を狙え! 当たらなくてもいい」
「任せて下さい」
「狙います」
「お任せを」
「御意」
「問題なし!」
速射を維持しながら土御門五人衆が狙い討つ。
「させん」
馬上で盾を持って敵の騎馬武者が壁になる。
敵の大将を守った。
邪魔をするなら、邪魔をする武将ごと排除すればいい。
「奴ら事、討ち取れ!」
「「「「「おう!」」」」」
連射が敵の数人の騎馬武者の命を奪う。
「おのれ!」
釣れた。
左翼全軍がこちらに襲ってくる。
「引くぞ!」
弓隊は空になった矢入れを捨てて後退し、後退と同時に新しい矢入れを荷台から取って下がってゆく。
追い駆けてきた足軽が足元に引かれた縄に足を取られて転倒する。
気休めのつもりだったのだが意外と使える。
「弾幕張れ!」
矢の雨で足を止めさせる。
一町(100m)ほどに距離が詰まってきていた。
「俺に続け、逃げるぞ。駆けよ」
敵から見れば、左手に逃げ出している。
味方から離れる方向だ。
見ようによっては後背に回り込むようにも見えるかもしれない。
俺が先頭で逃げているのは洒落にならないが、目立つ俺を狙ってくれれば、ショートカットで敵はぬかるみを通ることになる。
「矢が刺さっても足を止めるな!」
「死にたくないものは走れ!」
「とにかく、走れ!」
おおよそ四町(400m)を駆け抜ける。
そして、ぬかるみの端まで来た所で足を止める。
「第一隊は敵の正面、第二隊は後背の通路に一斉射!」
ふんばり所が来た。
「盾の間を狙えるか?」
「お任せを」
駆けて追い駆けてくる盾足軽のホンのわずかな隙間を狙い正射する。
ズバぁ、ズバぁ、ズバぁ、ズバぁ、ズバぁ!
先頭の盾足軽を一瞬で討ち倒してくれた。
「放て!」
我が弓隊の一斉射が敵を襲う。
弓の雨に倒れた盾を持ち直し、壁を作った。
狙い通り!
足を止めての弓合戦に応じてくれた。
こっちは純粋な弓隊、向こうは複合隊、どちらが優勢になるか見えている。
向こうの兵も死にたくない。
盾を壁にして、山なりの矢で攻撃すれば、少なくとも矢をまともに受けることがなくなる。
当然の選択だ。
敵の方が全体では数が多い。
敵本隊の援軍を待つのも1つの選択である。
が、ここでは悪手となる。
これで時間が稼げる。
「若が器用ですな!」
「惟助ほどではない」
敵は盾のない俺を狙って矢を放ってくる。
それを小さな盾で弾いてゆく。
盾が小さのは力が余りないからだ。
無数の矢に神経を擦り減らして弾いてゆく。
意外と苦労している。
姿を晒すのは敵の注意を引く為だ。
俺を討てば勝てると思わせる。
敵の大弓が直撃コースに入る時は寿命が縮まる。
ガキン!
盾で弾いても手が痺れる。
「お見事!」
「そう思うなら手伝え!」
「某も忙しい故に」
惟助は馬ごと、直撃コースを矢切で捌いている。
こいつもチート持ちだ。
矢切は難しい。
一対一でコースが限定されてもタイミングを外すと致命傷になる。
鹿島の道場では遊びと称して、よくやらされた。
矢先を潰し、フルフェイスのヘルメットにプロテクターを装備した。
何度も射抜かれた。
出来るようになるのに、どれほどの時間が掛かったことか!
言い忘れていたが、俺は鎧を着せられている。
はっきり言って重たい。
馬から降りた瞬間に動けなくなる。
盾に身を隠す為に馬を降りることができない。
言っておくが、危険に身を晒すのが好きな訳ではないぞ!
それでも矢の数は割と少ない。
矢の大半はもう一人鎧武者である三郎(朽木の三男、朽木 成綱)を狙ってくれるからだ。
将軍の子に当たって、万が一のことを心配してくれているのかもしれない。
それでも指示が徹底される訳もないので俺も狙われる。
三郎は俺の三倍以上の矢で狙われながら盾で受けて、皆に細かい指示を出している。
「騎馬隊が戻ってきました」
「勝ったな!」
準備段階が終了だ。
少数で多数を包囲するハンニバルの包囲殲滅戦を再現する。
左翼後方に騎馬隊で後からかく乱し、弓隊を横に広げて、玉ねぎの皮を剥くように外側から一枚ずつそぎ落とす。
ハンニバルは少数で多数を包囲殲滅したが、こちらは150人で100人未満に減った敵を殲滅する。
ハンニバルより楽な仕事だ。
左翼後方が終われば、次に誰が狙われるのかは明らかだ。
左翼前衛の崩壊で勝敗は決する。
「いいえ、すでに勝ったようです」
はぁ、惟助が妙なことを言う。
よく見ると左翼ではなく、右翼前衛から崩れ出していた。
終盤を飛び越して、終局へと向かう。
何故だ?




