25.若狭武田、小浜の陣、太良庄の戦い。(2)
俺の弓隊・騎馬隊が反時計回りに迂回して敵の左翼に周り込む。
ぬかるみを避けるようにかなり遠回りに迂回している。
こちらが戦場を決めているのに、こんな場所を選んだことを疑問に思う知恵者がいないかが気掛かりだ。
もちろん、気づいたとしても(守護)信豊が聞き入れないというのが俺の読みだ。
ただ、人間の気まぐれは読めない。
読めないことを悩んでも仕方ない。
こちらの動きに対して、敵の左翼後方が向きを変えて俺達の方へ移動を開始した。
よし、思惑通りだ。
俺を先頭に弓隊が続き、騎馬隊が後ろを付いてくる。
機動力のある騎馬を後に下げている。
愚策に見えているだろう。
すばやく騎馬隊が迂回して左翼に突撃することも知らんかと罵ってくれると助かる。
その策は取れない。
敵中突破する機動力も馬力も足りない。
日本馬は小柄なのだ。
せめてサラブレッド、可能ならばんえい競馬で使われる巨体の馬なら話が変わってくる。
まぁ、ないものは仕方ない。
騎馬隊は5列10頭編成で訓練をさせた。
馬を槍や矢から守る馬鎧を着せているのは朽木から来た先頭の20頭のみだ。
馬は凄く繊細な生き物であり、鐙を付けさせるだけで一ヶ月も掛かった。
朽木の武将は皆が器用に鐙なしでも馬に乗れるが、あるとなしでは踏ん張りが違う。
全身を覆う鎧なんて、馬が嫌がって付けさせてくれない。
西洋風の鉄製の完全武装した馬は先のことだ。
◇◇◇
うおおおぉぉぉ、掛け声を高らかに先鋒がぶつかった。
「勢いよくぶつかったな」
「はい、弓を引ける者が少のうございます故に、足軽をぶつけて後から矢を打たすことにしたようです」
「右京亮(粟屋 元隆)の子倅。中々にやるではないか!」
「越中守(粟屋 勝久)は軍才があるのかもしれませぬ」
「中々に楽しみよな」
「はい」
横一列の軍がいつくもの魚燐の陣に変わっゆくのを見て、(武田)信豊はそう呟いた。
粟屋 勝久が自分の指示と違う動きに慌てていたのを知らない。
雇われ兵は(粟屋)勝久の指示など聞いている暇などなかった。
亀の陣の恐ろしさは訓練で何度も体験させられた。
何度も木の棒を持たされて、亀の兵の突撃を食らった。
何度も蹂躙されて、地面に叩きのめされた。
「タダで飯を食わせている訳ではないぞ」
「まずは体験せよ。その恐ろしさを魂魄に叩き込め!」
あの恐ろしい稚児は暇さえあれば練習をさせた。
あれは稚児などではない。
菊童丸と名乗ったが、傭兵達は『く』の字を抜いて鬼童子と呼んだ。
わずか一ヶ月で加世者は本物の傭兵に成長していた。
今度は実践だ。
気を抜くな、殺されるぞ!
「雇われ者を使って、この手腕は見事なり」
「某も越中守を見直しまいたぞ」
「見よ。小倅目が慌てて動いたぞ!」
まだ正面はぶつかったばかりであり、どこの陣形も崩れていない。
その時点で早々と動くのは経験が薄い証拠と思った。
「上野介、上野介はいるか!」
「はぁ、ここに」
「左翼120を貸し与える。すり潰してまいれ!」
「はぁ、畏まりました」
若狭武田家四家老の一人、上野介(武藤 友益)に命じた。
後方の軍は家臣が手勢を集めた200人と農兵200人で構成された軍であり、武将が馬に乗り、家臣が弓を持ち、農兵が槍を持つ。
騎馬武者、弓士、足軽という一団が無数に並んでいる。
「左翼の指揮を預かった武藤上野介である。迂回してくる敵右翼を迎え討つ。進め!」
大将である上野介の命を侍大将が聞き、侍大将が各武将に下知を飛ばす。
馬上の武者は各家の当主らである。
武将達が家臣や足軽に命じて後方左翼が動き出し、左から迂回して来る方へ転進する。
「随分と遠回りに迂回する敵だな?」
「まずは某が一手」
「うん、源三、そなたに先鋒を命ずる」
「はぁ、ありがたき幸せ」
若狭武田家に仕える寺井家の源三が兵30を預かった突出する。
その場に踏み止まった敵が源三の兵を矢の雨で迎える。
先頭に弓の集中砲火が放たれる。
ぐわぁ、一斉に矢に足軽の足が止まる。
派手な甲冑を着ている源三に大弓の矢が襲った。
「なんの、これしき!」
飛んできた矢を腕で出して顔を庇い、敵の大弓を睨み付ける。
「打ち返せ! がぁ…………」
大弓の矢が一斉に飛来して、腕、肩、腹に突き刺さり、兜を弾いて、源三を落馬させたのだ。
「殿ぉ!」
「だぁ、大丈夫だ」
全然に大丈夫ではなかった。
背中から落ちた源三は血を吐き出しながら強がっていた。
先鋒は足が止まり、弓合戦へと変わってゆく。
源三が落ちると、その周りの武将も大弓の餌食になってゆく、その光景を見ていた上野介が吠えた。
「源三を見捨てるな、突撃!」
全軍が突撃を行う。
ブヒィィィィィィ、ドドドドドドドォ!
突撃に合わせて、敵の後方に控えていた騎馬隊が動く。
「足軽隊、槍出せ!」
足軽達が槍を前に出して突撃を続ける。
◇◇◇
迂回挟撃、オーソドックスな戦い方の1つだ。
敵前でそれをやって成功した者は少ない。
だが、古代ローマの天敵であったハンニバルは平然とやっている。
大きく迂回したので、敵が対応する時間を十分に与える。
迂回挟撃にならない。
そう、思わせるのが作戦の経穴だ。
敵の左翼が合わせて動いてきた。
一隊が突出する。
近づいてくる敵から三町(約300m)は余裕で離れた所で足を止めて布陣する。
「足縄」
腰に付けていた杭付きの縄を地面に打ち付けて、簡単な陣地を構築すると、盾の後に弓隊を並べる。
「一斉射、放て!」
一斉射というのは、的を見ずにとにかく連射することだ。
弓の達人になってくると、0.6秒で3本の矢を放つ。
これで的を射るのだから驚愕だ。
一年くらいの猟人では無理であった。
但し、器用な者は3本の矢を一度に放つことができる。
一秒に1本くらいなら余裕で射てくれる。
さて、一町(100m)を10秒で走ったとして、三町(300m)を走り切る間に、弓隊100人は何本の矢が放てるだろうか!
弾幕ならぬ、矢幕を走り切る勇者は現れなかった。
なぜなら、もっと勇敢な先頭を走る足軽を土御門五人衆の餌食なる。
五人とも達人の域に達していた。
ホント、拾い物だ。
目の前で味方がばったばったと倒れれば、足も止まる。
足軽達が後続の盾足軽の後に身を隠す。
「弾幕、そのまま。指揮官を狙え!」
一番派手そうな武将を指差すと、大弓の矢が一直線に向かった。
敵の大将は咄嗟に腕を前に出して直撃を避けた。
が、達人は一人でない。
さらに腕、肩、腹、最後に兜を弾いて、敵の将を落馬に追い込んだ。
「続けよ!」
さらに、周りの馬上武者を狙わせる。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
左翼本隊が動いた。
俺は軽く手を回す。
騎馬隊の出撃の合図だ。
「待っておった! 行くぞ!」
「「「「「「おぉぉぉぉ!」」」」」」
長門守(朽木 稙綱の次男)が叫んだ。
長門守は朽木から援軍に駆けつけてきた援軍だ。
援軍は無用と言ったが、騎兵20人とその家臣30人を連れて駆けつけてくれたのだ。
こんな状態になったので非常に助かる。
弓隊の指揮を取っている左兵衛尉(稙綱の三男)が恨めしそうな顔をする。
「次の機会もある。今回は譲ってやれ!」
「判っております」
左兵衛尉は初代の騎馬隊の大将だ。
ガラガラ城に入った後に沼田光兼に集めさせた騎馬30騎を最初に任せたが、援軍が来た事で弓隊の指揮者に変わって貰った。
馬に不慣れな沼田の乗り手を降ろし、朽木の者に乗り手を交代させた。
朽木では馬に乗れることを必須とさせた。
だから、全員が乗れて当たり前なのだ。
いつか500人規模の騎馬隊を作りたい。
まだ、左兵衛尉が恨めしそうな顔で馬を走らせる兄の顔を見ている。
同じ指揮官でも騎馬隊の指揮をやりたいものか?