24.若狭武田、小浜の陣、太良庄の戦い。(1)
俺は馬に乗りながら奇襲の失敗を悔やんだ。
「しくじった。何が拙かった?」
「某の見る所、敵の出鼻を挫き、味方の被害はなしで成功したと思いますが?」
「奇襲としては成功だが、戦としては余り成果があったとは思えん」
「そうでもないですよ。味方をご覧下さい」
カラガラ城(賀羅岳城)から出てきた兵達が敵を蹂躙した騎馬隊の活躍が見えていたらしい。
『『『えい、えい、おぉぉぉぉぉぉ! えい、えい、おぉぉぉぉぉぉ! えい、えい、おぉぉぉぉぉぉ!』』』
味方の勝利に『勝鬨』を上げて出迎えてくれる。
雑魚を少し減らしただけであったが、倍の敵に挑むのに必要な士気が上がった。
これはラッキーだ!
敵が予想より来るのが遅すぎたので、追い駆けてきた兵を夜陰に紛れて殲滅するのを諦めた訳だが、日が明けたことで味方を鼓舞する効果を生んでいた。
城の麓から北川まで1.2kmほど!
500mほど追撃を受けた所で騎馬部隊の横槍で一蹴した。
騎馬隊が敵をバッタバッタと薙ぎ倒して、悠然と帰還するのだから士気が上がる。
この戦!
何とかなりそうだ。
◇◇◇
糞ぉ、ヤラレタ!
朝駆けで賀羅岳城を襲い、敵の勢いを消すつもりが、奇襲を受けて損害を出した。
御家人16人を失い、負傷者も多数出した。
しかし、負傷者はたかが50人余りだ。
大勢に影響はない。
影響はないが、出鼻を挫かれたのが痛い。
追撃した者が騎馬隊に一蹴されるのを兵達が見て動揺しておる。
してやられたわ!
懐かしい戦い方をする。
誰じゃ?
「殿、いかがいたしましょう?」
「慌てるな」
「敵に中々の手練れがいるようです」
「判っておる。だが、騎馬隊など恐れるに足らん」
「といいますと?」
「忘れたか! 馬を狙えばいい」
「確かに、そうでございました」
馬上にいる騎馬武者の弱点は馬であった。
鎌倉武士と言えば、騎馬武者であり、長弓や槍、刀を振りまして馬上で戦いあった。
ところが室町時代に入ると足軽が多用されて、槍などで馬を狙われるようになると、騎馬武者の一騎掛けが消え、戦国時代では馬を降りて突撃するようになったのだ。
もちろん、名乗り出て、一騎打ちを申し出ることは多いが騎馬武者のみで蹂躙することはなくなっていた。
騎馬隊など時代遅れと思っていたが、見事な運用に(武田)信豊は笑みを浮かべていた。
なるほど、不意を衝けば、あのように使えるのか!
(武田)信豊が思いに耽っている間も、守護代の(内藤)元兼は前衛を立て直し、敵と距離を保ちながら負傷者を下げ、軍の再編を行った。
結果として、代わり映えのない二列の横陣を組むことになった。
粟屋 勝久を前衛の中心に置き、傭兵らを横に広げる。
後衛は中央に守護(武田)信豊を置き、左右後方に家臣団で組んだ。
(内藤)元兼は鶴翼の陣のつもりらしい。
「面白くない陣形だな!」
「殿、此度は傭兵が多数という奇天烈な状況であります。将の命に従わぬ者を多いと思われます。故に難しい配置は避けました」
「相判った。敵が崩れた所から本陣を押し出して一気に決めるのだな!」
「その通りです」
一列目が横陣(鶴翼)、二列目が左右に二つ魚燐という配置である。
「陣を前に進めよ」
「はぁ」
信豊の軍が山の麓で陣を引く、義統の元へ兵を進めた。
◇◇◇
(武田)義統はガラガラ城(賀羅岳城)に50人のみ残して、全軍で山を下りた。
本陣を(武田)義統を守るのは御家人など家臣団150人であり、前衛に近淡海の傭兵100人と急ぎ集まってくれた農兵50人、そして、沼田の者50人がそれらの兵を指揮する。
前衛200人、後衛150人で正面が広い逆ピラミッドのような陣形である。
その脇に俺の弓隊100人と騎馬隊50騎が並ぶ。
俺の隊は弓隊を前に置き、騎馬隊を後ろにピラミッド型に並べている。
騎馬隊が最後方に並ぶ、奇妙な陣形であった。
逆ピラミッドとピラミッド型が並んだ平行四辺形な横陣であった。
お互いに近づきあった所で軍を止める。
儀礼に乗っ取って戦の口上は、守護自らが前に出てきた。
「菊童丸様、狙いますか?」
土御門五人衆が大弓を持って聞いてくる。
「止めておこう。あとで恨まれそうだ」
そう、残念そうな顔をするな!
こちらも(武田)義統が自ら出るようなので、俺も付き合うことにした。
「よく出てきた。褒めてやろう」
「父上、お考え直しを!」
「ならん。それより、嫡男ともあろうものが何たる醜態か!」
「父上こそ、御爺様を幽閉するとは気でも狂ったのですか?」
「幽閉などではない」
「ならば、すべての武将との面会をお許しになられませ」
「ならん。父上に御心労を掛ける訳にはいかん」
「心労を掛けておいでなのは父上ご自身です。お考え直しを」
「ならん」
「どうあっても」
「どうあってもだ」
これは口上なのか?
親子の喧嘩だ。
そして、親子は睨みあった。
俺は惟助に馬の手綱を引かれて少し遅れて前に到着した。
「お久ぶりとでも言おうか?」
「菊童丸様、おいたが過ぎますぞ」
「危ない火遊びをする親父がいるので助成することにした」
「ふざけたことを! 何も判らん童の癖に」
「物の分別もできん。親父よりマシよ」
そんなに睨んでも怖くないぞ!
「この守護である武田彦二郎治部少輔に逆らう謀反人め! 将軍家の嫡男と言え、容赦はいたさんぞ」
「この逆賊が! 俺は将軍家が嫡男である。将軍家に刃向かってタダで済むと思うか!」
(武田)信豊が吠えたので、俺も吠えてみた。
「父上、将軍家に逆らうなど狂気の沙汰です。お考え直しを! 今ならまだ間に合います」
「そう思うなら止めてみせよ」
(武田)信豊が馬を翻した。
俺達も自陣に戻ってゆく、頑固な親父であった。
「申し訳ございません」
「気にするな! すぐに頭を下げさせてやる」
「はぁ」
「予定通りに持ちこたえよ」
「必ず」
こちらの作戦は簡単で、(武田)義統が守りで俺が攻めだ。
(武田)義統は広く前衛を守って受け止め、俺が遊撃となって戦場を駆けて掻き廻す。
敵の前衛400を、(武田)義統の前衛・後衛を合わせて500で受け止める。
全軍で捨身の守り、本陣の守りはなしだ。
敵が動いた。
「全軍、前進!」
(武田)義統が呼応して、兵を前に進める。
足軽と足軽が横一面でぶつかった。
はて、なんだ?
違和感を覚えた。
「どうかされましたか?」
「いやぁ、何か奇妙な気がした。気のせいか」
「確かに、弓合戦を省略して、盾足軽同士がぶつかりましたな」
そうだ、弓合戦がなかったのだ。
「向こうの前衛も傭兵が多いようですな。弓兵が極端に少ないのでしょう」
そういうことか?
本物な傭兵は元武士が多く、弓も槍も嗜む。
しかし、傭兵の多くは加世者であった。
加世者は農地を失ったあぶれ者であり、弓も槍もできない半端者が多い。
弓は素人には撃てない。
ゆえに、銭で加世者を雇うと、極端に弓兵の少ない構成になる。
戦力として落ちる加世者は生きた盾として使用される。
だが、俺はそれを否定した。
それを補うのがファランクスだ。
前面に盾を並べて守って進み、槍を突いて落として敵を粉砕する。
前面に隙間なく盾を並べ、矢に対しても上に盾を被せて亀のように覆い隠す。
敵が押し寄せれば、盾で受け、盾と盾の間から槍を突く。
弓兵の少ない傭兵でも有効な戦い方だ。
「何と言う失態だ」
「菊童丸様が言われた亀の陣が有効だと証明されましたな!」
「嬉しくない」
惟助の言う『亀の陣』はファランクスの事だ。
ファランクスと言っても伝わらないので、『亀の陣』と言って教えた。
その俺の教えた戦法を敵が使っている。
盾足軽同士が盾をぶつけて、ラクビーのスクラムみたいな押し合いになっている。
幸いなのは向こうが十分な盾を用意できなかった!?
違う。
最初から十分な数を用意していなかったのだ。
初撃は盾のない部隊とファランクスがぶつかって圧倒した。
が、盾同士の所が残った。
「何をしておる。突っ込め!」
奇妙な戦い方をする足軽達にしびれを切らした敵の武将がファランクスに突っ込んできて負傷してゆく。
無能な武将の所から綻んでくれた。
だが、そこで瓦解してくれない。
盾の無い兵が後方に下がり、盾足軽の後に付く。
団子虫のような形状に形を変える。
面の攻撃から無数の点の攻撃に変化した。
向こうの武将の指示ではない。
生き残りたいという意志が練習通りの動きをさせているのだ。
あぁ、失態だ。
「なるほど、小さな魚燐が乾坤一滴の一撃を放つ。下手に逃げるより、中央を抜ける方が助かり易いでしたな。数の少ない我が方は、どこかが綻べば瓦解しますな!」
「判っておる。少し早いが動くぞ!」
「それがよろしいですな」
自分が教えた戦術で自分が苦しめられてどうする。
惟助!
どうして楽しそうな顔をするのだ?<怒>